27話 わたくしの困惑
今回は前半・中盤・後半で分かれております。
前半・中盤は、いつも通り主人公視点です。
今回は、ちょっと主人公の裏側を書きたいと思い、こういう形となりました。
わたくしはこれ以上ないくらいに、動揺してしまいまして、上手くご説明できません…。婚約者だからという訳ではない、と仰ってくださることには、1人の人間として見られていることに嬉しく思うところなのですが、…今のわたくしは頭の回転が悪くて、『仲間外れ』という言葉が頭の中でグルグルと回っておりました。ですから…婚約者になってくださることだけでも、わたくしは十分に守られておりますよ、とアピールしたつもりでしたのに。
トキ様がわたくしの返事に対して、何か思うところがおありのご様子で、ブツブツと呟かれます。内容は何とか聞き取れましたものの、何を仰りたいのかが…今一、理解不能でしたの。トキ様がそういうタイショウとか、トキ様の頑張り次第とか、一体何のことなのでしょうか?…タイショウ…対称、対照、対象、大笑…???
日本語と同じ発音ですので、…意味が色々ありますのよ。文字で書けば違う言葉の意味でも、発音だけでは意味までは分からない場合があるのも、前世の日本と一緒なのです。こういうところだけ、同じでなくとも良いのに……。
後は…トキ様は、これ以上…一体何を頑張られるのでしょう?…もう既に完璧な貴公子様だと思うのですけれども…。そうわたくし思っていても、仕方がないことでしたのよ。そう言えば…わたくしが鈍いとか…言われましたような…?
トキ様から拝見されましたら、わたくしは…鈍いのですね…。確かに…トキ様と比べられましたら、何でも鈍いことになるとは思いますけれど……。そう言えば…、前世でも何度か似たような事を、仰られたお方が居らしたような………。
…まだ記憶が8歳までの記憶しか、戻っておりませんので、その辺りは曖昧です。
そして…今のわたくしの表情を見事に当てたトキ様。そんなにも…お顔に出ているものかしら?…わたくしの表情を正確に読み取るお方は、トキ様ぐらいでしてよ。
これでも貴族令嬢として、完璧に表情を出さないように努力しておりますのに。
このように感単に読み取られますと、非常に…複雑な心境ですわね…。
わたくしらしくて良いとか、今はこれでも良いとか、トキ様がこれ以上は望まないとか、突っ込みたいような話題が多く出て参りましたが。…何なのでしょう?
何となくですが…わたくしは、このまま何も知らなくて良い、と言われたような気がいたします…。それで、合っておりますのでしたら、悲しいですわ…。
トキ様に何も知らされないのは……。まるで…わたくしにはこれ以上何も期待していないから、もういいよ、と宣告されたようでは…ないですか…。
「…うん…。その表情は、何か…誤解しているよね?」
「あの…トキ様?…その表情とは…どうような表情なのでしょう?…わたくし…そんなにも、顔に出しておりますかしら?」
「…う~ん。難しい…質問だよね…。どのような…って言われても、どう言ったら…良いのかな。…そうだね。捨てられた子猫?…とかみたいな感じ?…ああ、そんなに心配しなくてもいいよ。多分、僕だから見分けがつくのであって、他の人間には分からないと思うよ。カノンの表情を見分けるのは、難しいからね。」
「………はい?………。捨てられた猫…?……犬ではなくて…?」
「うん、ちょっと違うかな。捨てられた猫じゃなくて、子猫だよ。カノンは普段から…子猫みたいだからね。犬じゃあ、ダメなんだよ。」
「………。」
トキ様にバレているとは感じましたが、その表情がどうような表情なのか、わたくし自身も知りたくて、お訊きしましたのに…。まさか…捨てられた猫とは…。
それは、犬の間違いなのでは?…そう思いながらも、トキ様が間違われる訳もないですし…。前世とは異なって、こういう時には犬の代わりに、猫と言うのかしら?
もしかして…犬は、この世界には存在しないのでは?…などと考えておりましたのに。トキ様の解釈に…今一ついていけません。わたくしが…子猫……。
「…ふふっ。悩んでるね。本当にカノンは…真っ新で無垢だよね?…僕は、カノンの婚約者になれて、幸運だったよ。…ああ、そうそう。カノンの誤解を解いておかないとね?…このままではずっと、誤解されたままになりそうだからね?」
そう仰られたトキ様は当然、わたくしの目の前のソファから立ち上がられ、わたくしの隣に腰かけられると、わたくしの両手を包み込むようにして握られ、すぐお隣の至近距離から、わたくしの瞳を覗き込むようにして、話し掛けられます。
「僕はね、カノには、今のありのままの『カノ』で居て欲しいんだよ。僕の為に変わって欲しくないんだよ。だから、カノが変わってしまうぐらいなら、今のままの方が良い、って思ったんだ。僕は…カノらしい方が好きなんだよ?」
知ってた?…と、耳元で付け加えられまして、わたくしの頭は…見事にショート致しましたわ。その後、一体何があったのかさえ、全く記憶にございませんもの…。
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気がついたら…夜になっておりました。いつの間にか、トキ様とのお茶会も終了し、彼は帰宅されておりました。わたくし…全く覚えておりません。ララとミリィにさり気なく装って、あの後のわたくしがどうしておりましたのか、探りを入れましたところ…何と!わたくし、普通に行動しておりましたわ。…う~む。
わたくし、貴族令嬢…元社長令嬢だけありましたわ(笑)。普段からの礼儀作法が役立っておりましてよ。
ただ…トキ様には、わたくしの頭がショートしていて、機能していなかったのは…バレておりましたでしょう。それでも、これは彼の所為なのですから、仕方がありませんのよ。ですが、穴がありましたら…入りたいぐらいに、恥ずかしいです…。いくら…トキ様と言えども、男性と2人っきりの時に、何も覚えていないとは…。何かされたとしても、覚えていないのは…怖いことですもの…。
トキ様でしたから良かったものの…。トキ様でしたから…?!……。
今の自問自答で、再び頭の中がショートしかけた、わたくし…。恥ずかし過ぎて…暫く、トキ様にお会い出来ませんわ!…と言いますか、お会いしません!
……いやあ~!!!
(※再び、頭の中はパニックとなる。表情は変わらず、身動きもしていない。)
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「ねえ、ミリィ。今日のカノン様、トキ様が帰られる時から、ちょっとおかしくなかったかしら?…何だか、まるでお人形が行動されているような、そんな感じがしたのだけれど……。」
「…えっ?…そうですか?…私はいつものお嬢様と、お変わりないと思いましたけど?…カノンお嬢様は、普段からお人形みたいな可愛らしいお方ですし…。ララさんの考え過ぎではないでしょうか?」
「…そうよね?…考え過ぎよね?…ですが、何となく、いつもより冷たい雰囲気と言いますか…。」
「…冷たい雰囲気ですか?…でも、カノンお嬢様は、初対面では滅多に笑顔をお見せられないお人ですし、そう勘違いされることも多いそうですよ。」
「…う~ん。それとは…何となく違うのよね~。何だか、誰かに操られているお人形が動いているような、と言ったら的確な表現になるかしら?…兎に角、そんな雰囲気だったのよね…?」
「…はあ~。私には、ララさんが言って見える意味が、分かり兼ねますが…?」
「…そうよね…。わたくしも何を言っているのか、よく分からないの。お嬢様を操る誰かなんて居るわけないし、居たら困るわよね?…だから、これは例え話よ。
でも、長く勤めているあなたが言うのだから、わたくしの気のせいね?」
カノンの専属メイドである、ララとミリィがカノンの部屋から出て来た後、廊下で2人は立ち話をしていた。自分の主人であるカノンが、何か変だと気が付いたララが、ミリィに確認したのだが、ミリィはいつも通りだと言うのである。ララは納得が行かないまでも、長年カノンに仕えているミリィが言うのだからと、無理やり納得しようと思っていたのだが…。
「…あら、面白そうなお話ね?…興味深いわ。ぜひわたくしにも、詳しく聞かせてくれないかしら?…ここでは何ですから、場所を移しましょう。」
「お、奥様…。その…これは……。」
「あら。責めている訳ではないのよ?…ララは、カノンのことを心配してくれているのでしょう?…わたくしも、娘のことは心配なのよ?…あの子は…物心つく前から、妙に大人びた…物分かりの良い娘でしたもの。そのあの子が、変だったと言うならば、母親として何でも聞いておきたいのですわ。それが、ララの勘違いだったとしましても。…ですから、正直に詳しく教えてくださいね?」
「…はい、奥様。」
2人が話し終わった頃に、第三者の声が2人の真後ろから聞こえて来た。慌てて振り返った2人の前には、このお屋敷のアルバーニ侯爵夫人である、アンナベート・アルバーニが優雅に立っていた。2人は慌てて夫人に礼を取る。夫人は全く気にした風でもなく、2人の会話に興味を示していた。…不味い!…ララは瞬時にそう感じていた。アルバーニ夫人は気さくなお人柄ではあるが、娘と息子を大切に思っている。そんな夫人の前で、娘であるカノンのことを、『操られたお人形』と例えてしまったのだ。流石に…不味いでしょう、これは…。
しかし、夫人の反応は違っていた。娘を心配するあまり、どんなことでも話が訊きたいということらしい。取り敢えず、咎められずにホッとした2人は、夫人にカノンの様子を伝えることにした。夫人から話を求められては、2人には拒否権もないだろう。それに、何でも娘のことを知りたいと言う母親に、ララもミリィも微笑ましいと思っていたのだから。
そうして、2人は夫人と共に、廊下から夫人の部屋に移動し、夫人には一部始終を説明することになったのである。
前半は、前回からの続きで、カノンがトキとお茶会の様子となります。トキによって、混乱させられているカノンが見られました。早速、『カノ』呼びが……。
中盤は短めで、カノンの狼狽えぶりが、分かる内容となっております。
後半は、第三者視点となります。ララとミリィから見たカノンの様子となっています。本当は、機械仕掛けとかロボットとかで、表現したかったのですが、この異世界にあるとおかしいので、止めました。結果、お人形になったのですが、上手く伝わっているでしょうか?
後半の続きは、特に今はありません。いつか母親の視点から、書いてみたいとは思っています。