83話 友情と恋との狭間では
相変わらず、婚約者がメインのストーリーとなっています。
途中から前回の続きですが、その前は補足説明に近いかな…
ナムバード公爵家とラドクール公爵家は、何方がより身分が高いのか?
そう問えば当然の如く、ラドクール公爵家だと誰もが答えるはず。ナムバード公爵が先々代側妃の産んだ子息であれ、母親の身分が低すぎた。ナムバード家は抑々、彼の正妻の実家である。ラドクール家も同じ公爵と言えども、ラドクール夫人は先代王妃の実子であり、また現国王の実妹でもある。母親の身分がそのまま、彼らへと繋がっていた。
ナムバード公爵は正妻を病で亡くし、その後自らの勢力を広げていった。その裏側では、現在の後妻の力が大きいようである。彼自身は大層気も弱い男だが、虚栄心だけは山のように高く大きく、見かけ倒しの人物だとも言えた。
そんな気弱な男であるが、自らは何もできぬ上、他者には偉そうに振舞い、それなりに強い野心を持っていた。その所為で、貴族達は彼を率先して支持しなくなり、一時期は誰も寄り付かなくて。しかし、彼よりも野心家のあった妻が、彼らの味方を再び増やした。
国王陛下並びにラドクール公爵が注意すべきは、ナムバード公爵ではなく後妻だと言えようか。今はまだ王家と敵対する派閥を作ったぐらいで、反逆する動きは見られない。この程度では王家も、処罰ができないというところだ。
後妻である現ナムバード公爵夫人は、大層頭が切れるらしい。しかし、彼女の唯一産んだ娘・カミーナが、夫人に似たのは容姿だけだった。彼らを良く知る者達が、性格は父親似だと断言するほどに。当主と前夫人との間には、長女と長男の2人の子供がいた。長女も長男も成人し、既婚者である。性格も容姿も父親に一切似ぬ、前夫人のような人徳者であるという。
乙女ゲームの舞台となる頃には、長女は31歳で長男は27歳、カミーナは18歳となる。一回り以上年齢が離れた長女とは、自己中なカミーナの所為で不仲であった。結婚前の兄は母親の異なる妹を、それなりに可愛がったものの、今は一切交流がなかった。そして末妹の我が儘は、よりエスカレートしていく。
唯一の嫡男である兄は、婚姻と同時に家を出た。長年の後妻の嫌がらせに、家督を継ぐのを放棄した形で。このままいけば、カミーナが公爵家を継ぐこととなるが、公爵としては嫡男に継がせたいらしい。後妻には、全く頭が上がらないが。
「……わたくし、これにて失礼致しますっ!!」
「……えっ?!……か、カミーナ様!……ま、待ってくださいまし……」
「…わ、わたくし達も……し、失礼致します!」
アリッサに難癖をつけていた場面に、当のトキリバァール本人が現れ、カミーナ側の形勢と一気に逆転してしまった。好意を寄せた当人から拒まれ、王女が彼の婚約者の存在を認めれば、カミーナは居た堪れなくなって走り去り、取り巻きたる令嬢達も慌ただしく彼女を追いかけて。
…どうしてわたくしが、責められますの?…トキリバァール様。質の悪い婚約者と王女から、絶対に…お助けしますわっ!
こうしてカミーナは最後まで、自らの矜持を精一杯保ちつつ、突風の如く走り去っていく。貴族令嬢らしい礼儀作法ではあるけれど、悔しくてプライドが許さぬ様子も見て取れた。立ち去る直前、彼女の身体はプルプル震えていたのだから。
…国王の甥である僕も、王族が絡めば慎重に行動するのに、あの令嬢は我が儘に育ち過ぎた所為で、王族さえも軽視しているようだな…。王族の血を受け継ぐからこそ、自らの言動に極力気を付けるべきだろう。それに僕が切望するのは、カノンだけだ。僕自身の手で、彼女を幸せにする。それなのに、何故………
トキリバァールは上に立つ者として、その責任を全うしようとした。我が国の王女に牙をむくカミーナを、責任を全うできない者として嫌悪しても、好意を寄せることは絶対にあり得ない。だからこそ余計に、カノンと知り合えたことには、神に感謝している。政略結婚が当たり前の世界で、彼女と出逢えたことは運がいい。
「…助けてくださって、ありがとうございます!」
去って行くカミーナ達を、ただジッと見つめていたトキリバァールは、か細いようでいてはっきりとした声に、ハッとする。同様にカミーナ達の後ろ姿を睨みつけ、怒り心頭に発した様子でプンプンしていた、グローリアも我に返った。また最後に合流したリョルジュも、厳めしい視線を向けていたが……
3人が振り返れば、カミーナ達上級生に因縁をつけられたアリッサが、ご令嬢らしい作法で礼を告げた後、ふわりと微笑んで…。グローリアを除く男子生徒2人は、以前とは微妙に異なる彼女の仕草に、内心では動揺し驚いた。
…んっ?……アリー嬢?…以前はもっとか弱いイメージがあったが、今は…色々と克服したのだろうか?
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「……っ、ア…アリー嬢。大丈夫…なのか?」
「…はい、リョー様。…あっ!…失礼致しましたわ、リョルジュ様。ご心配くださり、ありがとうございます。」
トキリバァールとカミーナが対峙する間、リョーは合流した途端に透かさず、彼女を助け出した。令嬢達の輪の中から彼女を連れ出し、自らの背に庇う形で。それを横目で確認したトキリバァールは、自らが矢面に立つように仕向けた。
既に挨拶程度には親しい間柄である、男子2人とアリッサ。個人的に愛称で呼び合う仲ではないものの、婚約者のいないリョルジュを、カノン達女性陣も愛称で呼んだ。しかし、この場に相応しくないと判断し、アリッサは言い換える。それでも名を呼ぶのは、親しい関係だからと言えた。
「…っ?!……いや、『リョー』でいいよ。それに…礼を言われるほど、俺は大したことをしてないし…」
ふんわりした笑顔にリョルジュは顔を赤らめ、早口でモゴモゴと否定する。以前の彼女は噛み噛みで話すほど、人見知りが強かったというのに。今、自分の目の前に立つ彼女は、堂々としているように見えたから。彼の方が動揺してしまう。
幼少期の頃に一時的なこととは言え、カミーナ達によって強制的に取り巻きにされた彼女。その上、他の取り巻き達には日常的に見下され、酷い言葉を浴びせられたり、仲間外れのような扱いも受けたり、精神的な不安を長年に渡り抱え、心に傷を負っていたと聞いている。
…最近は女性相手ならば克服できたと、リナ達から聞いていたが…。どう見てもこれは、克服してるよな…。本来のアリー嬢は、こんな風に笑うのか……
正に何年かぶりに、あの令嬢達と正面から対峙した彼女は、どれほど怖かったことだろうと、少なくともこれまでのリョルジュは、同情していたようだ。カノンと親しくなってからは、明るく笑うようになったものの、異性に対する恐怖は中々克服できない。それなのに…何時の間に克服したのかと、リョルジュは何故か自分のことのように、嬉しくなる。
…例の方々達には久々に絡まれましたが、昔のようなトラウマを全く感じませんでしたわ。これも…カノン達のお陰でしょうね。……んっ?…カノン?
自分で完全に克服したというより、カノン達幼馴染のお陰だと、アリッサは感謝しているらしい。リョルジュの心配を余所に、彼女は今になってふと疑問に思った。実はそれだけではないと、気付きそうになったものの、早口で話し出すリョルジュに気を取られ。
「昔から貴方は、思い込みが激しすぎますわ。悪い方へ悪い方へとお考えになられる癖は、直された方が良いですわね…」
「本当に思い込みが、激し過ぎるよなあ。それに…周りの人間の幸せばかりじゃなく、自分自身が幸せになることを、君は…もっと真剣に考えなよ。」
ふと感じた違和感に気付く前に、リョルジュの照れたような仕草に、彼女は目を丸くする。そうして現実に囚われるうちに、無意識にフタをし気付かぬフリをして。自分を良く知るかのように語る声が、例え頭の中で聞こえていても、今はまだ気のせいだと否定しながらも。
「トキが間に合ったようで、良かったですわ。何となく…リョーが助けたような雰囲気に、なっておりますけれど…」
「リョーがナムバード公爵令嬢に話し掛けていたら、もっと大騒ぎになっただろうね。僕が先に来て、正解だ。それにリョーだからこそ、アリー嬢をあの者達から遠ざけられたのだし、彼が助けたというのも強ち、間違いではないかな。」
「……何時もは鈍感なリョーが?……まあ、そうなのね……」
アリッサとリョルジュのやり取りを、傍らで見ていたグローリアが、小声で耳打ちしてくる。手柄が取られたと思われようと、トキリバァールは気にならない。愛しい婚約者の親友だから助けただけで、リョーみたいに親切心から助けたわけじゃないと、敢えて語るつもりはないが…。
何を思ったのか、グローリアが意味ありげにニヤニヤする。王女らしくない仕草にも拘らず、トキリバァールは見て見ぬふりである。どうせまた、リョーを揶揄う材料を見つけたと、王女の悪い癖が始まったとでも思っていそうだ。
思った通りグローリアは、彼らが気付かぬよう彼に合図し、その場をこっそり去ろうとした。2人っきりにしてあげようと、王女の粋な配慮なのだろうが、本人達にとっては要らぬお世話であろうか。しかし、今回は功を奏したようだ。その後の彼らは、これを機に互いを意識するようになり、良い雰囲気になっていく。そして、彼らは正式に婚約することになるが、それは…もう少し先のこと。
…きっぱり拒絶した後も、しつこく付き纏われることになるとは。流石に、想定外であったな。それも、あと1年の我慢だ。来年の春には彼の者は卒業するし、それと同時に僕のカノンが入学してくる……
あと1年、されどまだ1年。カノンが入学する日まで、長いようでいて短いと思いつつも、彼の忍耐の日々はもう暫く、続くことになりそうだ。
「…トキは何時まで、我慢できるかしら?」
「トキが何故、我慢を?」
「…リョーには一生、不必要な問題でしょうか…」
「……?……」
トキ達の学園での日常編、続きとなります。今回も第三者視点です。
話の出だしから前半途中までは、カミーナの育った環境や父親に関し、補足した形となりました。カミーナの母親の異なる姉と兄が出てきますが、年齢は表記していますけど、名前なしの扱いとなります。後妻(カミーナ実母)に関しても、名前は付けないつもりです。
まだ暫くは、トキメインの話となる予定。