幕間11 過去現在未来その先も
大変お待たせしています。本編終了後の番外編、最終話となります。これで漸く第四幕は、終了となる予定です。
シャンデリー王国が実在する世界。遥か昔に魔法は存在していたが、現在は単なる言い伝えとされており、全世界から魔法は完全消滅した、とも伝承されてきた。これが知る人ぞ知る、この世界共通の常識でもあった。消滅したとされる理由は、何故か明確に明かさぬままに。
「その昔誰もが魔法を、使用する時代もあったとは、驚愕致します。現代世界でのわたくしが、魔法ありきの設定をご提案した際、トキ君があれほど猛反対なされたのは、そういった背景がございましたのね。それでも何故、あれほど強く反対なされたのかは…」
理解できないという言葉を、呑み込んだカノン。此処に転生した後も、魔法のことは何1つ知らずに。別世界に転生したらしき、未来の僕は敢えて口を閉ざし、彼女を守ろうとしたのだろう。未来を知らぬ今の僕も、全く同じ立場になった時には、正しく同じ未来を選ぶはずだと、確信して。
実際に僕も数年前まで、覚えていなかった。世界中の国という国が、魔法の実在だけでなく消滅も、魔法という全てを秘匿した。魔法が消滅した最大の理由に、我が国の王族が関わっていた。王族の犯した不始末が、大きな火種にもなったとして、各国も挙って隠すことにしたのだろう。
「我が国を象徴した乙女ゲームとやらを、未来の僕は作ったとすれば、大昔だろうと秘匿扱いの国家機密を、高がゲーム設定で晒すわけにもいくまい。未来の異世界人たちが我が国へ、転生すると知り得たこそ、尚更に…」
王族の軽率な言動で、最終的に魔法が消滅した。過去の過ちであれ、王族の恥辱に違いない。我が国だけの問題で終わらず、他国にも混乱が伝わった。当時は世界全ての国々で、罵りも然り暴動も然りという風に、王族に対する国民の信頼が砂のように、脆く崩れ去ったとか……
魔法そのものも消せば、歴史上から消滅した。王家が秘匿する限り、真相を知る者はほんの一部だけ。王族に最も近い家柄とされる、我が公爵家は唯一真実を知る、権利を得たようである。
…我が公爵家は元々、とある先祖の血筋だ。消滅に何らかの形で、関わったとされるが故でも、あるかもな……
「…ふふっ。正にその通りなのかしら?…流石は誰かさんと、同一人物でいらしたようね。明確に告げずとも、理解していらっしゃいますもの。」
自らの目的を達成する為に、過去の世界を最大限に利用しつつ、飽くまでゲームという遊びの延長で、忠実にモチーフしている。実在する国名から、国に実在する主だった貴族達、国の背景に見える至るところまで、ゲームという形式で再現した。但し、現代世界のゲームらしく、人物像を一部変更したようだ。
僕とカノンとリナ嬢は、ゲームに一切登場しないキャラらしい。エイジは登場するとしても、攻略不可能なサポートキャラという、立ち位置だ。ゲームではヒロインに成り切って進行させる為、ヒロインを何かと手助けをする人物は、ゲーム上には欠かせない者でも、あるそうだ。他に登場すれど、名もなく明確な人物像もなく、文章や絵柄だけで簡潔に表現された、モブキャラという役柄もいるそうな。
現代で生きる僕が、僕自身と彼女を登場させない理由。それは今の僕も、十分に理解できる。単に遊戯だとしても、譲れないものがある。彼女の友人も同じくして、彼女への配慮だろうか?
彼女が他の誰かを選び傷つくのも、僕が他の誰かと恋に落ち、その結果裏切ることになるのも、死んでも認められない。乙女ゲームに登場ともなれば、否が応でも設定上巻き込まれると、想像できたはずである。あらゆるものから守るにも、危険に晒される可能性を考慮し、敢えて除外したと思われる。
「トキ君のご配慮とは理解しておりますが、できれば蒼のこともモブ扱いしてくだされば、嬉しく思いましたのに…」
「それに関しては…僕が、謝るしかないようだ。一方的にあの者の味方をするつもりはないが、彼の令嬢の転生に気付けなかったのだろう…」
「…そうですね。ファミリア家と我がアルバーニ家は、今まで接点が一度もございませんし、ラドクール公爵家とは猶更、縁がございませんもの…」
リナ嬢は彼女に最も近しい友人で、だからこそ配慮するに至ったが、現代日本での花南音と近しい者もまた、同じ転生者だと思い至らずにいたのだろう。確かに彼女の言う通り、やり直し前の彼らとは圧倒的に、接点は少なかったと言える。よって誰が誰だと気付くのも、難しかったのでは…?
「わたくし達転生者にとって、何が一番恐ろしいかと申しましたら、ゲーム世界に転生した現実より、目に見えない強制力でしょう。貴方とわたくしの2人でしたら、何も臆することもございません。」
…ゲームの強制力とは、どういうものなのか?…ゲーム世界の出来事が、実際に起きる。転生者が最も恐れるは、神の御業か将又…悪戯か?
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ゲームの強制力とは、設定上通りに進行しようとする、未知なる謎の力なのだそうだ。我らの世界を創りし神の力か、ゲームをなぞった何か別の類の力か?…知る者も知る術もなく、強制力があるかどうかも分からない。
前世やゲームの話になると、この世界に存在しない言葉が、カノンの口から溢れてくる。常に貴族令嬢らしく振る舞い、僅かの隙さえ見せぬ完璧な彼女が、前世日本という国の話をし、ゲームを作っていた頃の昔話に、前世で頻繁に使用したと思われる言葉で、毎回楽し気に微笑んだ。僕の知らぬ彼女の思い出話に、本音では面白くなかった。
「現代世界の話を聞けば聞くほど、複雑すぎて話についていけない。だから僕には見当もつかないが、カノが僕を信頼してくれるのは、凄く嬉しいかな。」
「…信頼致しますのは、当然のことですわ。前世では…恋人ですし……」
どういう形であろうと、カノンが僕という1人の人間を信じ、僕を恋人として見てくれると言うなら、これほど嬉しいことはない。僕は昔から、過去にどれほど大切だと感じても、その関係性が一度失われた後では、再び関係を結ぶ気にもなれぬほどに、感情が希薄であった。……カノン以外には。
例え過去では一度、僕の家族であったとしても、目的の為ならば利用できるもの全てを、僕は一切躊躇なく利用してきた。花南音の世界にいる時流が、僕本来の言動を取っていたとするならば、それは正しく今の僕の未来の姿であり、未だ過去を引き摺る『僕』本来の姿であった。
…彼女を見つける度、再び彼女に惹かれていく。彼女だけを求める魂は、より大きな障害にぶつかればぶつかるほど、彼女の無垢な魂を只管探し続けるだろう。そして僕はその都度彼女に恋をし、生涯愛することとなる。
彼女は僕にとって唯一無二の存在で、唯一の例外であろう。例え彼女の見た目が変わろうと、僕と彼女の間に大きな壁が立ち塞がれども、最終的に彼女が僕を選ばなくとも、僕の行き先がいばらの道だろうと、彼女の為に画策する。
「私はこれからも生涯、カノンだけを愛するよ。お淑やかで大人しい、誰にでも等しく優しい貴方が、転生して芯の強い女性になろうと、過去に涙する弱さを見せたとしても。カノが何処にいようと、絶対に見つけるよ。私の全てをかけ、貴方への永遠の愛を…此処に誓う。」
「……っ!!………」
僕が彼女を守る。彼女の傍で守る為には、両想いでなくとも後悔しない。それでも僕の想いだけは、永遠に変わらない。頬をほんのり赤く染め、前世の恋人だったと告げる彼女の愛くるしさに、応えるようにして僕の心の内を明かせば、彼女は瞳を不安げに揺らす。
僕の瞳の奥を見定めるべくして、ジッと見つめ返すカノン。僕からの突然の愛の告白に、酷く動揺した様子で。目の前の僕を見つめながらも、僕の中の誰かと重ねているようだ。もしかしたら僕も同様に、見られているとしたら……
「…同じ魂を持たれたと存じつつ、貴方と彼を重ねておりました。一字一句前世と同じ内容でしたので、以前のわたくしを覚えておいでなのか、と…。それはあり得ないことだと、理解しておりながら…」
「…そうだったのか。全く時間軸の異なる異世界だろうと、本来生まれ持っていた魂までは、浄化しきれないようだね。だけどあの者も多分、愛の告白の一字一句全てを、覚えていないと思うよ。」
「…あっ、疑う気など、決してございません…。ただ…貴方の中に彼を感じられたことが、嬉しくて…」
カノンを疑うはずもないが、全く同じ告白だと知った時の僕は、情けなくてつい否定した。一字一句同じ告白など、まるで女性全員に告白する、見境のない奴の言葉ではないか!…儚げな笑顔を浮かべ、彼を一途に想うカノン。悋気で頭がおかしくなりそうだよ、全く!
「もしかして…過去の貴方に、嫉妬なさいましたの?」
「…最近の君は、鋭くなった気がするよ。カノの言う通り、貴方の記憶に残った存在を、消し去りたいと思うよ…」
「…えっ、本気でして?…わたくしが同じ魂と、認めておりましても?」
「本気だよ。今の僕にはない記憶だし、今後も未来が全く同じになると、言えなくなったからね。それに…未来の人生は、今の僕の人生ではないからね。」
「過去であろうとわたくしはわたくしですし、別の貴方を懐かしく思う時もありますが…。貴方のわたくしへの態度が変わりますれば、嫉妬致すこともあり得るかもしれません…」
「…ふふ。それはそれで…僕は、嬉しいかな。男女の違いはあるかもしれないけれど、基本的に男は単純な生き物なんだよ。過去であろうと未来であろうと、今の自分の存在以外は全部、拒絶する生き物だ。」
過去未来の自分に、心から嫉妬する。自分でも実にくだらないと思うが、それが男の性とも言えるだろう。カノンに見破られ、最早繕う気もしなければ、嫉妬を隠すつもりも更々なく。
「過去も未来も、貴方は…貴方です。ですから……んん…」
現世で初めて僕は…。彼女の唇に、自らのも重ねて。
第四幕最後として、主人公カップルの登場で締めようと思います。トキは開始当初からアピールしていましたが、第五幕からゲームストーリー開始に伴い、やっとここにきて…両想いに。当初予定のなかった、最後の文章を加えました。大人になりかけの2人の甘々な雰囲気を、出せたかな…と思ったりして。
予定では、乙女ゲーム開始前の補足的な内容に、なる予定でした。何度か修正を掛けるうち、ラブラブな2人も描けて良かったと、勝手に満足しています。
※久しぶりの更新ですので、念のためですが。本文中の『カノ』表記は、間違いではありません。現世では、トキだけが呼ぶ愛称となります。(前世では、何人かが呼んでいますが…)
※他に普段使いでは、聞きなれない言葉を一部使用しました。敢えて古めかしく感じるよう、表現した次第です。誤字脱字が見つかったとしても、態とそうした文字に関してのみ、除外させていただきます。
※次回は恒例の更新を行ってから、その後暫く休載扱いとなります。第五幕開始となる時期は、未定とさせていただきます。
※番外編に関する補足は、『無乃海の小部屋』で書く予定でしたが、最近は更新できておりません。気まぐれではありますが、裏話などを含めた個人的な内容には、引き続き其方のサイトで更新予定。『Ⅹ』も放置し過ぎて、最早生存すら危ぶまれているかも……