41話 貴方への警戒心
前世・花南音視点となります。
前回同様、3年間の間に起きた出来事です。
この3年の間に、トキ君とわたくしは公認の仲のようだと、噂されるようになりました。もうこうなりますと、噂を知らない人物を探す方が、大変でしょうか…。この噂が原因で一方的に、わたくしが悪く言われたりトキ君が悪く言われたり、というものではなくて、好意的な意見が多いようでしたわ。物語などに依りますと、こういう場合では、嫉妬した同性が嫌がらせをするという、典型的な虐めなどが見られるのでしょうが、現実には何も起こりませんでした。それとも、これからでも起こりますのかしら?
従姉の杏里紗ちゃんには、噂が本格的になる前に、バレましたわ。杏里紗ちゃんは乃木家での人間ではありませんので、わたくしの父の会社に来られることは、今までに1度もありません。我が社の開発室の社員と、杏里紗ちゃんの接点もない為、トキ君とのことはバレないと、高を括っておりましたのに。ある日、杏里紗ちゃんの家をいつものように訪れましたら、問い詰められてしまいましたわ。
「…ふふふふ。この日を待っておりましたわ!…さあさあ、カノ。白状しなさいませ!…『八代 時流』先輩とは、どういう関係なのですの!?…場合に依りましては、わたくしの大事な妹分のカノを、弄んだ罪は…重いのですからねっ!」
「………。」
…いえいえ。杏里紗ちゃんは、何を…期待されますの?…杏里紗ちゃんが期待される事実は、何もないですのよ。そういう杏里紗ちゃんもまだ…小学生なのでして、わたくしより1歳だけお姉様なのですの。母同士が姉妹ですので、彼女とは生まれて間もない頃から、よく一緒に遊びましたわね。母が病気でお亡くなりになられた時にも、彼女がわたくしを励ましてくれました。わたくしが今も、前を向いていられるのは、彼女のお陰なのでしてよ。
「八代先輩と申しましたら、あの八代グループの血筋ですわね。その血筋を受け継がれたお方であろうとも、わたくしの大事なカノに、軽いお気持ちで手を出されるのでしたら、絶対に許しませんことよっ!」
「………。」
今の杏里紗ちゃんは、勝手にご自分の妄想に…酔ってお出で、かと。昔から杏里紗ちゃんは、勝手に1人で盛り上がって妄想される、というのがお決まりでしてよ。こうなられて仕舞いますと、自己完結されるまでは放って置かれるのが、一番早い復帰ですのよ。否定しようと下手に口を挟みますと、妄想が拡大して大騒ぎにもなり兼ねませんので、彼女が冷静になるまでは、口を挟まないようにしておりますのよ。……ふう~。
わたくしはこの時、杏里紗ちゃんのお部屋にご一緒しておりました。彼女が自己完結するまではもう少し掛かりますので、勝手知ったる他人の家とばかりに、リビングの方まで移動致します。リビングでは、『遠田家』の息子で末っ子の来留君が、ちょこんとソファに座っておられましたわ。杏里紗ちゃんのお2人の弟のうち、下の弟くんでして、今年2歳になられたばかりの、とても可愛らしい男の子ですわ。
「こんにちは、カノンちゃん。アリサおねえちゃまに、あいにこられたのでしゅか?…ぼくも、あそんでほしいでしゅ。」
「こんにちは、ライ君。ええ。杏里紗ちゃんにお会いしに参りましたわ。杏里紗ちゃんは今、他のことでお忙しそうですので、わたくしと…遊びましょうね?」
「…!…ふぁいっ!」
来留君はわたくしに懐いてくださって、常に「カノンちゃん、カノンちゃん」と呼んでくださり、「遊んで。」と可愛くおねだりをされるのでしてよ…うふふふっ。
舌が上手く回らないお年頃でして、舌足らずな話し方とたどたどしい口調で、とても愛くるしいのですのよ。わたくしは1人っ子ですので、杏里紗ちゃんが羨ましくて仕方がありません。上の弟くんも、わたくしに懐いてくださいましたが、男の子らしいお遊びが好きな子ですので、わたくしは…お付き合いが不可能なのですわ。一応は、お嬢様育ちですもの。男子の遊びは、やったことがございませんわねえ。杏里紗ちゃんは木登りとか魚釣りとか、平気で…されておられましたけれども。
杏里紗ちゃんが…例外でしてよ。本当ならば彼女も、弟が生まれる前までは、お嬢様らしかったのですわ。弟の面倒を見ていらっしゃるうちに、いつの間にか…逞しい女の子に、なられましたのよ…。寂しそうにする弟の為だった…と、以前にお話されましたのよ。弟くん達を放って置けなくて、共に…遊びに付き合われていらしたのでしょう。そして、嵌ってしまわれたのですね…。ミイラ取りがミイラになるとは、こういう状況なのでしょうか…。
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「…ああっ!…わたくしのお部屋に居ないと思いましたら、此方で…ライと、遊んでおりましたのね。もうっ!…カノもライも、わたくしだけ放って置いて、2人だけで遊んでいるなんて…狡いですわよ!」
わたくしが、ライ君のお遊びに付き合っておりましたら、漸く復活されました杏里紗ちゃんが、リビングに来られましたわ。…うん。ライ君と遊んでいて、正解でしたわね…。あれから…彼是、30分ほど経っておりますもの。時間が勿体ないのですもの。
杏里紗ちゃんがプリプリとされながらも、誰にも見えない尻尾を振る勢いで、こちらにドシドシと大股で来られます。…杏里紗ちゃん。もう少し…お嬢様らしく歩きましょうか?…仮にもあなたは、この遠田家の長女なのですよ。杏里紗ちゃんとわたくしが逆の家柄に生まれていれば、と…親戚のご老体達に嫌みを言われるのですのよ。そろそろ、もう少しお淑やかになってくださいませね?
そうお伝え致しますと必ず、「ええ~。今更、やだ~。」とか宣われる杏里紗ちゃんは。昔の…わたくしの自慢でした落ち着きのある彼女は、何処へ行かれてしまったのですの?…もう、お帰りになりませんのかしら、永遠に…。
それは置いておきまして。ライ君が遊び疲れ、お休みになられたところで、杏里紗ちゃんに再び拉致されたわたくしは、彼女のお部屋に再び軟禁されておりますわ。お部屋から勝手に呼び出せないようにと、彼女がドアの目の前に座っておられまして。わたくしは、部屋の窓の方に押しやられ。先程は、逃げたのではございませんのに。暇潰しに、出て参りましたのよ。そこのところ、誤解のないように…お願い致しますわ。……ふうぅ。
暫くして、落ち着きを取り戻された杏里紗ちゃんに、トキ君との事の次第を、ご説明致しましたのよ。今度は彼女も大人しく、沈黙したまま聞いてくださいました。わたくしと彼とのやり取りをお話すれば、暫し…呆気に取られたようなご様子でしたけれど、ハッと我に返られて。
「八代様がどうであれ、カノは…わたくしの大切な従妹であり、実の妹のような存在でもあり、そして…大親友でもありますのよ。ですから、わたくしも八代様にきちんとした形で、ご挨拶致したいですわ。」
「それは…トキ君に、従姉妹として紹介して…と、いうことですの?」
「ええ。勿論。カノの保護者としてですわよ。」
…う~む。そう返されて来られましたか……。彼女がわたくしを殊の外、大事にしてくださっているのは、理解しておりましたわ。従姉妹の関係、実の姉妹のような関係、将又…親友のような関係とした上で、更に保護者と来ましたのね。わたくしは、それほどに頼りなく見えるのかしら?…それとも、1歳年上の彼女には、わたくしは…守るべき存在だと、仰られますの?…何れにしましても、1歳しか違わないというのに、保護者と名乗られてしまいましたわ(笑)。
こういう時の杏里紗ちゃんは、至って真面目な表情で、わたくしを説得するような口調で語られます。何も…冗談でも大袈裟でも、ないのです。彼女は、至って真剣なのですのよ。きっと、亡くなった母の代わりに、わたくしのお姉さん兼お母さん代わりになろうと、決心されたのでしょう。心の底からお優しい彼女は、わたくしが年齢通りの子供らしさがないことに、常に心配をされておりましたので、わたくしが母のお葬式で泣けなかった事情も、きっと気付いておられるのでしょう。
わたくしのお母様は、わたくしが物心ついた頃には、既に入退院をする程に、身体の弱ったお方でした。ですから、わたくしは無意識にイイ子であることを、常に心掛けておりましたわ。病気がちと言えども、子供のわたくしが無理をしておりますことに、実の母親として…気付かれておられましたのよ。しかし、母はその後も入退院が頻繁となられた為、わたくしに関する心配事を、母の姉である伯母様に…打ち明けておられたようでして。
そこで伯母様は、ご自分の子供であり、わたくしと従姉妹である杏里紗ちゃんに、わたくしの面倒を頼まれたのだとばかり、当初は思っておりました。ところが、それは…違いましたのよ。わたくしのお母様と、杏里紗ちゃんのお母様がお話されているのを、偶然聞かれてしまったらしくて。彼女は、ご自分からわたくしの面倒を見ると、買って出られた…と。大好きな妹的なわたくしが、悲しむ姿を見たくないのだと、仰って。
「わたくしが天国に旅立った後、杏里紗ちゃんに何でも…ご相談するのですよ。彼女には、お姉様に相談していたわたくしの話を、聞かれてしまいましたからね。『わたくしが、カノの姉にも母親にもなりますっ!』と、宣言されましたのよ。…ふふっ。本当に…頼もしい従姉ですね?…これでわたくしには、何も…心配事はなくなりましたことよ。」
弱り切ったお母さまの、最後のお言葉で…その事実を、知りましたのよ。お母様には、とても嬉しいお言葉であったご様子でしたわ。杏里紗ちゃんが、従姉で良かったですわ。本当に…ありがとうございます、杏里紗ちゃん。
前回のお話でも、3年後のお話ではなく、この3年間に起こった出来事となりました。今世にも、夢の中で登場していた『杏里紗ちゃん』が、漸く前世世界で登場しています。
しっかり者の花南音に対し、保護者を名乗る杏里紗ですが、花南音よりもしっかり者として保護者を名乗っている、という訳ではありません。子供らしくない花南音の気持ちを、フォローしたいが為に……です。