21話 親友の心配事
いつも通り、主人公視点です。
前回の続きは一旦横に置きまして、この2年間のことを先に語ろうと思います。
この2年間は、凄まじく忙しくて慌ただしい2年間でした。本邸に引き籠ってからは、本邸にある自宅の図書室(そう勝手に呼ばせてもらっているほど、広いお部屋ですのよ。)で、前世の転生者の情報を、只管に調べておりましたわ。
わたくしにとって、トキ様とのご連絡が、お手紙しか取れないという状態でして、とても不安になりましたのよ。
然も、本邸に戻ってからも、前世の記憶と思われる夢を、ほぼ毎晩というように見るようになりました。相変わらず、前世の母は入院したままでしたし、杏里紗ちゃんだけでなく、杏里紗ちゃんのお母さま、つまりわたくしにとっては、伯母さまに
当たるお方に夢でお会いしましたわ。伯母さまの性格は、母とはまるっきり正反対のようなお方でしたけれど、お顔はよく似ておりましたのよ。杏里紗ちゃんはどうやら、伯父さま似なのですのね?
杏里紗ちゃんのお家もお金持ちのようでして、伯父さまが何らかの会社を、経営されていらっしゃるみたいですわね。要するに、従姉妹の彼女も社長令嬢のようでしてよ。杏里紗ちゃんとは1歳違いでした。杏里紗ちゃんの方がお姉さんでしたの。
彼女には2人の弟がおりまして、確か彼女より3歳下と5歳下だったはず…。
面倒見の良い彼女は、いつも弟達の面倒を見ておりましたのよ。
彼女の上の弟は、とてもヤンチャだった覚えが(笑)。そういう弟の面倒をみて、そして従姉妹のわたくしのことを心配して、学校では弱い者の味方をされて、と本当にお姉さん気質でしたのよ。「生まれ変われるのでしたら、今度は末っ子になって甘えてみたいな~。」と、よく零されておりましたわね。杏里紗ちゃんも…偶には、誰かに甘えたいとお思いでしたのよ。…ふふふっ。
夢の中でのわたくしも、この世界のわたくし同様に、1日1日という風にして、少しずつ年を取って行くのです。夢の中で、前世の出来事を再体験しているような、そんな気分なのですわ。勿論、夢の中で現実に起きていたことを、全て体験するのは不可能なことですし、毎日続けて見るとしましても、少しづつ夢の内容が飛んでいたりするのです。その分の内容は、夢を見ていた訳でもないのに、何故かわたくしの頭の中にありますのよ。夢を見ることに因って、それらに関する前世の記憶を思い出しているのだと、思われるのですわ。
まるで記憶喪失だった自分が、昔の出来事を夢で見る度に思い出す、という感じでした。久々に皆さんに夢でお会い出来て、懐かしいやら嬉しいやらといった感情で胸が締め付けられます。ですが…やはりもうお会い出来ないかと思えば、一際悲しみが襲って参りまして。特に母とはもうお会いできない、と分かっているだけに。
別に、悲劇のヒロインとかになりたいという願望が、あった訳でもないでしょうけれども、下手に前世の記憶などありますと、感情がコントロールしにくいということは、あるでしょう。実際に当初は、相当混乱しておりましたもの。
前世の記憶を頼りにするならば、この世界は異世界であり、もしかしたら物語若しくはゲームのお話、という可能性も出て参りました。わたくしはと言いますと、俗世に染まるような事柄には、あまり興味がございませんでした。年頃の少女達がよく嵌るようなテレビドラマやアニメ、それから漫画や小説など、わたくしの好みは他の少女達とはかけ離れておりました。
ただ、わたくしの父の会社の為にと、市場調査のつもりで鑑賞や読書を、という行動は行っておりましたけれど。飽く迄その為だけであって、自分の趣味ではありませんでしたの。基本、テレビはニュースや教育番組しか見ませんでしたし、漫画やアニメには興味を持ちませんでした。唯一、小説ぐらいは、学校でも習うような物語なども、読みましたでしょうか。そう言いましたら、テレビドラマは見ませんでしたが、有名な映画ぐらいは鑑賞しましたかしら?
全く興味はなくとも、知識は持ち合わせておりましてよ。市場調査と称して調べておりましたことが、ここに来て役立ちましたわ。その記憶に依りますと、もしかしたらこの世界は、何かの物語に因るもの、若しくは似た世界という可能性がございましてよ。
こういうお話の中では、転生者という者はある出来事を境に、記憶を一気に蘇らせるとの記述があった気が致します。そういう記述の物語が多かった、と記憶しております。わたくしは決して記憶力が悪い方でもございませんし、寧ろ良い方であったと自負しておりますわ。最近、やっと学校に通う記憶が戻って参りましたから、これは間違いではございませんことよ。
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「ごめんなさいね、カノン?…今日は、急にお呼び立てしてしまって…。」
「いいえ、大丈夫ですわ。それよりも、リナこそ…大事なお話がございましたのでしょう?わたくしは、弟の世話をしているくらいですもの。暇を持て余しておりましたところでしてよ。」
「そうなのですね?…弟のラル様は、とても愛くるしいですものね。わたしくには2歳年下の妹がおりますし、確かに可愛いとは思いますけれど、カノンのようにオムツ交換のお世話がしたいとは、思っておりませんわよ。それより、妹よりも弟の方がより可愛く思えたりするものかしらね。」
今日は久しぶりに、リナのお家の別邸にお邪魔しております。彼女から昨日のうちにお手紙が届きまして、ご相談があるとのことでしたので、今日伺っても良いかとご返答の手紙をお出ししたところ、了解のご返事をいただきましたのよ。
そうして今現在は、リナのお家であるマチュール伯爵家の別邸にて、リナと2人でのお茶会をしております。
我が家の弟の名前は、『ラルク・アルバーニ』と決定致しました。弟の名前は、お2人でよく話し合われた両親が決められましたわ。本来であれば、家長である父か若しくは、父の父親である前アルバーニ侯爵が決めるのが、この国では望ましいのですが。父としましては母が生んでくれたという重みに、妻が子供の名前を決める権利がないことに不信感を持たれまして、母と話し合われましたのよ。
お2人はいつもこうやって、何でもお2人で話し合われてから決められますのよ。
本当に仲が良いことですわ。…うふふふっ。
弟は、普段は『ラル』と呼ばれております。生まれたばかりのラルを眺めておりましたら、杏里紗ちゃんの下の弟が、従姉弟のわたくしに良く懐いてくれましたことを、思い出しましたのよ。残念なことに、名前は…思い出せませんけれど。
わたくしもその弟を可愛がっておりましたし、とても懐かしいとは思いますけれども、それでも…ラルが世界で1番可愛いと思いますのよ。もう、わたくしも立派なシスコンになっておりましてよ。
リナも、妹さんをとても可愛がっておられます。リナには3つ上のお姉様もおられまして、3姉妹の仲はとても仲が良いのですわ。実は…ずっと羨ましかったのは、リナには内緒なのですのよ。
「それで…本題なのですが。実は…エイジの言葉や行動が、何だかわたくし達と同じなのでは、と思いまして。エイジ本人に確認しましたところ、エイジ本人は…全く気にしていないご様子なのですわ…。」
「まあ…。エイジもそうなのですの?…その可能性が高いと、いうべきなのかしら?…エイジ自身が…気が付かれていらっしゃらないのですの?」
「ええ。そうなのよ。わたくしから見ます限りは、エイジもそうとしか思えませんのよ。それなのに…エイジは、転生者だとしても関係ないと思っているのです。カノンやトキ様からのお話では、転生者は王家に監視されるというお話でしたから、わたくしは本心から心配しておりますのに…。」
…はあ~。リナは、重い溜息を吐かれます。折角リナが気を遣われても、このご様子ですとエイジは、リナの御忠告を流されておられますのね?…エイジは…困ったお子様ですこと!…エイジは…前世風に申し上げますと、脳筋タイプでしょう。
脳筋…?…はて?…この言葉は…何処情報なのでしょうね?…前世でわたくし…何を拝見しておりましたのかしら?
リナのお話に依りますと、彼女が前世の記憶だとはっきりとされた頃、エイジは最近になって漸く思い出した節があり、お話している最中に、この国にはない前世の言葉が時折混じっている…とのことですわ。こちらにも前世共通の言葉もございまして、前世の言葉だとも言い切れない部分もあるのですわ。転生者だと決定的になられた事情は、エイジが「姉ちゃん」発言をされたからですわ。エイジにはお兄様はおられますが、お姉様は存在されませんもの…。
エイジの従兄弟にも、下の年齢の従兄妹はいても、姉と呼べるような存在のお人は全くおられないのです。親戚以外の知り合いも、姉と呼ばれるほどの仲が良いお人はおられません。それにこの世界で「姉ちゃん」と呼ぶのは、庶民など身分の低い者ぐらいでしてよ。ですから、間違いなく前世のお姉様ということでしょうね…。
これは…わたくしの唯の主観なのですが、エイジは、今の環境に…不満を持っていらっしゃる、のではないでしょうか?…わたくしも以前は、よくサンドル侯爵家の別邸にも本邸にも遊びに行きましたわ。エイジのお兄様であるリョー様だけなく、サンドル侯爵ご夫妻のことも、よ~く存じ上げておりますのよ。ですから、サンドル侯爵様がどれだけお厳しいお方か、理解しておりますわ。わたくし達女子には優しくて穏やかなリョー様も、サンドル侯爵家の次期当主となられるお方だけございまして、隙のないお方なのですわ。
そのような中で、只管真っ直ぐなタイプのエイジは、公爵様とリョー様の厳しさには、唯々自分だけが置いてけぼりにされている、と焦りを感じられておられるのかしら?…サンドル侯爵家の皆様は、もう少しお互いに理解する努力というお話し合いが必要かと、わたくしは…思いましてよ。
前半は、カノン側の事情でして、後半では、リナの家でのお茶会です。
エイジが転生者かも?というお話を書きましたが、1回で終わりませんでした。
次回も続きます。
弟:ラルク・アルバーニ、アルバーニ侯爵家長男嫡子。カノンの5歳下の弟。
通称は『ラル』。4月生まれ。シャンデリー王国第一王子と同じ年。