80話 公爵家兄妹のモテ事情
今回もトキ視点です。トキの妹ユイが、友情出演をしています。
愈々、重要人物も登場する…?
「ごきげんよう、トキリバァール様。漸くお会いできましたわ。やはりわたくし達は、出逢う運命でしたのね。」
「………」
王立学園に入学し、漸く学園生活にも慣れた頃。馬車から降りる僕を、正に待ち構えていた様子で、軽く声を掛けてきた。まるで数年来の知人が挨拶した、と錯覚させるように。
声を掛けてきた人物へ、僕が視線をちらりと向ければ、ほんのり赤らめた顔と潤ませた瞳は、一見愛らしいと思わせた。入学してから、まだ日も浅い。一部の貴族子息とは言葉を交わしたが、目の前の人物とは初めて言葉を交わし、今まで一度も相まみえたこともなく。
「トキ。そんな怖い顔をして、どうした…?」
一度も会うことがなくとも、噂で知る人物だと僕は直ちに理解し、眉を顰め無言でやり過ごした僕は、逃れるようにその場を後にする。その後、合流したリョーに指摘されてしまうとは、どれほど険しい顔をしているのか、僕は……
「…馬車から降りたら、いきなり声を掛けられた。」
「何処ぞのご令嬢に、待ち伏せされた…とか?…何処の世界にも、肉食女子がいるもんだな…」
「……にく…?」
「肉食女子だよ。この世界でそんな言い回しは、しないようだな。男を食う女子という意味で、肉好きな女子に例えたんだろうけど…」
「……はあ?…男を食う?…何を言っている?」
「う…。前世の流行り言葉を、異世界で説明するのはムズイ…。自らグイグイ異性に迫る姿勢を、獰猛なイメージの強い動物に重ね、『肉食』と例えたのかも。」
「…なるほど、何となく理解できる…」
「因みに、『草食男子』という言葉もある。これも前世の流行語で…」
「…いや、説明は要らない。『草食』で何となく分かった…」
「そうか、残念だ。そう言えば…トキは、肉食男子に入るかもな。」
「……そうだね。私には『草食』は、受け入れられそうにない…」
今はまだ教室には、僕とリョーしかいない。だから、果てしなく馬鹿馬鹿しい会話も、問題はない。意味のない会話を交わす傍ら、カノンとリナ嬢が以前エイジに対し、筋肉が増えた分だけ知性も減ると、話していたことを思い出す。
…今のリョーはエイジよりも、その傾向が強そうだ。そのうち脳味噌まで、筋肉に変化しそうだな…。今のうちに彼の筋肉を、減少させた方が良いだろうか…?
「それで、肉食女子だったか?…野性的な美人なのか?」
「君の言う通りであれば、野性的で肉食女子の美女と、言えるだろうが…」
「…ふうん。その言い方は、欠点でもあるようだな。何処の誰か、トキには見当がついたのか?」
「ああ、見当は大体付いている。実際に会うのは、初めてだが。事前に令嬢の絵姿を見た気がして、それで気付いたんだ。」
リョーは異性の外見には、特に関心のない様子だ。取り敢えず女性は全て『美人』の類だと、捉えていそうではある。長い付き合いでもある彼は、僕の言いたい本音も見抜いた。何処の誰か見当をつけた私が、美人であっても性格に難があると判断した、そう気付いている。
以前に僕が見た、絵姿の令嬢であるというのは、間違いない。ラドクール家に送り付けられた、とある令嬢の絵姿に…。ラドクール家同様に王族の血を引き、現王の叔父に当たるナムバード公爵は、彼の末娘の絵姿を我が家に送り付けてきた。
但し、ナムバード公爵家と我がラドクール公爵家は、親族としての繋がりがこれまでになく、家柄同士を訪問する仲でもない。その上、相反する派閥を率いており、今のところ互いに歩み寄る気も、更々ないだろう。絵姿という釣書を送る行為は、縁談を申し込むと同義だというのに、これは単なる始まりに過ぎず……
「トキリバァールに、カミーナ嬢の絵姿だと?…ナムバード家は、縁談を申し込むつもりか?…既に我が息子は、王家も認めた正式な婚約者のいる身だ。相反する派閥に縁談を申し込み、我が家を取り込んだ後、王家を乗っ取る気か?…馬鹿馬鹿しい、巫山戯るな!!…直ぐに送り返せ!……否、跡形もなく燃やせ!!」
父がこれほどの怒りを、爆発させるとは。婚約者のいる相手に釣書を送る、この行為が如何に非常識で愚かなことか、成人の儀を迎える前の僕でさえ、知るべき事柄である。また僕がカノン一筋であることも、我が両親は十分に理解していた。
「今年もナムバード家は懲りもせず、送りつけてきたな。序でに例の一件も片付ける時が、来たようだ。」
あれからナムバード公爵家は毎年、我が家に釣書を送り付けてくる。父はその報告を受けた直後、使用人に指示を出す。『例の一件』とはつい最近、我が妹にも届いている釣書であろう。似た者同士で縁を結べと、警告するらしい。同様に愚かな者は他にも、まだ居たようだ。
****************************
去年、僕は王立学園に入学した。公爵家当主としての勉強を既に終え、父からの提案で彼の職務の補佐を、学園の休日に合わせ行うことにした僕は、何時でも卒業できるほどの優秀な成績を、維持している。当初は簡単な補助であれ、父の職務を覚えるならば早い方が良いと、考えていた。
婚約者を溺愛する僕に対し、両親が他の縁談を勧めるはずもなく、僕や妹に確認を取らずに実行された。妹に届いた釣書をナムバード家へ、僕に届いた釣書を妹に縁談を持ちかけた家へと、入れ替えた上で送り返させて。
滅多に顔には出さぬ執事も、珍しくほくそ笑む。意趣返しとして、準備していたらしい。何かしらの問題が発生しようとも、我が家は知らぬ存ぜぬで貫くつもりで。我が家には実際に、それだけの力もある。正式な婚約者のいる僕達兄妹に、縁談を持ち掛けた彼らは逆に非難を、受けることとなるだろう。
我が妹ユイリアの婚約者は、既に故人の正妻が唯一出産した子で、代々続く名家とされるカラバルカス侯爵家嫡男、ハオーミルだ。正妻の存命時より愛人がいた当主は、正妻の逝去直後に後妻とした。
実母を失った彼を守ろうと、婚約者の父親として後ろ盾となった、我が父の杞憂は正しい。後妻に収まった継母は、ハオーミルから嫡男の座を奪い、自ら血を分けた子に爵位を継がせようと、長年に渡り目論んでいたらしい。最終的に彼を暗殺する計画も立て、それに気付いたユイリアに阻まれたが。
「ハオの食事に、人が食すると毒となる薬草が、混入されておりました。」
「何だと!?…毒草が混入していただと?…誰かが故意に入れたのだな?」
「…はい、そうですわ。わたくしもこの目で目撃致しました、ハオと共に…」
「…僕も、ユイと目撃しました。義母上の専属メイドが、僕の食事に何かを入れるのを…」
ハオーミルの食事には、少量の毒が盛られていた。致死量ではないが、食事の度に取り続ければ何れ死に至ったと、妹達の証言を元に父は証拠を集め、王家をも動かしたのである。ガラバルカス侯爵夫妻は厳罰に処する、と。
後妻の産んだ子供達は、ハオーミルの義弟でもある。彼は弟達2人を可愛がっていたことから、兄弟仲は非常に良い。義弟達には侯爵家の一部の財産を、受け取る権利を法的にも許可されたものの、後妻は全ての権利を剥奪された後、侯爵家領地の屋敷地下牢での監禁を、当主も領地屋敷での軟禁を其々強いられた。
また王都にある侯爵家屋敷では、ハオーミルに爵位を譲る前提で、彼の叔父で前当主実弟が代理で、当主に就く。兄と違って実直で、甥達を分け隔てなく可愛がる、善良な人だ。
「ユイは…僕の命を救い、母上の汚名も返上してくれた。君には感謝してもしきれない。」
「…大袈裟ね、カノンお姉さまのお知恵を拝借した、だけなのに。年上のわたくしが年下の貴方を守るのは、当然のことでしょう?」
「…いや、ユイのお陰だ。これからも僕の隣に、いてくれないか?」
「勿論、ハオはわたくしの弟も同然ですわ。昔から弟がほしかったの…」
「……弟、か。僕には昔から姉もいないし、ユイとは一生仲良くできるね。」
「…ん?…そうね。わたくしもハオとは、ずっと仲良くできそうだわ。」
未だ弟のように見ているユイリアに、僕はどう突っ込むべきか悩む。妹が婚約破棄をしようものなら、どうなることやら…。前世のある妹には、単なる乙女ゲーでしかなく、誰がどういう経緯で作ったかも知らず。
しかし、今は妹よりも僕の方が、厄介な問題を抱えている。カミーナ嬢が公爵令嬢である以上、無視はできない。ナムバード公爵家は親子揃って、常識が通じない人種らしい。父親の思惑とは別に、僕に対して好意を示してくる。蕩けるように潤ませた瞳で私を見つめ、僕の視線に頬を赤く染めつつ、艶めいた唇で口づけを誘う。本来ならば、それだけで異性を落とせただろう。
潰れた蛙に比喩される公爵と、似ても似つかぬ釣書通りの美女であれ、誰かの忠告にも聞く耳を持たず、自らの我が儘をどんな手を使っても押し通す、そういう人物だ。カミーナ嬢の一方的に押し付けた好意は、是非ともご遠慮いただきたい。
何度生まれ変わろうと、カミーナ嬢を選ぶ未来は皆無だ。カノンほど純心でもなければ、カミーナ嬢よりマシに思える者も、他にも大勢いるのだから。外見も中身も関係なく、僕はカノンしか愛せないという、ただそれだけの理由がある。彼女以外の相手は要らず、例え彼女が自分以外を選ぼうと、彼女しか選べないし選ばない。カミーナ嬢がどれほど本気だろうと、僕の瞳に映るのはカノンの姿だけ……
「ふうん、ナムバード公爵令嬢カミーナか…。確か…リア姫が、一学年上の生徒の中に厄介な身分の令嬢がいる、と話していたっけ…」
「カミーナ嬢のような者は、真面に相手をするだけ無駄だろう。世界を自分の意のままにできると、世間一般常識も通じない相手だ。私の一挙一動次第で、カノンに敵意を向けることだろうね…」
「…自分の思い通りにしないと、逆恨みするタイプかあ。俺も、そんな相手は嫌だよ。…ん?…ナムバードとカミーナって、何処かで聞いた気も……」
トキの出番が長らくなかった間に、学園に入学して他の問題に巻き込まれていたという、そういう流れにしてみました。今回は、トキを狙うご令嬢が初登場しています。如何にもゲームの中の悪役令嬢っぽく、時流作の乙女ゲームに関係するかどうかは、まだ暫く明かせませんが。
新登場キャラのフルネームは、カミーナ・ナムバードです。今後、悪役らしい悪役令嬢となるのかは、当人次第もあるかと……
後半部分の一部ではありますが、トキの妹ユイも久々に登場。ユイの婚約者・ハオにも如何やら、何か秘密がありそうな…。
※次回も、トキ視点が続く予定。第四幕のメインは、トキかもしれません。