82話 溺愛 VS 身勝手な狂愛?
本来の主人公の存在が、薄い章になっているかも。
今回は、その婚約者の出番も少なめ……?
「最近のテオドール侯爵令嬢は、カミーナ様からお受けになられた、ご恩も忘れていらっしゃるようですわ。」
「わたくしも、そう思いますわっ!…最近はアルバーニ侯爵令嬢や、マチュール伯爵令嬢と仲良くされ、サンドル侯爵令息ご兄弟とも、親しくなられたとか。随分といい気になって、おられますわっ!」
テオドール侯爵令嬢と言えば、常に自信なさげで根暗っぽい人物で、あのオドオドした令嬢だろうかと、誰もが思い浮かべるほどに、陰気な令嬢と言える。但しそれも、随分昔のことだけれど……
ナムバード公爵令嬢カミーナも、頭の中の古い記憶を掘り起こすが、あまりに印象の薄い下々のことなど、そんな人物が居た程度だ。どういう容姿でどんな性格か、具体的な特徴は何一つ思い出せない。プライドも高い彼女が、よもや侯爵令嬢を忘れていたと、どうして認められるだろう。取り巻き達から見下されるなど、死んでも御免である。
実際、カミーナの取り巻き令嬢達も、類は友を呼ぶという諺が示す通り、類似した性格の持ち主ばかりだ。身分で他人を差別する、典型的なお嬢様達ばかり。圧力を持つ人物には逆らわず、只管持ち上げる。
このような連中は、圧倒的な存在が居なくなった途端に、今度は我先に自ら威張り始め、権力を欲することだろう。我が儘で気位の高いカミーナは、この上なく厄介ではあるものの、取り巻き令嬢達に比べれば、まだマシと言える部分も、あるのかもしれない。
「先日、わたくしの方からテオドール侯爵令嬢に、苦言を申し上げようと致しましたら、何故か…王女様がご令嬢に、話し掛けられましたのよ。ご令嬢はきっとわたくし達と、お話をしたくもないのですわね。この国の王女様を隠れ蓑になさるなんて、どれだけ図々しいお方なのかしら?」
一見して聞いただけでは、ちょっとした嫌味にしか聞こえないが、実は…壮絶な虐めとも言えた。1人目の令嬢は、同じ侯爵令嬢であるアリッサを、強気な口調で貶す。敢えて王女の存在を口に出し、王女の影に隠れたフリをして、自分達を嘲笑っていると、狡賢くそう仕向けた。
「本当にそうですわ!…昔ももっとわたくし達の意見を、真っ直ぐに聞き入れてくださるような、素直で大人しいお方でしたのよ…」
2人目の令嬢は伯爵令嬢であるが、父親の国政への関与も大きく、テオドール侯爵家を同等に見ていた。1人目の令嬢に賛同する口調で、昔の思い出にある彼女を思い返しつつ、心配するような口ぶりに聞こえるが……
昔は自分達の言いなりだったが、自分達より上に居ると勘違いし、今は寄り付きもしない。あれほど自分達が苦労して、手懐けたのに。分かりやすく言い換えれば、このように完全に馬鹿にしていた。
「…年月の経過は、実に恐ろしいですわねえ。あれだけご自分に自信のなかったお方が、ああも自信ありげに振舞われるなんて…」
3人目の令嬢は子爵令嬢で、他の2人より砕けた口調だったが、賛同はしていない風に見えた。けれどもそれは、この中で一番身分が下だからこそ、自分の逃げ道を用意しただけ。おっとり系と見せて、実は…この中で最も腹黒い。
長い年月を経て、性格が真逆に変わってしまったと思えば、時間の経過は残酷なものだ。自分達次第ではまた教育を施せば、彼女も元通り従うのではないか、そういう意味を隠している。
当然ながらカミーナには、明確に伝わった。日常的に他の誰かに嫌みや嫌がらせをする、彼女の得意分野だからこそ。テオドール侯爵令嬢と言えば、最近の彼女にとって最も気に入らないとする、アルバーニ侯爵令嬢と、非常に仲が良いとまで噂されていた。そうなのだ、あの憎っくきご令嬢と…。だからこそ、「丁度いいわ…」とほくそ笑む。但し、他の令嬢達もニヤリとしたのは、気付かない。
「…ふふっ。カミーナ様を 嗾 け、あの王女様の鼻を明かす。わたくしの計画は完璧です。カミーナ様はお忘れのようでしたが、格下の令嬢に裏切られたと知られて、許すはずがないですもの。」
「…少しだけ不安でしたけれど、王女様と張り合えるようなご令嬢は、プライドのお高いカミーナ様ぐらいですわ…」
「今は…彼の殿方にご執心ですし、あのご令嬢の名にも、あんなに眉を引き攣らせておられて…」
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「ラドクール家やサンドル家のご令息様方と、親しげに振る舞っておられたそうですが、アリッサさんの最近の素行は、目に余るものがありましてよ。もしかして貴方はわたくし達とは、二度と親しく付き合う必要がないと、お思いでして?」
「以前の貴方は、わたくし達側の派閥でしたわね?…今のテオドール侯爵は王妃様側の派閥に、付かれたのかしら?」
詳細に言い換えれば、色々と虐めと見られる言葉の羅列も含んでいる。簡潔に纏めるならば、テオドール侯爵はナムバード公爵を裏切り、対立する派閥側の人間に付き、娘のアリッサも私達を裏切った、という意味になるだろう。
「…お久しぶりです。カミーナ様、皆様方。何か思い違いをなさっているようですが、わたくしの父は元より中立派です。わたくしは個人的なお付き合いとして、ラドクール家派閥側のご令嬢の方々と、仲良くしておりますの。ですから、父は無関係でございます。」
自分を囲んだ令嬢達の中で、真ん中で偉そうに仁王立ちする令嬢に、アリッサは見覚えがあった。内心ではあたふたしていても、表向きは動揺した素振りも一切見せず、きっぱり否定した彼女。カノン達と過ごした日々は、彼女をより強く逞しくしたようだ。当人からすれば勿論、それだけではないけれど……
「…なっ…な、何を仰っているの!…どれだけ無知なんですの、貴方っ!」
「…トキリバァール様と貴方は、以前から親しいと仰りたいの?…わたくしを差し置き、どれほど厚かましいんですの!?」
「……………」
誰がどう考えても、言いがかりに近い問答に、何方が厚かましい態度かと、閉口したくなる。実際、アリッサも動揺するより、呆れた方に近い。幼少期の彼女だったら、相手の勢いに恐れをなし、自ら意見を述べることもできず、相手を冷静に観察したり、落ち着いて考えることも、できなかっただろう。これ以上、下手に逆らわない方が良いだろうと、態と沈黙で遣り過ごしたが。
…あのお方の自己中心的な性格は、今も…ご健在でしたのね。カノンとラドクール公爵子息様は、何方が何と仰いましょうと、正式なご婚約なのですわ。まるでご令嬢の方が、婚約者気取りですわよね……
アリッサの次の言動次第で、カミーナが攻撃するだろうと思われたが、其処に割って入る者がいた。第三者の介入に、令嬢達の視線が一斉に向けられる。其処に現れた人物に、カミーナでさえハッとし、黙り込む。
「…テオドール侯爵令嬢、どうなさいましたか?」
「…ラドクール公爵令息さま…?」
「貴方がご令嬢に囲まれていると、噂を聞きまして…。リョーと共に、貴方を探しておりました。…此方の彼女は、私達の幼馴染でもありますが、私の婚約者の親友とも言えるお人です。我が名もちらり聞こえたけれど、ナムバード公爵ご令嬢ともあろう方が、まさか我が婚約者のような振る舞いを、なさるとは……」
其れはトキリバァール当人で、王女とリョルジュは別行動らしく、此処に来たのは彼だけだ。途中から話を聞いたらしく、強めの口調で淡々と述べてくる。自分達の幼馴染であると表明し、アリッサを擁護する一方で、さり気なく自らの婚約者を強調する形で、カミーナからの想いを全力で拒絶した。その序でに、婚約者の如く振舞う彼女を、牽制するほど猛烈な怒りを露わにし……
「……ト、トキリバァール…様………わたくしはただ……」
「申し訳ありませんが今後一切、我が名を呼ぶのはご遠慮いただこう。我が婚約者に、誤解されたくはないので。」
「……っ!!…………」
ところがカミーナは、全く懲りていなかった。いや…本当は理解できない、残念な脳ミソかもしれない。『婚約者のような振舞い』の中には、名前呼びを拒絶する意も、含まれる。そうだと言うのに…。牽制した直後に名を呼ぶなど、周りの誰もが呆れるしかなく。
婚約者以外の者が気軽に呼ぶな…と、トキリバァールは今度こそ、はっきり言葉に出す。生まれて初めて、他の誰かから拒絶されたカミーナ。そして、それが自らが好意を寄せた者、特に…異性として愛した者に、拒絶される結果を迎える形で。
カミーナにとって其れは、フラれたという悲しみより、失意や屈辱や怒りという負の感情の方が、強いようだ。自分がフラれる理由も、取り巻き令嬢達の前で無下にさえるのも、本来は彼に向かう怒りも、全ての感情が負の感情へと移ろうも。
彼女は彼女で自らの矜持を守り、彼にも感じた怒りの感情全てを、例え無意識であるとしても、別の誰かへと摩り替えずには、いられない。それら全ての悪感情は、彼の婚約者へと向かっていく。自分からトキリバァールを奪おうとする、憎き相手として呪い殺したいと願うほどに…。折角、彼がカミーナに気を配ったとしても、その思いが届くことはない。残念なことに。
「あら、トキも容赦がございませんわね?…ですが、見直しましたわよ。貴方が婚約者を大切になさればなさるほど、お2人の仲を仲介致した我が王家も、顏が立つというものです。ほほほ…」
いつの間にか駆け付けた、我が国の王女殿下の言葉に、誰が逆えるものか。ここぞとばかりに、これまで無視された屈辱を、カミーナに返す王女であった。上級生である令嬢達も皆、更に顔を青くしオドオドしつつ、カミーナもまた必死に屈辱に耐えた。何も聞こえていないような、空虚な顔つきのまま。
この場に流れる空気は、息をするのもやっとなほど重苦しく、黒い靄が立ち込めているかのようだった。その中でも相も変わらず、王女とトキリバァールの2人だけが、平然とした顔で立ち続けていた。
トキ達の学園での日常編が、続きます。今回も第三者視点ですが、アリッサ視点に近い形式となりました。
新入生として入学したアリッサに、目を付けたらしいカミーナ令嬢&取り巻き一行でしたが、彼女も以前よりは芯が強くなっています。そして到頭、トキを本気で怒らせてしまったようで…。これを機にカミーナは、悪役令嬢に……?
※前回から随分と、間が空いてしまいました。長らく体調を崩し、久々に何日も寝込んでしまいました。もう当分は、病気は要らないと言いたいぐらいです…。今後の予定も変わったことから、元々忙しい年末が更に忙しくなりそうです。小説の更新も、どうなることやら……