番外 わたくしの素直な婚約者
今回は番外編となりますので、別の人物視点となります。
この人物の視点は、前回の続きとなっています。
「……前世?…生まれ変わる前のこと?…そういう過去の夢?……オレは…転生したってことなのか?」
わたくしの目の前に座っているエイジが、そう呟くように言葉を紡ぎます。
あまりにも呆然としていらっしゃるらしくて、周りとか何も気にしていない、いいえ…気にする余裕がない状況の、ご様子なのですね…。
この場所は、サンドル侯爵家の庭園に当たります。今はエイジとわたくしの2人だけで、お茶会をしているところなのです。本来ならば、わたくしの侍従とエイジの侍従や、侯爵家のメイド達が側に居て当然なのですが、わたくしが人払いして置きましたの。少し前から、エイジのご様子がおかしかったものですから、あまり侍従とかに聞かれたくない、と思っておりましたので。……良かったですわ。
前世とか転生とか、誰にも聞かれなくて。それに先程、エイジがお話した内容も。
『俺の姉貴』なんて言葉を聞かれていましたら、流石にメイドや侍従たちも、エイジの頭がおかしくなった、と噂することでしょうね。前世の記憶保持者と思われるより、ある意味不味いですもの。勿論、バレたらバレたで、不味いのでしょうけれど。わたくしが訊いていたことも知られましたら、わたくしまで転生者だとバレそうですしね…。ああ、本当に……うざい!(※『うざい』という言葉は、この世界には絶対にありません。)
やはり…エイジは、カノンやわたくし同様に、転生者ということで決まり…ですわね?『転生』という言葉も、この世界では使いませんからね。この国の人間には、意味が分からないようなのですから。エイジは夢を見ていたのでしょう。転生前の自分の過去の出来事を。ただ、彼は全くそういう自覚がなかっただけで…。
もしかしましたら、この夢の内容も、エイジには混乱していたのかもしれません。
侯爵様とリョー様との間の関係を、悩んでいるのかと思っておりましたが、それだけではないのかもしれません。過去の夢も少なからず、エイジにはショックな出来事だったのかも…しれませんね?
よく考えて見ましたら、わたくしでも前世の夢の内容には、ショックを受けましたもの。だって…とても懐かしかったわ。お父さん、お母さんと一緒に行った遊園地の夢。とても…楽しかったんだもん。今と違って、私には…ちょっと意地悪なお兄ちゃんもいて、それでもいざとなれば…私の味方してくれていたよなあ……。
わたしも…前世の家族に、会いたくなっちゃったよ~。
「……!!………。」
エイジがわたくしを見て、驚いたように固まっておりました。エイジ…どうかされましたの?…そう訊こうとしましたら、目の前に靄が掛かったように、徐々にエイジの姿が霞んで見えるのです。…あらっ?…どうしたのかしら?…霧でも出て来たのでしょうか?…わたくしは首を傾げておりますと、何故かエイジは、慌てたような素振りをされたのが、見えなくとも分かりましたわ。一体…何なのでしょう?
「………。ごめん!……父上は…前から厳しかったけど、それでもその頃は兄上にも厳しかったから、俺だけじゃない、父上は誰にでも厳しいんだと思っていたんだ。でも…ここ3年ぐらいは、父上は兄上にはあまり怒らなくなって、オレばかり怒られるんだ…。然も…オレには、兄上までが厳しく指導するようになって来て、正直凄くムカついていたんだ…。そりゃあ、兄上は天才だから、オレみたいにそんなに練習しなくても実力があるんだろうけどさ…。凄く悔しくて自分が惨めに感じて…。そんな中で…ある夜から変な夢を見るようになった。夢の中では…俺には姉が居て、俺は「姉ちゃん」と呼んでいるんだよ。その姉は…俺を揶揄うことばかり言って来て、夢の中でも頭に来るし、最近イライラばかりしていた。オレ……八つ当たりしていたみたいだ…。ごめん…リナ…。」
エイジは慌てた素振りの後、少しの間オロオロされておりましたけれど、何かを決心したかのようなお顔をされ、その後はご自分の頭を下げて来られましたのよ。
…え~と、一体どうされたのかしら?…わたくしはまだ霧が少し掛かっておりますが、見にくい目を一生懸命に開けて、エイジを見つめておりますの。何とか見えている状態ですわ。行き成り謝って来られたエイジに、わたくしは呆然となり…。
「リナ、本当にごめん。リナを…泣かせるつもりは…なかったんだ……。」
……はいっ?…泣いているとは…誰が……?!…えっ?…わたくし?…わたくしは泣いておりますの?…わたくしは暫くの間、口をポカンと開いたまま、呆然としておりました様でした。漸く自分の手を目元や頬にやってみて、やっと自分が泣いていることに、気が付きましたのよ。わたくし…本当に泣いておりましたのね?
泣いていた理由は…エイジが原因ではなく、わたくしの問題でしたのに。
でも…恥ずかしいので、そういう事にして置きましょう。…ふふふ。
****************************
どうやら…わたくしは、前世の記憶に引っ張られたようでした。前世の気持ちを思い出してしまって、涙腺が緩くなってしまった模様です。わたくしは自分のハンカチで涙をゴシゴシと拭き取り、改めてエイジを見つめましたのよ。エイジは目の前の席で、明らかにシュンと肩を落としておりました。自分の所為で泣かせたと、本気で気にされているのでしょう。…ふふふ。
わたくしが泣いた原因は、間違いなく前世の夢の所為ですわ。泣いてしまう前に、わたくしは前世の夢の内容を思い出しておりましたから、無性に会いたくなってしまって…。無理もないのです。いくらこの世界でも、両親に甘えられると言いましても、前世とは何もかも違うのです。基本的に貴族であるわたくしの面倒は、わたくし専属のメイドが致しますし、お屋敷から一旦出てしまいますと、貴族らしく振舞わねばなりません。前世のように、子供らしい子供など、この国では庶民ぐらいでしょうね。
わたくしは…寂しかったのかもしれませんね?…本来ならばまだ7歳の子供だというのに、もう既に7歳の貴族の子供として、礼儀作法などきちんと熟せなければ、この国では嫁ぐことも出来ないのです。貴族らしく振舞えなければ、庶民からも馬鹿にされてしまいます。このシャンデリー王国では、身分で見られることも多いですし、子供と言えども礼儀作法が出来ない子供や、身分を軽視した行動での失敗などは、貴族である以上、一族皆が恥を掻くことになったり、王家から罰を受けたりすることにもなるのです。
前世の思い出を、わたくしは…懐かしくて、今と比べてしまって苦しくて、色々な感情が混じり合いまして、思わず…泣いてしまったのでしょうね。もう…元の世界に戻れない、という現実に打ちのめされて……。
それでも、今のエイジの謝罪で、その胸の苦しさや悲しさなど、負の部分に関しては全て、完全に吹き飛んでしまいましたわ。…ふふふ。本当に…エイジらしいですわね?…エイジは貴族の枠には珍しい、嘘のつけないタイプなのです。一応これでも、生まれた時から決められた婚約者ですからね。彼とは生まれてから7年のお付き合いですから、これでもよ~く理解しているつもりなんですのよ。
「…エイジ。あなたの良いところは、そういう素直なところですわ。でも、貴族としてはそういう風に、直ぐ自我を出してしまうのは、良くないことだと気が付いておられますか?…もう少し、周りを気にするようにしてくださいませ。侯爵様もリョー様も、決してあなたを嫌っているのではなく、その反対に大事に思ってくださっていて、あなたに期待しているからこそ、厳しくご指導なさるんですわ。どうかもう少し、思慮深くなってくださいませ。」
「……うん。…分かった。リナ、迷惑かけて…ごめん。」
「それから、これはご忠告なのですが…。ご自分が前世の記憶保持者であることは、ご両親にも勿論、お兄様であるリョー様にも、誰にもお話してはいけませんわよ。もし、この秘密がバレましたら、エイジは永久に王家に監視されてしまうことになりますか、それとも…どこかに永久に監禁されてしまうか、という憂き目にあうことでしょう。ですから、今後は慎重に言動してくださいませね?」
「………。」
わたくしは居住まいを正して、エイジと目と目を合わせて話し掛けましたの。
エイジはわたくしのそういう態度に、明らかに戸惑ったような顔つきをされましたが、わたくしはエイジが目を逸らさないよう、しっかりと目を合わせたまま、お話致しましたの。エイジは居心地悪そうにしておられましたけれども、わたくしのお話を今度は、きちんと聞いてくださいましたわ。忠告の言葉には、ギョッとしたお顔をされておりましたわ。主に…監視と監禁の部分で…。…ふふふっ。
流石のエイジも、王家に一生涯監視や監禁をされるのは、嫌なご様子でしたわ。
わたくしのお話を聞き終わってから、あからさまに完全に固まっておりました。
そうそう、『固まる』という言葉はありますが、こういう使い方は致しません。
この言葉も、前世の日本ならでは…という気が、致しますわ…。
改めてエイジに、「わたくしのお話は理解出来ましたか?」と、わたくしは問い掛けましたら、エイジがブンブンと凄い音がしそうな程に、首を縦に振ってくださいましたのよ。どうやら…監視と監禁という言葉に、恐怖を抱かれたようでして。
「前世かどうかは…自分でもよく分からんが、十分に…気を付ける。」とまで約束してくださいましたから、わたくしの心配する気持ちが伝わったようでしたわ。
これで…一安心ですわね。…うふふふっ。
前回の後半から続いている為、リナ視点となっています。その為、番外編となりました。(『君の騎士』とは反対で、こちらは番外が他の人の視点となります。)
書く前とは内容が異なってしまい、リナがちょっと腹黒っぽくなっている気がしますね。でもまあ、あのエイジを支える人ってことで、このぐらいの性格の方がいいのかもしれません。
一応、エイジとリナの遣り取りは、これで終了です。問題がなければ、カノンとトキのお茶会に戻ります。