幕間8 まさか俺が〇〇した?
今回も第四章、本編終了後の番外編です。また別の人物視点で…
「お前は本当に根っからの、ゲームオタクだよな。俺とお前は双子だが、ゲームに全く興味のない俺は、何故そこまで夢中になれるのか、一生かかっても理解できそうにない…」
弟はまた碌に就寝もせぬまま、とある乙女ゲームを連日掛けて、攻略し続けていたらしい。弟とは反対にゲームに興味もなく、人との交流が好きなアウトドア派の俺は、家に閉じ籠るのが嫌だった。睡眠時間を削り一昨日から今も、ずっとゲームをし続けている弟に、すっかり呆れ気味の俺はつい、愚痴を零す。
高校生になった今は、俺と弟が双子と知らない者達から、兄弟と気付かれないぐらいには、見た目が随分変わってしまった。サッカーやバスケなどの身体を動かす、運動系が得意な俺はここ数年で、色黒で筋肉質な身体に変化したからだ。
「…学?…ああ、おはよう。もう朝なのか~。今、暇か?…学も一緒に、ゲームしようよ?」
「…俺は今から、出掛けるからな。お前も程々にして、寝ろよな。それに…俺はそういう女子向けは、絶対にやらないからな!」
元々運動が苦手だった弟は、頭を使う系のレクリエーションを得意とし、成績は俺より上である。年々、益々ゲームに夢中になっていく度に、時間を忘れ夜更かしするようになり、攻略に成功するまで寝ないことも、あったりするようだ。その所為で色白過ぎたし、寝不足気味も祟って血色悪く、万年寝不足顔であった。
俺も偶にゲームに付き合うが、今弟が攻略中のゲームだけは、やりたくないと断言したい。断固拒否する俺に、不満げな顔をするも弟は、悦に入ったように満足げに1人頷く。
「…意外と面白いのに。乙女ゲームだからと、侮るべからずだよ。俺も初めて攻略してみたけど、ダンジョン攻略や戦闘系とは違って、別の意味で面白いと思ったよ。彼女が嵌った理由も、理解できるよ。うんうん…」
「…………」
弟が言うところの『彼女』とは、俺達兄弟も通う高校の女子生徒で、弟が好意を寄せる相手だ。弟の趣味に唯一、共感してくれるそうだ。俺が見た限りでは、彼女も弟に気があるようだ。彼女の好きな乙女ゲーを、弟に教えたようだな。
それが現在、弟が攻略中の乙女ゲーである。とある有名な玩具企業が、ゲーム業界に初参入して作ったという、『運命の夢に導かれて』だ。中世ヨーロッパ風の異世界が舞台で、貴族や王族がメインキャラとなる。学園の中で繰り広げる、身分違いの恋愛を主体にしているらしい。他にも多くの類似ゲーはあるし、俺から見れば突っ込みどころも満載で、男性まで嵌る理由はさっぱり分からんが……
「俺は学と違って、運動神経はそれほど良くない。スポーツ万能の学は、弟の俺から見てもカッコいいし、俺の誇りでもあるよ。同性から好かれるのも、女子からモテモテなのも、当然だと思ってる。それに比べゲームオタクの俺は、モテる以前の話だよね…。だけど…彼女だけは、俺の趣味を理解してくれて、俺を否定しないでくれるんだ。だから彼女の為にも、俺が…全攻略したい!」
「…全攻略したら、どうするつもりだよ?…このまま友達として、ずっと傍に居続けるのか?」
俺は敢えて弟からの誉め言葉を、否定しない。自慢する気はなくとも、異性にモテると百も承知だからだ。色黒の健康的な日本人ではあれ、筋肉も程々についた方ではあるし、背丈も其れなりに高いと言えるし、決して容姿は悪くない方だ。
当然双子だから弟も、本来はモテ系だ。イケメン寄りのあっさり醤油、さわやか系の容姿であろうか。如何せん万年寝不足の所為で、単なる色白というより、二重になった瞼は腫れて黒ずみ、目がショボショボするのか、目付きも悪くなっている。あれではどれだけ容姿が良くても、モテないはずだ。
「…これが全攻略できたら、告白するつもりだ。こういう時、兄弟がいると安心できるなあ。何だかんだと文句を言いつつ、俺を一番理解してるのは、学だからねえ。心配してくれてるのも、本当は知ってるし…」
「…はあ~、当たり前だろ?…俺とお前は誰が何と言おうと、唯一の双子で兄弟だからな。双子だからこそ、互いの事情もよく理解できる。例え…お前と俺が逆の立場になれど、お前が心配してくれるよな?」
「…うん、当たり前だろ!…俺も学に一言、言いたい。いい加減に学も、好きな相手を見つけなよ?…学を理解してくれる、君だけの唯一の相手を、さ…」
「……………」
これ以上外見で弟を褒めるのは、自分を褒めるようで恥ずかしい。口には出さないものの、双子の弟は俺の言いたいことなど、気付いているだろう。忠告をしていたはずが、何時の間にか俺が弟に諫言され、逆の立場になるとはな……
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「…過去の夢か。あの頃は本当に、幸せだったんだな…」
夢から覚め現実に戻れば、過去がどれほど幸せだったか、気付く。この世界に転生したと知ったのは、つい最近のことだ。以前の俺は、母から父は病死したと聞かされ、母と俺は王都の下町で、ひっそり暮らしていた。
イリューシー伯爵家執事と名乗る人物が、ある日当然俺達を訪ねてきた。豪華に飾られた馬車を見て、強張った顔で迎えた母と、暫く話した後に執事は何故か、俺にだけ乗車するよう告げる。慌てた俺が振り返れば、母の姿は何処にもなく。
「僕の母さんは…何処?…母さんが行かないなら、僕も行かない…」
「…お坊ちゃま。貴方は伯爵様にとって、唯一無二のご子息様です。母君は用意があるので、後でいらっしゃいます。先にお父上の元へ、参りましょう。」
「…僕の父さんだったら、僕が生まれる前に病死したって…」
「貴方のお父上は、高位貴族であられます。坊ちゃまがまだ幼いと、真相を隠されたようですね…」
……病死した父が、実は…今も生きている…?
馬車が走り始めてすぐ、家の陰に隠れつつ此方をジッと窺い見る、悲し気に微笑んだ母を、ほんの一瞬だけ目撃した。実父に一度ぐらいは会いたいと、付いて行く決心をしたものの、母の寂し気な姿を見て、後悔がどっと押し寄せる。
もう二度と会えぬとは、思いもしなかった。母が来たら一緒に、帰るつもりだったから。こうして母と俺は、引き離されることとなる。その上、伯爵家に着いた僕を待っていたのは、残念ながら僕の父親ではなかった。
「貴方が『ガクロン』ですね?…今この時から貴方を、イリューシー伯爵家唯一の嫡男『ガクロン・イリューシー』とし、わたくしの子と認めましょう。ですから貴方もわたくしを、『母』とお呼びなさいませ。これまでの下町の暮らしは、全て忘れなさいな。」
俺を探し連れて来させたのは、俺の実父とされる当主ではなくて、父の正妻である義理の母上であった。夫の浮気相手が出産した子供を、何故今頃になって探したのか、疑問に思う。義母は我が子を授からず、養子を取ることになるならばと、夫の血を引く子を我が子として育てる、そう決心したようだ。
養子候補の中には、伯爵夫人のお眼鏡に敵う者が、いなかったらしい。その日の夜に伯爵に会えたが、俺の期待は見事に裏切られる。父は俺を見て驚くも、何も言おうとしない。俺の息子だとも息子じゃないとも、肯定も否定もしなかった。
実母が愛人同然だったと知り、此処には来ないとも聞かされた俺は、ショックを受ける。俺が伯爵家嫡男となる条件として、母が謝礼金を受け取っていた、と教えられた俺は……
「実母が俺を見捨てたこと自体、確か…嘘だったはずだよな。伯爵夫人は我が子を授からず、愛人が夫の子を出産した事実を知り、プライドを傷つけられた。愛人から子を奪うことで復讐したと、設定集に載ってたような…」
義母上が俺に嘘を教えたのは、その1つだけである。厳しい人ではあるが、それは自らに対しても同じだ。俺を実の息子として接し、育ててくれた義母に感謝はすれど、恨むなどしない。寧ろどう接するか分からず、距離を置く父には失望したと、言うべきだろうか。
生真面目で厳しい正妻と、夫の浮気相手の息子とは、実の親子同然に親しく接しているが、実父と息子は他人に見えるだろう。俺にとっても父は、居ても居なくてもどうでも良い人だ。
伯爵当主夫妻は、単なる典型的な政略結婚だ。義母の生家は伯爵家より上位貴族であり、父の方から離縁を切り出せば、伯爵家の評判は地に落ちる。また貴族女性の離婚は恥と見られ、義母から離縁するのも難しい。これら理由もあり、父が実母を本気で愛しても、俺が生まれたと知っても、黙認するしかなかったはず。
それでも義母は、俺達母子を憎んでいないようだった。一部の者を除き、実母の存在を公にしなかったのは、俺は長年俺達親子への復讐だと、思っていた。しかし本当のところは、伯爵家の威厳を守る為だった…?
「久しぶり、マノン。元気にしていたようだな。」
「…あら?…お久しぶりですね、ガク様。貴方も、お元気でしたか?」
レイシャーム伯爵令嬢のマノンは、俺が伯爵令息となった後に出逢い、よく一緒に遊んだ幼馴染だ。彼女は遊びに来た俺を、穏やかに微笑んで出迎える。当時から何か既視感があると思ったが、まさか彼女が……だったとは。
彼女は人見知りが激しく、普段は大人しい人だ。しかし、間違いは間違いだと否定する、勇気もあった。ノンシェル嬢の我が儘な言動に激昂し、冷徹な部分を俺は…垣間見たし。ノンシェル嬢はあの直後に、別人の如く変わったんだっけ…?
俺と同様の立場から、ノンシェル嬢の義弟には親近感があるのか、どこか懐かしい気がした。一体、何故だろう?…もしかして養子になる以前に、何処かで会ったことでもあるのかな……
「ガク様とタキ様とわたくしは、もうすぐ入学ですのね。ノン様は先にご入学なさいましたが、学園ではまた4人一緒ですし、心強いですわ。」
…ん?…変だな?…ノンシェル嬢姉弟と俺達、4人共仲が悪い設定では?…過去の俺の記憶は、間違ってないよな…?
今回もまた、前回と前々回新キャラ『タキローズ』と『ノン』に、関わりのあると思われる人物視点と、なっています。第五章から、本格的に登場する新キャラの予定です。前半は『まなぶ』視点、後半は『ガク』視点で、同一人物とだけ明かしておきましょうか…。
今回もゲーム情報となる真相は、ポロポロ出ました。残りはあと2人か、3人にしようかと迷うところでして。以前に登場したキャラも、出てくるかも……
今回の番外編に関する補足を、『無乃海の小部屋』にて書いています。気が向きましたら、お気軽にご覧くださいませ。
https://mizunyan.com/nanomi/
※第四章『乙女ゲームが始まる直前編』は、番外編で終了とします。残すはあと数話となります。愈々第五章からは、乙女ゲー展開となりそうです。
※『運命の転生劇 ~乙女ゲームの世界へようこそ~』は、暫らく休載とさせていただきます。休載後に、第五章を開始する予定となります。