79話 入学、その後の日常は
今回も、トキ視点の続きとなりました。入学直後の頃の話です。
物語の展開は、1年前に遡って……
「最高級の生地を使用し、品も良く素晴らしい刺繍を加えた制服は、他の生徒と同じ制服には見えない。流石は、王女殿下の制服と言うべきだな。」
「…ふふっ。国を治める国王の息女が、貴族令嬢達と同等の服装では、国王陛下の威厳まで落としてしまいますもの。派手ではなく地味でもない制服には、苦労致しましたわ。」
僕が彼女の制服を褒めれば、まるで自分が製作したかの如く、王女は然も悩まし気に応えた。王女の従姉弟でもある僕は、彼女の性格を良く知っている。男勝りで勝気な性格を表すような、ややつり目のキツイ顔立ちに、多少お転婆気質ではあるものの、カノンから聞いた『悪役令嬢』には、当て嵌まらないだろう。
貴族達が通う学園と言えども、伯爵家以上と子爵家以下の家柄では、各家の資金には大きく差があった。その為、制服の素材となる生地は、学園側から配布されている。つまり各家で制服を、オーダーメイドしなければならない。
シャンデリー王国では未だ、制服の既製品は存在しない。稀に平民以上に貧乏な貴族には、生地の他にも国が補助金を出している。抑々既製品という概念もなかったが、最近になって漸く、職務用の服装を既製品として扱うとする、そういう専門店も街にでき始めていた。
「オーダーメイドの制服なんて、初めて着たかもな…」
「…仮にもサンドル家跡取りが、学園でなさる話題ではありません。もっと気を引き締めなさいな。」
「その通りだ、リョー。何時何処で誰が、君の話を聞くか分からない。特に前世が絡む話は、人の目のある場所で話すべきではないよ。」
「……ああ、そうだな。最近、エイジにも忠告されるしな。騎士として、鍛錬が足りないようだ。もっと頑張らないとな…」
「「…………」」
入学式当日、リョーはまるで今日初めて着た、ニュアンスだ。オーダーメイトの服装を普段から愛用する者が、語る言葉ではないだろうに。やれやれ…と、僕はそっと息を吐く。最近のリョーはエイジよりも、あからさまに率直だ。ついポロリと、とんでもないことを言い出し、僕とリアは毎回フォローに追われていた。
サンドル家は、王家・大公家・公爵家と続く次に、身分の高い家柄だ。また侯爵家の中でも、上位に位置している。侯爵家の嫡男が高々、オーダーメイドの制服で感動するはずもない。
昔はエイジの方が危なっかしかったけれど、今は立場が逆転したらしい。弟から忠告されるほどリョーは、前世の影響が濃くなってきたようだ。エイジは段々落ち着いてきたのに反し、リョーは言葉や顔にもろに出るほど、天然になってきた。
「リョーは、昔から幸福だったようね…」
リアは顰めっ面をし、ボソッと零す。カノン達の前世の記憶に関し、リアにも事前に伝えておいた。リアが王女殿下である以上、彼女の傍にいる者はごく少数の人間に、限られる。だから、僕はリアにバレる前に、説明することを選んだ。
学園に入学するに当たり、僕とリョーは国王陛下から、リアの護衛という任務を受けている。僕ら3人が共に居るのは、幼馴染で気が合うからではなく、彼女の盾としてだ。リョーの前世だけでなく、カノン達の過去も告げたのは、王女という彼女を信じるからこそ、だと言えようか。
…カノン達の前世では、既製品の制服もあったり、制服業者が各々のサイズに手直したり、するんだね…。制服専門の販売業まで存在するとは、便利というより感心することばかりだな。我が国も何れは、取り入れていくべき課題だよ。
学園で必要となる教材は、学園側から配布されていたが、授業中に筆記するペンなどは、各自で用意する必要がある。高位貴族になると、全てがオーダーメイドとなるけれど、それはリョーも同じだろう。庶民の学校でも使用される物は、街で安く手に入る。但し、筆記に必要な紙は貴重で、高価だったが。
僕らの忠告をどう受け取ったのか、リョーは騎士道を極める風な、素振りを見せている。僕もリアも、これには閉口した。脳まで筋肉に占領されたのだろうか、と疑いたくなる。
……おいおい。騎士の鍛錬が足りないわけは、ないはずだよ。王女を護る騎士という立場から、リョーの言い分も分かるけれど、何処か方向性を間違えているかな。もう十分騎士を極めたよ、君は。カノン達の前世には、『脳筋』という言葉があるらしいが、リョーはその一歩手前では…?
僕とリアはチラッと視線を交わし、同時に嘆息する。リョーにこれ以上、何か忠告する気にもなれず。こうして僕らの学園生活は、不安要素から始まった。
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王立学園には学園の生徒であれば、誰もが無料で食事できる学食も、設備されていた。何年か前、貧乏な家柄の生徒が食事代を節約し、授業中に意識を失ったこともあってか、学園は学食を無料提供するようにした、という話である。
高位貴族からの寄付金で、これらは全て賄われていた。僕の実家であるラドクール公爵家も、リョーの実家であるサンドル侯爵家も、例外ではない。伯爵家以上の裕福な高位貴族達は、我が力や富を見せつけようと、強制せずとも自ら進んで寄付をした。稀に、商売で大儲けした子爵・男爵家も、寄付していると聞く。
「誰にでもお優しいラドクール公爵令息さま、勤勉で真面目なサンドル侯爵令息さま、お2人と何時もご一緒なされる王女殿下は、本当に羨ましい限りでしてよ。見目憂わしいご両人を、お1人で独占なされるとは…」
「その通り…お2人共に学園で、とても人気がおありですわ。学園の女生徒からの好意を、今年はお2人が全て攫ったという、お噂ですのよ。ご両人の何方かに分かれた女生徒達が、互いに火花を散らしておられるとか…」
「人気の殿方を取り巻きになさった王女様は、女生徒達の憧れですわ…」
リアは学園の令嬢達の間でなされた、会話の渦中に立たされた。流石に王女を虐めることはできず、敵意を明確に出さない形で、それでも明らかに皮肉と分かる言葉を、投げ掛ける令嬢達。
『独占』や『取り巻き』と発言したのは、王女に対する嫌みだ。女生徒が二分するほど、人気のある殿方たち…つまり僕らを、王女1人が独占していると、皮肉ったのだろう。ご令嬢の1人が他の令嬢達を煽り、茶番を演じさせたようだった。
「…そうですわね。わたくしもご両人には、感謝致しておりますわ。父上の頼みとは申せども、わたくしを親友として大切にしてくださいますもの。ラドクール公爵令息さまもサンドル侯爵令息さまも、従兄弟や王家の騎士以上に、幼馴染として仲良くしてくださいます。貴方方ご令嬢が懸念なされた、特別な他意などこれっぽっちも、ございませんけれど…。ラドクール公爵令息さまには、歴とした婚約者もおられますし、婚約者がおられないサンドル侯爵令息さまも、何方か良いお方がおられるようですもの。」
『父上の頼み』を王命だと強調し、僕らが正式な護衛であると、自ら選んだ意思ではないと、リアは敢えて明かしている。親友以上恋人未満なのだろう、僕ら3人の関係性は。
僕とは単なる従姉弟同士であり、リョーとは護る・護られる以前に、単なる幼馴染だと表明している。僕には正式な婚約者がいるから、僕に好意を寄せても無駄だと含ませ、敢えて言葉に出し牽制した。『何方か良いお方』と匂わせ、正式な婚約者が決まっていないリョーには、想い人がいると思わせる。リョーの相手は絶対に、貴方達ではないのだと……
リアがそう仄めかせば、主導権を握るご令嬢は思惑が外れたのか、怒りで顔を赤くする一方で、他の令嬢達は目の色を変える。例え自らが対象外でも、恋愛話に目のない様子で。
…いや、放っておいてやりなよ…。女性達は他人の恋愛事に、何故こうも興味を示すのかな?
「トキリバァール・ラドクール様!…わたくしとご一緒に昼食をしませんか?」
「…わ、わたくしも…リョルジュ・サンドル様と!…ご一緒したいですわ…」
「残念ながら僕もリョーも、王女殿下からは離れられない。君達と、食事できないんだ。ごめんね。」
昼食に託けては、僕らに声を掛けてくる女生徒達。何度も断るのは面倒で、リアを引きあいに出しつつ、君達とは無理だときっぱり断る方が、後腐れがなくて済む。それでも笑顔でやんわり、リョーへのお誘いも僕が断った。彼があまりに生真面目な顔で断ると、冷たくあしらったと勘違いされてしまう。いくら何でも、国王専属の騎士団員に悪い噂が立てば、国民の信頼を失いかねなくて。
学園に通う王族は現在、リアだけだ。僕達3人は王族専用の個室で、昼食を取っている。リアが認めない限り、僕ら以外の生徒は誰も、同席できない状況だ。だからと言って、リアも気軽に同性の親友を、誘うことはできない。
護衛兼話し相手は選別せねばならず、年頃の男女が2人っきりになるのは、従兄弟と言え避けねばならない。リョーという人間は、侯爵令息の身分も騎士という立場も、男女2人っきりを回避する意味でも、幼馴染としても申し分はない。しかし、本当のところは……
過去の人生を引き継ぐ彼を、1人で放っておけないからだ。騎士の訓練や実習を行う時は、リョー自身が緊張感や高揚感などから、何かと平静でいられるようだけれど、学園では騎士の本領を出せず、本人も気が緩んでしまうようだ。
…だからこそ僕とリアが、リョーを手助けしなければ…。カノンの為にも前世の事情は、絶対に知られてはならないのだから……
「あら?…あのご令嬢はまた懲りずに、わたくし以外のお相手を、標的に定めたご様子ですわね?…リョーまで敵に回す、おつもりなのかしらね?…本当にお馬鹿さんですこと…」
王女を妬んだ令嬢は、相当に厚顔無恥であるようだ。その後、あの令嬢はリアの予想通り、リョーを敵に回すことになる。そして…僕にも、すぐそこまで魔の手が迫っているとは、今はまだ誰1人として、気付いてはいなかった。
前回に引き続き、トキ視点です。トキ達が学園入学した直後に、時間を戻らせています。入学したのは、カノンではありません、残念ながら……
王女という立場から、学園内ではトキとリョーに護衛されるリア。貴族の令嬢達の中には、それら事情を理解できない者達も、若干いるようですね。学園では本来、護衛も要らない安心な場所のはずでしたが、王族に限っては友人達が護ることで、王族の身を絶対に危険に晒さないようにする、といったところでしょうか?
リアもお年頃なので、気を許せる相手以外には、令嬢らしく振る舞います。本文でも王女らしくとしなかったのは、トキにとっての王女様が、自分らしく気儘で自由な王女、というイメージが強いので。
※トキ視点はあともう少し、続く予定です。今回登場したご令嬢達は、今後登場したとしても、名無しとする予定でいます。ゲーム上でも、モブキャラという立ち位置です。(要するに、時流に記憶されていない者達)