51話 貴方に会えない日々で
今回は、前半と中盤が花南音視点と、後半が第三者の視点で、構成されてます。
あれから更に1年が経ち、わたくしは中学2年生となりました。中学でのクラスはそのまま3年間同じですので、同じクラスである麻乃や蒼唯さんとは、毎日のように仲良くご一緒させてもらっておりますわ。
蒼唯さんが日高君の幼馴染だという事実は、この松園でもすっかり有名となってしまいました。当初の頃には、蒼唯さんのことをよく思っておられない、他のクラスの女子生徒達、若しくは上級生のお姉様方には、「あの子が、日高君の………。」という風に、睨み付けるような行動も見られましたけれども、半年も経つ頃には、すっかりとお2人の仲を認めるような、逆に応援する行動が見られるようになりましたのよ。蒼唯さんの優しく面倒見の良い性格が、きっと学校の生徒の皆さんに、漸く認められたのですのね…。わたくし、親友として鼻が高いのですわ。
あれから蒼唯さんも、わたくしにとっては大親友となりましたの。今では蒼唯さんにも「花南音」と呼ばれ、わたくしも「蒼」と呼ぶほどの親しさに、なりましたのよ。ですから、今後は彼女のことを語る時にも、蒼という呼び名で表現しようかと思いましてよ。
麻乃が仰るには、蒼と日高君は幼馴染以前に、お互いに両想いらしいのですのよ。わたくしは相変わらず、恋というものがどういうものなのかを、よく理解しておりませんが、蒼と日高君のあの2人を間近で拝見させていただき、最近は何となく分かって参りましたのよ。
この1年間の間に麻乃と蒼のお2人から、恋愛に関する小説や漫画本を勧められまして、読み始めておりますわ。父の会社は玩具関連ですし、わたくし達生徒や学生の流行り物には、参考になるかも知れませんもの。そのお陰もありまして、少しは恋愛のイロハについても、理解が追いつくようになりましたのよ。
麻乃が嵌っておられる乙女ゲームの話を、トキ君にお伝え致しますと非常に興味を示され、最近の彼は何かを熱中して研究されておられます。そのトキ君も今年で高校3年生となられ、既に18歳になられました。来年は大学生になられるご予定でして、彼は優秀なお人ですから、大学も余裕で合格されますわね。その後は、どうなされるおつもりかしら…。いつまでも我が社のお手伝いをされる訳にも、参りませんでしょうからね…。
そういう事情ですし、同じ松園でも高校と中学は別の場所にありまして、トキ君とお会いする機会は、以前よりもグッと減りましたわね。我が社にはお顔を出されておられますし、わたくしが会社に出向く日はお会い出来ますわ。しかし、中学生になったわたくしも日々が忙しく、以前よりは会社に出向かれなくなり、トキ君も来られない日がございますので、最近はすれ違いの時も多いのですわ。
毎日お顔を拝見出来なくて、少し寂しい気分ではありますけれども、わたくしに兄がおられましたら、きっとこういう気持ちになるのですね…。
「ほんとに…もうっ!…当分、ノリとは…絶交よっ!」
「どうされましたの?…普段はラブラブ光線を、周りに振り撒かれておられますのに…。」
「……なっ?!……ラブラブ光線なんて、そ、そんなものは振り撒いて…いませんからっ!…麻乃は直ぐ…そういう風に、私を揶揄うのだから…。」
「あらっ?…違いましたの?…わたくしだけではなく、クラスの皆様も…そう思われておられましてよ?…ですわよね、皆さん?」
蒼と日高君の口喧嘩は、恒例なのですわ。お2人はちょっとしたことで、頻繁に口論をされますのよ。諺にも『ケンカするほど仲が良い』という言葉がありますし、お2人にはピッタリでしてよ。麻乃が仰る『ラブラブ光線』とは、何なのでしょうね?…ラブラブは仲が良過ぎるとの意味で、光線は光のエネルギーが伝わる経路を表した線、という意味ですが、今一意味が不明です。恋愛に関することと理解出来ますが、恋愛とは奥深いのですね…。
恋愛がこれほど難しい側面があるとは、わたくしは今まで全く知りませんでしたのね…。麻乃にはその光線が、お見えなのですのね?…いくら目を凝らしても拝見出来ないわたくしは、修行でも足りないのでしょうか…。
わたくしも是非、拝見してみたいですわ。わたくしも恋をすれば、拝見できますのかしら?…麻乃は具体的に、どういう修行をされたのかしら?
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「ラブラブ光線は、主に乙女ゲーム上で見えますのよ。」
「乙女ゲームとは、麻乃が嵌っていらっしゃるゲームのことですの?」
「ええ、そうですわ。乙女ゲームをクリアされた暁には、もう見えるようになっておりましてよ。乙女ゲームはわたくし達一般女性を、『乙女』という言葉で表現し、世の中の女性全員を対象にして作られましたのよ。わたくし達乙女がヒロインに成り切り、ゲームを通して恋を知って行くのです。」
「…まあ。そうなのですね。乙女ゲームに挑戦すれば、修行になりますの?」
「修行とはちょっと…違いますけれど、早い話は…同様の類ですわね…。ゲームの中でしたら、自然にラブラブ光線も見えるようになりますわよ。ねえ、そうですわよね、蒼唯?」
「…えっ?!…私にそういうことを振られても……。え~と多分、ゲームの中でなら見えるかもしれないけど…。恋愛に興味がない人には、見えないかも…。」
「まあ、そうですのね。乙女ゲームというものは、奥深いのですね…。」
ある時、麻乃にどういう修行をされたのかと、お伺いしてみましたら、乙女ゲームで見えるようになった、というご返答が返ってまいりましたわ。乙女ゲームとは、麻乃が日常から嵌っておられる、ゲームのアプリのことですわね。ゲームで、恋愛のイロハが学べますのね?…乙女ゲームとは、わたくし達乙女が修行しながら、恋愛を学ぶゲームだったのですね?
途中で麻乃から突然お話を振られ、蒼はギョッとされたご様子でしたが、わたくしの期待をする視線に耐え兼ねられたのか、戸惑いながらも教えてくださいましたのよ。蒼も、乙女ゲームはされたことがあるご様子ですから、麻乃の次によく知っておられますのね。
……なるほど。乙女ゲームとは、ただ単にゲームをしてお遊びをするものでは、なかったのですね…。何とも、奥が深いのでしょう。わたくしが感心しておりますお隣で、お2人が溜息を吐かれていたのは、この時のわたくしは、全く気付いておりませんでしたのよ。
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「…どうするの、麻乃。あんな嘘を吐いて…。彼女の場合、完全に変な方向に信じちゃったわよ、あれは……。」
「あら。わたくし、全くの嘘は、吐いておりませんわよ。修行こそしておりませんけれど、乙女ゲームによって恋愛脳が鍛えられたのは、確かにそうですもの。ラブラブ光線もゲームの中限定であれば見えますし、そうはっきり申し上げましたわよ。但し彼女の方は、完全に勘違いされておられたのでしょうが…。それに、蒼唯もわたくしに、同意されましたではありませんの。」
「…うっ。確かに私も同意したけど、私もゲームの中で…と強調したのよ。彼女のあの様子では、分かってないわよね…。」
「まあそこが、彼女らしいところなのですわ。」
同時に2人は、ふう~と息を吐いていた。現在2人の会話の中で、話題になっている彼女は、今はもう既にこの場には居なかった。今日は大事な用事があると告げ、授業が全て終わった途端に、速攻で学校を後にしていた彼女。多分、間違いなく…仕事に直結する何かを、閃いたに違いない様子で…。彼女と付き合いが長い麻乃江は、そう直感で感じていた。彼女はいつもいつも、自分の父が経営する会社の業務で、頭が一杯であるのだから…。
「彼女はどうしてあんなにも、恋愛話に疎いのかしら?…尋常ではない程、恋愛ごとに鈍すぎる気がするけど…。麻乃は、何か…知ってる?」
「…そうですわねえ。わたくしも、そこは心配なのですけれど。…多分彼女は、お亡くなりになられたお母様の分まで、お父様に尽くしていらっしゃるのではないかしら…。『父は頼りないから。』とよく仰っておられますが、実際はそのようなことはありませんのよ。何と言いましても乃木コーポの社長さんですし、寧ろヤリ手なのだとお伺いしておりましてよ。彼女は、お母様と何かお約束されたそうですから、その約束を果たされる為、お父様とご一緒に頑張っておられるのでしょう。それが彼女にとっては、お母様の死を乗り越える切っ掛けにも、なられたご様子ですからね。それを皆さんご存じですので、彼女のお父様も八代様も、そして従姉妹の遠田様も皆さん、見守っていらっしゃるのですわ。彼女は恋を考える暇もなかったということが、逆に…裏目に出てしまったのでしょうね…。」
「そうなんだ…。お母さんが亡くなられていたのなら、彼女は一人っ子だし、恋愛についてもアドバイスがなくて、気付く暇もなかったのね…。それでも今は、あの八代様が傍におられるのならば、そう遠くない未来に恋を知るかもね?」
「それは、どうかしら…。今までも、あのご調子でしたのよ。あれほど積極的に八代様が行動なさっても、気付かれないのが…彼女でしてよ。そう簡単には行かないような気が、致しますわね…。」
「………確かに、そうかも。」
再び2人は顔を見合わせ、溜息を吐く。最近は麻乃も『蒼唯』と呼び捨てで呼び、蒼唯も『麻乃』という愛称で呼んでいた。その所為もあり、蒼唯のお嬢様言葉は、すっかり抜けてしまっている。元々お嬢様言葉を使っていない蒼唯には、2人が気にしないでいてくれるのが、嬉しかった。
だからこそ、彼女や麻乃が困った時には協力したい、と思う蒼唯。何れそういう時が来れば、私が盾になろう…と密かに決意した、蒼唯である。
第三者視点では、麻乃江と蒼唯会話がメインとなります。本人が居ない間に…というところです。
乙女ゲームの仕様が、どこかおかしい…。花南音に係ると、こうなります…。