幕間10 貴族であるが故の煩悩
暫く間が空きましたが、本編終了後の番外編の続きとなります。今回はまた別の人物の視点で、語られています。
※更新が遅くなり、申し訳ありません。
※年齢の間違いに気付いたため、更新後に修正をかけました。
伯爵家である我が家は、文官に就くことが多い家系だ。但し、伯爵家三男の俺が期待されることなど、殆どなかった。兄達同様に文官を目指すも、優秀な兄2人と比べられる度、段々息苦しくなっていった。
我が国の一般的な風習では、貴族家三男以下に連ねた場合、家の財産を受け継ぐのは次男までだ。何か大きなことを成し遂げ、自ら出世するしかない。或いは、高位貴族令嬢と婚姻し婿入りするのが、一番手っ取り早い。元々出世欲のない俺には、どれも煩わしく思う。
「もう、ヘル兄様!…約束の時間は、疾うに過ぎました!…姉様をこんなに待たせて、姉様を大切にされない兄様は、嫌いよ!」
「遅れてすまない。どうしても急ぎの用が…」
「…先に、姉様に謝っていらして!」
「…君には敵わない。…ところで君は、ドルトン家子息と婚約するのか?」
我が伯爵家分家となる、ファミリア子爵令嬢アオーリャの実姉は、俺が心から愛する人だ。婚約するどころか、俺の両親に反対されていた。子爵家との婚姻は、我が家に何の利益も齎さないとして、俺を高位貴族家に婿入りさせたいようだ。当時の俺は、家族に見捨てられたと思い込み、両親を軽蔑していた。三男で何も持たぬ俺などに、庇護しようとしたとは知らず。
「…彼は私のこと、今はまだ知らないかも…」
「…は?……まさか、君は…?」
「…っ、ち…違うわ!…兄様の妄想とは、全く違うからっ!!」
ファミリア家姉妹とは幼馴染で、実の兄妹のように過ごしてきた。実妹同然に思う俺を、実兄のように慕ってくれた。年の近い姉とは互いに惹かれつつ、恋人が大切に想うように俺も、下の妹を大切に見守ってきたつもりだ。俺より8歳も下だと、恋愛はまだまだと思いながら。
…まさかと思うが、君が付け回した…とか?…ストーカーは 歴 とした、犯罪なのだからな!…ん?!…俺は一体、何を……
最近彼女の口から、彼の者の名が頻繁に登場し、何となく気に入らない。口を挟んだ俺を睨みつけ、真っ赤な顔で否定する姿に愛らしく思うも、大切な妹を盗られた気になっていた。
「教師は、兄様の天職よ。誰よりも教え方がお上手で、分かりやすいわ。」
アオーリャに気付かされ、恋人に背中を押されなければ、俺は教師の道へは進まずにいただろうか。学び事を他者に教えることが、いつしか俺の生き甲斐に繋がっていったようである。子供達の笑顔を見るうちに、俺もやっと自信を持てたことに、気付けたようだ。
「単なる奉仕活動で、浮ついたようだな?…上手く教えられるから教師になるというのは、世の中を甘く見過ぎている。教師は平民も就くような、安易な職なのだぞ。家督を継げずとも、お前は貴族で伯爵子息だ。自分の価値を自ら下げるなど、以ての外だ。もっと慎重に行動せよ。」
「…ヘルマン、お父様の仰る通りですわ。」
教師に限らず、平民も就く職は身分が低く、見下す貴族も多かった。貴族らしい職に就けと、頭の固い父は当然ながら反対し、母も同意するほどに。貴族に生まれた者は皆、無料奉仕する義務を課せられる。俺も幼少期より、我が領地の孤児院に出向き、奉仕活動をした。平民の学校にも通えぬ貧しい子供達に、時に教師のように文字を教え、時に家族のように共に働き、一緒に遊んだ。
「父も母も…俺が教師になることを、反対なさっている。例えどんな手を使ってでも、俺の行く手を阻むことだろう…」
「…まあ、小父様と小母様が?…わたくしもお父様に、お力添えをお願いしてみます。きっと何時かは、ご理解してくださいますわ。」
「…情けないな、俺は。君に頼ってばかりで…」
「…いいえ。微力ながらわたくしも、貴方のお力になりたいのです。」
情けなく項垂れる俺に、首を緩く振って微笑む恋人。いつだって俺の心を理解した上で、力を貸してくれる。俺の両親はあらゆる手段を用い、俺の進むべき道を阻む可能性があった。母は兎も角、父はそれぐらいする人だと。
ファミリア家当主夫妻が時間を掛け、幾度も両親の説得を試みたりと、俺を全面的にサポートしてくれたお陰で、両親とも大きな軋轢を生まず、円満な形で許可を得る手前まで整った。正式に王立学園教師に就いた後、ラドクール公爵家の力添えもあったことも、有利に働いたと知って……
同じ頃生徒として入学した、彼の公爵令息から詳細を聞かされ、俺は複雑な心境に陥る。教師職に貢献した者に、爵位を与えようと提案したのは、彼自身であった。彼の計画の初の試みに選ばれた俺は、運が良いのか悪いのか…?
「君は政の慣例に、唯一革命を起こした初の宰相に、なるやもしれん。君に教えることなど、これ以上何もなさそうだが?」
「…大袈裟ですね。僕にはまだまだ、力が足りません。但し、見た目通り振る舞う気も、ありません。」
俺の生徒になった少年は、確かに一筋縄ではいかぬ者だった。初めて出会ったはずなのに、心の隅で懐かしくも感じる、俺がいる。
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「この1年で教師の身分を好転させるとは、末恐ろしい生徒だな…」
公爵閣下も中々のやり手だと思うが、令息も父親に劣らないどころか、それとは別の意味で実力を発揮している。今は単なる生徒ではあれども、末恐ろしい存在にも感じた。俺と彼とは単なる教師と生徒で、特段親しくもないはず。それなのにこの心地好い親近感は、何処から来るのか…?
「…ふふっ。生徒と良い関係を、築かれておられますのね。アオも…もうすぐ入学ですし、あの子のこと…よろしくお願いしますね。」
「…ああ。アオーリャも、もうそんな年頃か…」
恋人は実妹を『アオ』と呼ぶが、家族や親しい者が呼ぶ愛称呼びは、恋人以外使わないようにしている。特に何れ義妹となるアオーリャは、教師と生徒となる間柄でもあり、彼女の名誉を守るためにも、敢えて愛称では呼ばない。
「…君を何年も待たせて、本当にすまない…。君との婚姻も、あと一歩というところだろうか。それに、俺が教師の職に就いたことで、却って君や君のご両親に、苦労を掛けてしまっている…」
「…ヘル様、何を仰います。本家と分家の身分の差は大きく、貴方が教師となられずとも、婚姻は許されぬことでしょう。ですから、謝られる必要はございませんわ。例え貴方の妻になれずとも、わたくしは…幸せです。」
「サーシャ………」
優しく穏やかな恋人は何時も、俺の冷え切った心を包み込むような、心暖まる女性である。互いの両親に反対されようとも、『サーシャ』は俺の運命の人だと、堂々と言い切る自信があった。
『サーシエル・ファミリア』
アオーリャより4歳上の姉で、家族や友人に『サーシャ』と呼ばれる、俺の愛しい恋人のフルネームでもある。王立学園を卒業後、母である夫人から次期当主を支える術を、学んでいるらしい。俺の我が儘で婚期を逃した、今年18歳を迎える恋人を一刻も早く娶りたい。しかし、まだ機が熟していない。
「…サーシャ、もう少しだけ待ってほしい。貴方を必ず正妻に迎えよう。」
「わたくしは…いつまでも、お待ち申しておりますわ。」
俺達の身分差は、永遠に縮まることはない。それでもあと少し、というところまで来ている。後は…俺が教師として名を上げれば、伯爵家も認めてくれるだろうか。さすれば早々に婚約、婚姻となるはず。要するに、俺が教師として認められるかどうかでも、変わってくるだろう。今は慎重に、焦らずにいくべきで……
「サーシャ姉様。これ以上未来の旦那様を、甘やかさないでね。ヘル兄様はいつまで、姉様を待たせるおつもりなの?」
「…アオ、言い過ぎですわよ。ヘル様、お気になさらないでくださいませ。」
「……いや、面目ない。アオーリャの言う通りだ…」
「…これでも控えた方よ。ヘル兄様はずっとこのまま、姉様の好意に甘えっぱなしで、何年も姉様を待たせそうですし、姉様はいつまでも永遠に、只管待つつもりなのでしょう?…これでは行き遅れどころか、お婆さんまっしぐらよ。」
俺達恋人の会話に、アオーリャが割り込んできた。姉を気遣う傍ら、俺を敵視したのか強い口調で責める。普段の兄を慕う態度を一変し、俺の不甲斐なさに怒りを滲ませて。恋人が苦笑しつつ妹を宥めれば、妹は頬をぷくりと膨らませ、更に俺の痛いところを突く。
俺には何も、返す言葉もない。『まっしぐら』が何かと聞かずとも、理解できる気がした。サーシャは確実に、永久に待ってくれそうだな、と…。何かを成し遂げたくて猛進し続けた俺は、恋人を待たせ過ぎたから。
言いたい放題告げた後、アオーリャは去って行った。一見して、姉同様にお淑やかで大人しく見えるものの、姉とは真逆な性格である。天真爛漫に我が心のまま行動する姿は、昔からよく知る相手にだけ、見せる一面だろうか。俺にだけきつい言葉を向けるのも、それだけ心配しているからであろう。
アオーリャは貴族らしくない令嬢だと、噂されることもあったけれど、俺は好ましく思う。彼女が彼女らしく、今後も生きてくれたらいい。家族として実の兄のようにずっと、俺が見守り続けたい気持ちはあるが、俺の役目はもうすぐ終わりだと、そんな予兆も感じた。
彼の令息が何処の誰だろうと、俺がとやかく言う資格はない。それでも、顔を隠すぐらい不細工な容姿で、根暗な性格で黒魔術に手を出し、彼に恨みを買った者も数名おり、実際に誰か呪い殺そうとした…と、つい悪い噂に惑わされて、口を出す。恋人と子爵家が、何故か沈黙していても。
「…ふふっ。妹を盗られたと、お思いですのね?…アオも貴方と、同じ立場でしてよ。わたくし達を祝福する傍ら、あの子も兄と姉を一遍に失うようで、孤独に感じたことでしょう。貴方も…ご理解なさってね?」
寂し気に微笑む恋人に、俺は無言で頷く。微笑みの裏に隠された、物申したげな圧に射抜かれ、俺は次の言葉を吞み込んだ。こういうところは恋人も妹も、瓜二つであると……
大変長らくお待たせ致しました。今回も番外編となっております。
前回までのキャラとは、また別の人物のストーリーとなりました。主人公達と繋がる他の登場人物が、チラッと登場しています。ストーリーの彼方此方に、ネタバレ要素も隠されていたりして。最初から読まれている方々には、バレバレかもしれませんが……
第4幕の締め括りとして、後1話書こうと思います。飽くまでもこれは予定ではありますが、主人公達の出番で終わらせようかと、考えているところです。特別な話ではなく、乙女ゲーム開始の前の補足的な内容と、なる予定です。その後少し間を開けてから、第五幕に移行しようと思います。
※私的な理由から約一か月ほど、休止しておりました。毎回目を通してくださっている皆様には、お詫び申し上げます。これからも更新は、引き続きさせていただくつもりでいます。今後も、何卒よろしくお願い致します。
※番外編に関する補足は、今後は『無乃海の小部屋』で書く予定です。更新が遅れたなどの私的な事柄も、其方でご報告させていただくつもりです。