幕間12 過去&未来のすれ違い
第五幕、開始となります。初回から、番外となりました。休載期間が長くなりましたので、改めて2人の本心を書くことに。
「花南音、迎えに来たよ。一緒に帰ろう。」
「…今日は会社に寄りませんと、昨日お伝えいたしましたが…?」
「うん、分かってる。だから今日は、君の家に一緒に行こうかと思って。」
「…………」
わたくしが中学生になりますと、高校生となられていたトキ君は、ほぼ毎日わたくしを迎えに来られるようになりました。お陰でわたくしは、右往左往させられておりましたわ。大人の階段を上りかけた、青年の色気を感じて…。普段は動揺しないわたくしも、この時ばかりはドギマギさせられましたのよ……
大人の色気をも纏う、彼からの過剰なスキンシップに、無意識に逃げ出そうとしたことも、何度かありましたわ。恋愛に全く興味がないわたくしも、知らず知らずのうちに長い時間を掛け、意識していったようでした。
貴方と初めて出逢いし頃より、貴方がどれほど見目麗しいかとも、頭では理解しておりましたけれども、感情全てに乏しいわたくしは、特に気に掛けることもなく。中学生になって以降は徐々に、貴方の存在が大きくなり始め、貴方の何気ない一挙一同に至るまでも、瞳に映すようになりました。
「何も…毎日迎えに来られずとも、良いのではございませんこと…?」
「それはそうなのだが、僕が心配で…仕方がないからね。花南音の身に何か起きたとしたら、僕が最も後悔することになりそうだ。」
必死に隠したとしても、わたくしの一挙一同に気付かれては、何かと構ってこられるのですもの。もしかしたら…彼の言動全てが、彼の策略であったのかもしれないと、思いつつ。
誰にでもお優しくも、少しだけ腹黒な部分もお持ちだと、存じておりながら惹かれていく、その想いは止められなくて…。前世の記憶を思い返す度に、つい昨日のことのように思い出しますわ。貴方へと向かう想い、全てを。初めてお逢いする以前から、わたくしを探しておられたのは、何もかもご存知でしたから…?
迷うことなく前へと突き進まれ、何故かわたくしを守るべくして、常にわたくしの傍に寄り添おうとされた、トキ君。貴方の未来の世界で、何かと戦う為に。わたくしには隠したまま、お1人で立ち向かおうとされて、いらしたのでしょう。
「僕にとって花南音は、僕の全てだ。この先も永遠に、それは変わらない。」
「………」
貴方はわたくしに、何と(誰と)重ねておられたのか。わたくしと共に過ごす時間の中、わたくしの記憶のない過去に、貴方は囚われ続けて。わたくしに隠すのは、どういう理由から…でしたの?
それでも…今のわたくしは、何となく分かりましてよ。貴方を知らぬ未来のわたくしが、過去のわたくしを知る貴方と、日本人として出逢ったのですわ。貴方はわたくしの過去の世界へ、わたくしは貴方の過去の世界へ、互いに各々の未来へと転生したのでしょう。そして現在この異世界は、わたくしにとっては未来であり、貴方にとっては過去なのですね?
「貴方と出逢えましたこと、本当に良かったと思いましてよ。わたくしを見つけてくださり、ありがとうございます。わたくしが貴方を見つけられたのも、偏 に 過去の時琉さんのお陰なのでしょう。」
「以前より、芯が強くなったかな…。泣き虫な君も可愛かったが、芯の強い君はもっと愛らしい。但し、君に頼られなくなりそうで、それは遺憾に思うが…」
「…貴方も素敵な紳士に、お成りになられました。今もわたくしが、貴方の隣に立つ権利は…ございまして?」
「…な、何を…言う。勿論だ!…僕の隣に立つのは、カノン1人だけだ。君以外の者など、絶対に考えられない。誰が何と言おうとも、君は僕の全てだ。この先も永遠もずっと…」
これらの不可思議な現象は、他の異世界への転生だからこそ、可能な出来事となるのでしょう。別の世界が存在するならば、並行世界のようなパラレルワールドも、存在するかもしれません。但し、わたくしはより一層、苦悩して……
時流さんに、もう二度と会えないと。中身は同じ人物であれど、違う人物でもあるという、事実に気付いて。あの頃の彼と同じ言葉を宣う、貴方に戸惑いながら。
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カノンが成人の儀を出席する、その直前の冬の間だけでなく、その後王都に戻ってきてからも、カノンは僕を避けていた。それに対して僕は、危機感を強く持つ。幼少期から僕が知るカノンは、劇的に変化していたからだ。
以前から同じ年頃とは思えず、大人っぽく振る舞っていたが、礼儀作法も完璧な貴族令嬢でありながら、自分より相手を優先する、心優しい令嬢だ。肝心なところは今も変わらないものの、感情を正直に出せるようになった、かのようにも見える。成人になるという思いが、彼女を自らの心に向き合わせたのか…?
「…これで漸くトキ様と、向き合えた気が致します。」
彼女の性格は、微妙に変化したようだ。ふんわりと穏やかな感じが、ハキハキというイメージを持つ、意志と感情へと変化している。要するに、気が強くなったとも言えそうだ。
これが彼女の魂、本来の姿なのだろう。記憶が戻るにつれて、本来の魂が持つ人格がより強く、浮き出てきたのだろう。成人したこともあって、彼女は自信に満ち溢れている。今までは彼女への庇護欲に、満足していた。今は自らの力で邁進する彼女を、眩しく思う。
それでも、僕が彼女を守るという決意は、これからもずっと変わらない。彼女の意思を尊重したいと思いつつ、僕の決意が変わることはない。しかし、過去の彼女を知る時流に対し、僕が守ったという誇りを持つ一方で、複雑な思いを抱えていた。例え…同じ自らの魂だとしても、安易に認めたくはなかった。
「わたくしの幼馴染でした時琉さん、そしてわたくしの婚約者トキ様は、同じ魂の持ち主なのでしょう。」
カノンの指摘するものが、何を意味するのか。僕にも理解できた。此処に別世界からの転生者がいるのだから、当然ながら別世界に転生した者も、いると思われた。過去と未来が逆に作用した所為で、同じ記憶を持つに至らなかった。然も、これらの事態を招く原因の1つに、過去に消滅した魔法に依るものと、少なくとも…僕は知っている。まだ、誰にも言えないけれど……
「この世界へ転生したなら、その逆もあり得る。別世界に魂が飛ぶ以上、必ずしも同じ時間軸に転生するとは、言えないようだね。」
「…貴方が仰られることも、一理あるのでしょう。しかしわたくしは、貴方がまだ他にも隠しておられると、思っておりますの。わたくしのこういった勘は、よく当たりますのよ。」
「…うん?…君の勘を疑うわけではないが、僕には覚えもないけど…?」
滅びた魔法を用いても、安易に保障できるものではなく、理論上でさえ説明できないことだった。不可能ではなくとも、可能でもないことだ。それに、魔法の歴史を専門に研究する者も、未 嘗 て発見していないけれど。そこに、禁忌とされた魔法も含めば、尚更なこと。
魔法の消えた主な原因に、当時禁忌とされた魔法の術式を、誰かが強引に発動したことにある、と言い伝えられてきた。ある意味では間違ってないが、正解と認めるわけにもいかず。
大昔の真実を、今の時代の者に知る由もないが、僕は敢えて言い切る。それでも全ての事柄を、把握しているとは思わない。我が国のご先祖様が、具体的に何をどのように仕出かしたかなど、本来なら分かるはずがなかった。カノンの勘は正しい。僕は君にまだ、告げてないことがあるのだから……
「僕が乙女ゲームとやらを、完全に理解するには複雑すぎる。この世界に存在しない乙女ゲームを、どうして態々作ったのかな?…未来の僕だというならば、何か他に理由がありそうだけど…」
「乙女ゲームに執着されたのは、トキ君の方でしたので…。わたくしも、そこまでは存じませんが…」
「…ふうん。『トキ君』と呼ぶほど、親しかったようだね。自分と同じ魂を持つ者と知っていても、カノンから直接呼び名を聞かされると、悋気で頭がおかしくなりそうだよ。」
例え…同じ魂の僕だろうと、許せないと感じる。向こうの世界では、正式な婚約者でもなかったそうで、幼馴染ですらなかったと聞く。それなのに、今の自分達より互いの距離が、近く感じた。親し気に呼ぶ愛称に、遠慮のなさも感じる。これには流石に僕も、羨まし過ぎて……
「…はい?…今の貴方に対しても、『トキ様』呼びしておりますが?…愛称も殆ど同じで、『君』と『様』が異なるだけ、なのですが…?」
「いいや!…全く違うよ。今だに僕には『様』付けで呼ぶのに、時流には『君』付けで呼ぶではないか。『君』と『様』では、親密度が全く違う。僕と君は婚約者同士なのだし、呼び捨てしても構わないだろうに…」
「…えっ?!…抑々此処では、『君』付けの風習がございません。『さん』付けも滅多に、使用されておりません。元々日本では普段から友人に、『君、さん』付けでお呼びするのですわ。」
「…それでもカノンにとっては、気の置けない大切な人だから、そう呼んでいたのだろう?…今の僕とは、距離を感じてしまう…」
「…………」
情けないことだが、カノンのことになるとつい、行き過ぎてしまう。決して困らせる気はなかったが、困惑気味に苦笑する彼女を、微笑ましく見つめて。彼女を思うあまり未来でも、利用できるものは何でも、使い倒したのだろう。
大昔に生を受けた我が祖先が、シャンデリー国の国民として生を受けた、あの頃から狂い始めたのか。ラドクール公爵家の血筋として、何1つ不足なく暮らせていた頃。我が国の当時の国王陛下が、正当な判断を下していたならば、祖先達も違った人生を送れただろうか…?
僕が知るのは、この世界の歴史の一部だけである。こうして僕と彼女が、再び出逢うことができたのも、単なる偶然だけではないようだ。過去と未来が一致しなくとも、時間を巡る転生は必然だった、と言うべきかもしれない。
第四幕でも、似たような話があると思いますが、敢えて主人公カップルを描くところから、開始した次第です。
次回は愈々、乙女ゲームの世界へ踏み込むことに、なります。例の悪女は卒業したはずですが、実際にはどうなることやら…?
※本日より、第五幕に突入しました。乙女ゲームの世界が舞台となります。ゲーム設定など裏話が、ちょいちょい出てくるかと……