39話 貴方に翻弄されて
前世・花南音視点となります。
花南音が、時流に振り回されるお話です。
「花南音ちゃん。こういう設定は、どうかな?」
「…はい。そうですね…。う~ん。これは…ちょっとお子様向けには、向いておりませんわね…?」
ただいま、わたくしは例の如く、会社の開発室に来ております。前回、わたくしがアイデアを出させていただいた、ペット飼育系のミニゲームの玩具の販売は、大好評を得られましたわ。時期的にもそろそろ、顧客に飽きられる頃でして、新商品の玩具を出すのか、それとも続編を出すのか、という…分岐点に来ておりますのよ。わたくしと致しましては、このデジタル時代に1回限りとは…勿体ない、という意見でして、データー更新という形式を取りたいなあ、と…考えておりましたのよ。それに対して、開発室の社員達は、悲喜交々のご様子でしたが…。
「確かに…難しい問題もあるけど、出来れば僕も、花南音ちゃんのアイデアに、乗っかってみたいなあ。先輩方には、他のアイデアに挑戦してもらうとして、花南音ちゃんのアイデアには、僕が挑戦してみたいんだけど…いいかな?」
意外にも…八代様が、わたくしの意見に乗り気でして。他の社員達とは、別々の商品を手掛けることとなりました。今までは、社員の皆で力を合わせて1つになり、同じ商品を一緒に作って参りました。社員同士で意見が分かれた時には、何度も何度も話し合い、意見の共通点を見つけたり、お互いが妥協したりしまして、社員の意見が一致することを目指しておりましたのに、彼がここに来られるようになってからは、その傾向が変わって来ておりますのよ。
八代様は、彼自身も一切の妥協をしない代わりに、他の社員の意見も、一切否定されません。なるべく全ての意見を取り入れられますのよ。そして、その意見に賛成する者がおられるならば、その意見ごとに社員を分担されまして、いくつかの班に分かれて作業することになるのです。
八代グループ・ご令息というお立場も、伊達ではございませんわ。わたくしは、皆で同じものを作り上げることに、拘り過ぎましたわね。「社員一丸となり、全員で協力致しましょう!」と、唱えておりました。このように自分が作りたい物を目標に掲げて、分かれて仕事をするというのも、考えた方の1つでしたのに。一見致しますと、纏まりが無いような気がしておりましたが、却ってこの方が…士気が高まることにも、成り得るのですね…。無理して1つに纏めなくとも、社員達の遣る気を無くさないようにする方法も、ございますのね?
八代様が来られるようになってから、会社の中の空気が変わった…と、明らかに流れが変わった…と、父もわたくしも感じておりますのよ。また、これとは違う意味で、父も纏う空気が若干変わられた…という気が、致します。最近、会社でも自宅に居られても、どことなくピリピリしたご様子が感じられるのですが…。八代様に会社が乗っ取られたとでも、思っていらっしゃるのかしら…。ふふ…。社長としての多少の危機感は、持っていただきたくて、敢えて…わたくしは、放置とさせていただきますわ。
因みに、彼は他の社員達からは、「八代君」とか「時流君」とか…と、気軽に呼ばれておられます。中には「時流」と呼び捨てにされる、強者も…。わたくしの父…なのですが。わたくしも初めのうちこそは、「八代様」と呼ばせていただいておりますが、つい先日、彼から不満げに…文句を、言われてしまいましたのよ…。
「僕がここに居るのは、自分で来たい…と思ったからで、八代グループのご令息としてでは、ないんだよ。それに、僕が…君の下で働いていて、『様』付けはおかしい。僕も君のことは、下の名前で呼んでいるんだから、君も僕のことは、下の名前で気軽に呼んでほしいかな。」
「………。では………時流様。」
「………。いやいや…。だから、『様』付けはおかしいって!…今後、『様』付けは…禁止ね?」
彼からは…下の名前で呼ぶように、お願いされますが……。わたくし、貴方様よりも…4つも年下ですのよ?…わたくしは困惑した顔をしておりますが、彼もここは退かないと、言いたげでして。仕方なく「時流様」とお呼び致しましたのに、これも不満げに…文句を言われます。「様」付けは…禁止とまで、仰って。…あの~、わたくし…貴方様より、4歳年下なのですよ…。
「………。では………トキ君…?」
「…うん。まあ…それなら……いいかな……。」
わたくし、やはり自分よりも年上のお方に、呼び捨てなど出来ません。かと言いまして、『時流君』とお呼びするのは、ハードルが高いと言いますか…。妥協案と致しまして、愛称呼びに『君』付けして、ご勘弁いただきたい…と、思いましてよ。ちょこんと首を少しだけ傾げまして、彼のお顔を真っ直ぐ見つめながら、お伺いを立てて置きましょうか。これで許してくださいな、という意味を含めまして。
その後、彼がポッと耳まで赤らめて、咄嗟に口を片手で塞がれて。あら?…予想外の反応が…。漸く…何とか、OKをいただくことが出来ましたわ。……ほっ…。
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「花南音ちゃん。これ、お土産。これ、現地で食べたんだけど、とっても美味しかったよ。花南音ちゃんが行ったことがないって、言っていたからね、買って来たんだよ。…あっ、これもお土産なんだけど、花南音ちゃんに似合いそうだなって、思わず買っちゃったよ!」
「…お土産…こんなにもたくさん……。ありがとうございます、トキ君…。」
あれから…気が付きますと、彼は何かと用事を作っては、わたくしの自宅に遊びに来られております。わたくしの母が亡くなっていることも、彼は知っておられて、偶々…会話をしておりましたお話が切っ掛けで、こうして訪ねて来られるように、なりましたのよ…。
「あれっ?…今日は…会社には、行かないの?」
「はい。今日は、父が出張となりまして、帰宅しませんものですから、わたくしも…会社はお休みしようかと、思いまして。開発部の皆様には、既にお伝えしてありますわ。」
「…えっ?……社長が出張?…今日の夜は、お泊りで?…えっ?…何?…花南音ちゃんは…1人でお留守番なの?」
「ええ。そうですわね。父はよく出張を致しますので、わたくしはもうすっかり慣れておりますわ。それに、1人とは言いましても、家政婦さんとか運転手さんとか、他にも家の者がおりますから、全くの1人ではございませんのよ。」
「……それでも!…家の者と言っても、所詮は…主人と使用人の関係だよね?…それは…実質的に、1人で留守番しているのと…同じことだよ。」
トキ君が我が社に、お顔を出されるようになってからは、わたくしが帰宅する前にと、毎日のように…我が家の迎えの車まで来られては、今日の予定を聞かれますのよ。実は、会社の方から帰宅する際にも聞かれておりますのよ。
「急に予定が変わることも、ございますわ。」とお伝えしたところ、このように学校から帰宅する際にも、今日の予定を聞かれますのよ…。わたくしは1年生ですので、5年生のトキ君よりも帰宅が早いのですわ。ですから、ご一緒に会社に行くことが出来ませんのよ。その上、彼は生徒会に入られており、帰りも遅くなる日がございまして、「今日は…行けそうにない。」と、ご連絡いただいたことも…。
本日も予定を聞きに来られましたので、「今日は、このまま自宅に帰ります。」とお伝えしましたところで、つい先程の会話に戻ります。父が出張で帰宅しないという事実に、不安そうなお顔をされておられまして。わたくしにとっては、正直申し上げましたならば、今更な…お話なのでして。使用人は人数に入れない、と仰っておられるようで、わたくしが1人っきりだと…言い切られて…。
わたくしにとっては、我が家の使用人達も、家族同然なのですのよ。家族同然の使用人をそう言われますと、ちょっぴり…悲しくなりますわ…。ですが、トキ君のような家柄では、違うのでしょうね…。
「……分かった。授業が終わり次第、僕も…君の家にお邪魔するよ。良いかな?それまで、ちょっと待っていて…くれる?」
トキ君は…わたくしのことを、心底心配してくださっているのですね…。わたくしは、本当に慣れておりますのに。お夕食ぐらいは、ご一緒に召しあがられますかしらね…。帰宅しましたら、もう1人分追加していただくように致しましょう。
その日の放課後、授業を終えて直ぐに、トキ君は約束通り…我が家を訪ねて来られましたわ。ご一緒に夕食を召し上がられて、トランプカードのゲームなどされて、「花南音ちゃんが…心配だから」と。結局…その晩は、我が家の客室にお泊りになられましたのよ。朝食もご一緒して、次の日はご一緒に登校致しましたわね…。
因みに、我が家には勿論、セキュリティ会社と契約しておりますので、何か起こりますと、すぐに駆け付けてもらえる契約ですのよ。そうご説明致しましても、ご納得してくださらなくて。単に…トキ君が心配性だけなのだと、わたくしは…思いましてよ。わたくし、余計に…疲れましたような気が。
翌日、帰宅した父がこの事実を知られますと、暫し呆気に取られたお顔をした直後に、「……この年から、油断も隙も…ないな…。」と…何やらブツブツと呟かれておられます。お父様こそ、何を考えられておられますの?
わたくしもトキ君も、まだ小学生でしてよ。よもや、年頃の男女でもあるまいに。わたくしは、遠い目を致しておりますわ。これは、見て見ぬ振りでしょうね…と。
漸く、花南音と時流が名前で呼び合う、という仲になっていきます。
相変わらず、時流がグイグイと、猛アピールをしております…。
花南音の父は、複雑な心境なのでしょうね?…既に今から、警戒モード?