36話 貴方との出会い
第三幕本編、始まりました。前世でも基本的には、主人公視点となります。
主人公と『とある人物』との、出会った頃のお話です。
今日は当番の為、わたくしはいつもより早めに、登校します。当番というのは、要は日直のことでして、この日直のお仕事は、定期的に順番に回って参りますの。クラス委員という、生徒会に準ずる役員に選ばれた方はおられますが、もう少しでわたくしも、そのクラス委員に選ばれそうになりましたので、辞退させていただきましたの。何しろ、父の会社経営のお手伝いで、忙しく過ごしておりますわたくしなので。中途半端に、役員のお仕事を引き受けたくなかったのでしてよ。
ですが、日直のお仕事は、クラスの皆さんもされていることですわ。これに関しては、お断りするべきではありません。月に1・2回ほど、回って来るぐらいなのですから、きちんとお仕事させていただきますわ。
日直係は、毎日交代致します。基本的に男女のペアとなりまして、2人組で協力してお仕事を致します。お仕事内容は、担任やクラス委員のお手伝いとなりまして、まあ…1日助手みたいなものでしょうか?…後は、授業後の黒板のお掃除と、その日の出来事を日直手帳に記入し、担任教師にお渡しすることになりますわ。担任教師は日直を通して、今日の生徒の様子を再確認している、という…感じですわね。案外と日直の仕事は、簡単そうで意味が深いのですのよ…。
学校までは当然なのですが、自宅からマイカーにて通学しております。マイカーと言いましても、わたくしの持ち物ではありません。父が所有する自家用車ですわ。主に車の運転は、我が家が専属で雇っている運転手でして、わたくし専属の運転手なのですわ。車も、わたくしの通学専用に用意されたものですし、わたくしこれでも一応、深窓のご令嬢なのでしてよ。
運転手は何人かおりますが、今日は女性の方ですわ。彼女は家政婦としても我が家で働いてくれており、長い付き合いとなりますかしら…。彼女はつい最近、免許を取ったばかりでして、24歳になったばかりの若いお人です。年齢は離れておりますけれど、わたくしにとりましては、仲が良いお姉さんみたいな…お人ですのよ。
「花南音お嬢様。松園小学校に着きましたよ。お気をつけて、行ってらっしゃいませ。」
「麻衣良さん、ありがとう。行って参ります。」
松園小学校とは、わたくしが通っております、小中高一貫校でして、わたくしの家柄のように、それなりのお家柄のご子息ご令嬢が通っておられます。その中でも、わたくしの家柄は上の方でして、今のクラスでは…わたくしがトップ、となりますかしら。勿論、この松園には杏里紗ちゃんもおられますし、上には上が…おられますのよ。
お金持ちと呼ばれる者の中には、何に対しても家柄で威張る者も、偶にはおられますけれども、この松園には少なくとも…虐めはない、とお伺いしておりましてよ。家柄にも順位はございますけれど、会社の業績によりましては、その順位も変化致しますし、そう順位としましては…大差ございません。
杏里紗ちゃんのクラスでは以前、男子生徒が女子生徒を虐めた、という事実がございまして、それも…女子生徒の気を引く為だったと、伺っておりますわ。それに、重大な問題が出て参りましても、学校側がきちんと公平に対処してくださるので、安心して通うことが出来ますのよ。
車の送迎用の駐車場から、学校の校舎まで少しだけ歩きまして、1年生用の下駄箱に向かいます。そこで靴を上靴に履き替えまして、教室に向かうのですが、わたくしのクラスは…まだ誰も、登校されておられません。本当は、わたくしとペアの男子生徒も、早めに登校されるべきなのですが、彼はよく寝坊をされては、毎日のようにギリギリに登校されますので、朝の日直の仕事はわたくし1人で、帰りの日直の仕事は彼が1人で、と…分担させていただきましたわ。彼からのご提案でしたので、少しでも早く帰宅したいわたくしは、正直助かっておりましてよ。わたくしはそのまま父の会社に出向きますので、少しでも時間が惜しいのですわ。
教室に到着しますと、先ず最初に花瓶のお花の水替えをしようと、廊下の端にある水道のある場所にて、お水の交換をしておりました。その時、わたくしのお隣に、誰かが立つ気配が致しまして。振り返るようにして顔を上げますと、背の高い少年がわたくしを、ジッと…見つめておられまして…。あらっ?…どなた…かしら?
見覚えのない少年でした。年の頃は…4~6年生の上級生と思われ、上品な雰囲気を持ち合わせておられます。もう既に…大人の気品のようなものを、漂わせておられ、わたくしと同類の大人びた人物と、お見受け致します。
わたくしは、父の会社のパーティには全く出席しておりません。本来ならばわたくしも、率先して参加しなければならない立場ですのに、会社経営の方に口出しをしている都合上、小学1年生にしては…目が回る程に忙し過ぎ、のんびりとパーティに参加する気はございません。その間も…仕事をしておりますのよ。ですから、この目の前のご令息に、心当たりがございませんのよ…。
「……初めまして。僕は…八代グループ一族の子供で、この松園小学校5年生の『八代 時流』と申します。君が『乃木 花南音』さん…だよね。この玩具を…開発したのは、君…なんだよね?」
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目の前の少年はそう仰って、わたくしの目の前に差し出された商品は、わたくしが1年ほど前に開発に携わっていた、小型のミニ電子ゲームのようなものですわ。その頃のわたくしは、まだ松園の付属である幼稚園に通っており、そこでクラスメイトの女の子の会話中に、パッと閃きまして。「わたくしの家では、お母様が動物アレルギーでして、子犬や子猫どころか…ペットを飼うことが、出来ません。」という、諦められたお言葉に。
ペットを飼うことが出来ないのでしたら、疑似的なものならどうでしょうか…という提案を致しましたところ、父の会社の企画部の方々が、「そのお嬢様のアイデアは、面白いですね?」と、わたくしの意見が即…通ってしまいましたの。そういう訳でして、わたくしは1社員として企画会議に参加し、アイデアを詰めていったのです。しかし、この事実は…わが社では内密のもの、でしてよ…。
わが社の社内では、わたくしが会社に出入りしておりますのは、社員ならば誰でも知り得る有名事実ですわ。通常から社員扱いを、していただいておりますもの…。どちらかと言いますと、社長並みの待遇では…と、思いましてよ。
これにつきましては、わが社での公然の秘密事項なのですわ。我が社の社員とは言えども、家族に漏らすことは許されません。その為、外部の者が知っておられる訳が有り得ません。わたくしは、固まっておりました。わたくしは…目一杯に、警戒心を露わにして。そのようなわたくしに気付かれ、年上の少年は慌てて…否定されましたのよ。
「…僕は、配慮が足りな過ぎたようだ…。君とお近づきになりたかっただけで、警戒されたい訳じゃない。ごめんね…。反省してる…。」
少年…八代様は、勢いよく頭を下げて謝られまして、わたくしの方が…困惑致しましたのよ。必死になって謝られる八代様に、悪気はなかったことでしょう。単なる好奇心なのでしょう。ですが、一体どこから…漏れてしまったのか…。これだけはハッキリと、確かめねばなりません。
「…お顔を…上げてくださいませ。何も…怒っておりませんのよ。この件につきましては、我が社での秘密事項ですのよ。八代さまはどのようにして、お知りになられたのですの?」
「……っ!……それは、君が………。」
頭を下げられたままの八代様に、お顔を上げていただくようにお願いし、どこからわたくしの事をお知りになったのか、お伺い致しましたら…。八代様は、何かを言いかけられ、そのまま黙り込んでしまわれて。わたくしが…何ですの?…彼の仰りたい意味が分からず、首をちょこんと傾げます。何か…言い出しにくい事なのですの?…いつまで経っても、八代様は口を開かれず…。途轍もない何かを、隠されているご様子でして…。
「…わたくしの父が、八代様のお父様に…お話されましたのでしょうか?」
「……!……ごめんね。…どうしても、今は…話すことが出来ない……。」
わたくしは、可能性のある事実を、申し上げてみましただけですのに…。八代様は責任感が強いらしくて、どうしても言えないのだと…お認めになられませんのよ。やはり…父がお酒の席な何かで、うっかりと口を滑らせてしまわれたのかしら…。
今まで父の口から、八代様とお付き合いがあるとは、聞いたことはございませんけれど。八代グループと申せば、不動産関連の大企業ですわね。この国の国民でしたら、誰でも知っておりましてよ。わたくしの父の会社も、玩具関連では名がそこそこに知られておりますが、八代グループとは…比べ物になりません。杏里紗ちゃんのお家よりも更に、上の家柄なのですもの…。
どのような理由があろうとも、そのようなお人に頭を下げていただいては、気分が落ち着きませんわ。取りあえず、頭を上げていただいて、このお話はご内密に、とお願い致しまして。これで一安心です…とホッとしておりますと、八代さまが意外なことを仰られまして。
「僕は…将来、玩具を作る会社に入りたい。正直に言えば…僕は今まで、玩具には興味がなかった。でも…この玩具には、とても興味を引かれたんだよ。だから僕は、君に協力を申し込みたい…と、思っている。」
今回から、第三幕が本格的に始まりましたので、先ずは、前世での出会いから始めて行きたいと思います。『とある人物』との出会いシーンなのですが、大体の予想は…つかれていることか、と…。ここでは、まだ伏せさせてもらいます。
※第三幕は過去編ながら、転生後の世界に欠かせない物語となっております。誰がどういう転生をするのか、という場面も含まれておりますので、今後も筆者からは伏せたまま、進行させていただきます。