78話 別れと新たな門出の春
今回、主人公視点ではなく、とある人物視点となりました。
前半はほぼ過去の出来事ですが、後半は現在形の出来事でしょうか……
今年で僕は、16歳となる。9月生まれの僕は毎年、夏頃に誕生会を開くことになるが、僕の婚約者であるカノンは10月生まれなので、僕よりも誕生会が遅い。けれど今年は、彼女が成人の儀を迎える年でもある。
今年の成人の儀は通年より早く、誕生月を迎える前の者達が多く、社交界に顔を出せるようになった若者は、まだほんの僅かだ。今は春を迎えたばかりで、カノンも成人となるのはまだ先のこと。僕の時は運よく成人した後だったが、その頃と比べると半年も早く行うこととなる。
開催される時期が毎年変わるのは、国の事情が大きく関わるようだ。カノンの前世の世界のように、できれば毎年同じ月日に、定めるべきである。入念に準備ができるようになる上、スムーズに行うことができるだろう。
僕の父上であるラドクール公爵は、シャンデリー王国宰相でもある。国を挙げて行う盛大な行事には手続き上、国王の許可をもらわねばならず、宰相が書類にサインした後、下々に命が伝えられる。メインで準備を進めていくのは、城で働く侍従やメイドなどを含めた、使用人達であろうか。
成人の儀を決めた後、稀に他の職務で忙しくなると、王宮中が上を下への大騒ぎとなるそうだ。そういう時は文官達も王宮に留まり、父上も滅多に屋敷に帰れなくなる。緊急時に文官が宿泊する客間も、宮廷内には何部屋か用意されている。但し、今年は成人の儀が4月に開催され、比較的余裕で進められたそうだ。父上も普段よりも早い時間に、帰宅したぐらいだし…。
カノン達の前世では「成人式」というものが、毎年1月の第2月曜日に盛大に祝福する、国の行事であったそうだ。18歳又は20歳で成人扱いとは、驚愕である。我が国で20歳と言えば、女性は行き遅れたと蔑まれ、男性は適齢期の範囲であれ肩身が狭い。
「トキ様はもうすぐ王立学園に、御入学をされますのね?…大層喜ばしいことですのに、寂しくなりますわ…」
「…そうだね。君に毎日会えなくなるのは、僕も寂しい…。学園の休暇にはなるべく時間を作り、君に会いに来るよ。そうして過ごせば2年なんて、あっという間だろうからね。2年後、君が学園に入学するのを、楽しみに待っている…」
既に僕は、王立学園に通っている。成人の儀を迎えたその翌年、王立学園に入学したからだ。シャンデリー王国では、貴族子息達のほぼ全員が通う、貴族子息の為の学校である。他国では一般庶民も特待生として、国が設立する学校に入学もできるそうだが、この国では決して有り得ないことだ。
例え貴族の養子になったとしても、貴族の肩書きを与えられたとしても、誰もが通う資格を与えられることはなく、王立学園には王族の子息も通うことから、警護という面からも厳重に警備する、そうした必要があったのだろうか…。
僕はカノンに宣言した通り、有言実行するよう努力した。2年という期間は短いようで、長く感じられる期間でもある。それも、後少しの我慢であろうか?…漸く来年の春、カノンが入学する。今は制服や筆記用具など諸々な物を、オーダーメイドで揃えている最中であろう。何故か彼女は、難色を示すが……
「学園の制服は、オーダーメイドですの?…既製品ではございませんの?」
「王立学園は王族と貴族子息達が通う、貴族専用の学校でもある。制服のサイズは勿論、他にも諸々の問題があるんだよ。筆記用具だけでなく、制服の既製品も普段に販売されているとは、カノン達の前世は素晴らしい世界のようだ…」
各家でオーダーをする以上、生地の素材や細かな装飾は、同じ制服でも何かが異なるはず。カノンの制服姿を思い描く僕は、浮き立ちながらも嫌な予感を、犇々感じていたのである。
シャンデリー王国では学問を重要視し、前世の日本の義務教育に通ずる、そういう部分もあるようだ。王立学園以外に、庶民が通う専用の学校もあるのは、他国ではあまり見られないと聞く。
貧乏で授業料が払えない貴族は、国の補助を受けることができる。但し、最近になって貴族の養子となった者、貴族の落としだねでも庶民出身の者は、稀に入学不可とされた。愛人との間の子供を入学前に引き取り、満足に貴族教育を受けさせていなかったからだが……
養子となった者が入学後、大きな問題へ発展した事例もあった。伯爵令息以上の高位貴族子息を誘惑し、彼らの婚約者に恥を掻かせたそうだ。礼儀作法を一向に覚えず、王族にも馴れ馴れしく振る舞うなど、目に余る言動だったらしい。
それ以降は入学前に必ず、礼儀作法の審査を行うと義務付けられ、合格した者だけが入学を許可される。しかしそれでも、俗に言う裏口入学した生徒が、若干紛れ込んでいるようだ。そうした不届き者達が、真面目で優しいカノンに害を与えるのではと、心配になる。
…何か、嫌な予感がする。乙女ゲームの話を聞いたからだろうが、ゲーム設定がこの世界を基にしており、それを作ったのが未来の僕だとすれば、胸騒ぎを覚えるぐらいでは済まない気も……
ヒロインや攻略対象なる存在は、現実ではどう動くだろうか?…今の僕はまだ知る由もなく、成す術もない状況に置かれていた。
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僕は去年から王立学園に通い、今年の4月に2年生へと進級した。カノンも来年から入学するけれども、3学年しかない王立学園では、一緒に居られるのは1年だけとなる。
貴族子息は幼少期から家庭教師に教わり、自宅で勉学するスタンスだ。各家でより優秀な家庭教師を雇い入れ、礼儀作法や剣術をメインとした勉学を、どれだけ身に着けるかがステイタスとされている。逆に庶民は自宅で勉学せず、庶民向け学校の小等部に通う。小等部を卒業すると中等部に進学するが、カノンの前世でも同様に小学校と中学校、更に高校もあるそうだ。
「前世のカノンも其れなりに、由緒ある家柄だったはずだが、何年も学校に通っていたの?…家庭教師を雇わないのは、何故?」
「前世でも特に日本は、全ての国民が学校に通い教育を受ける、それが義務でしたのよ。日本では学校に通学しない限り、卒業資格が得られないのです。家庭教師はより良い学校へ進学する為の、1つの補助的な手段ですわ。」
特に理由のない限り、全国民は数年間学校に通うのが、国民の義務らしい。また家庭教師は、補助的な役割でしかないようだ。僕達貴族にとっては不便な義務だが、国民全てが学校に通えるというのは、国の豊さを象徴するとも言えそうだ。
家庭教師を雇えない庶民が学校に通う、そういう偏見のある我が国は、遅れを取っているようだ。日本という国とその国を含む異世界は、我が国よりもレベルの高い思想を持つ、非常に興味深い世界と言える。僕が来世で転生できるとしても、今直ぐ行けないのは誠に遺憾である。
「相変わらずトキは婚約者が絡むと、無理難題を押し付けますわよね?」
「僕を避けるカノンに会うには、他に選択肢がなかったので。リアには僕の気持ちが、まだ理解できないかな?」
「…はあ~。態々、成人の儀を選ぶとは…。腹黒な従弟が婚約者で、心から同情致します…」
「カノンは僕が婚約者で良かったと、言ってくれましたよ。」
「…はあ?…それは貴方の表向きの顔に、騙されているのです!」
「…2人共、何の話…ですか?」
成人の儀への出席を国王に願い出た僕を、第一王女グロリア殿下は難癖を付けたいようだ。ラドクール公爵夫人である僕の母は、グロリア殿下の父君である国王陛下の妹で、殿下は僕の従姉弟に当たる。『リア』『トキ』と呼ぶほど、彼女とは幼少期から親しい。リアは男勝りな性格なので、王女らしさはなく…。
僕とグロリア殿下とリョーの3人は、幼馴染でもあり同じクラスの生徒だ。普段から3人で居ることも多く、それは単に仲が良いからだけではなく、王族の護衛と僕への牽制も兼ねている。つまり…リョーがリアの護衛をし、僕に横恋慕する令嬢達への牽制も、俺達3人が集まること自体に、意味があるということだ。
今年はカノンの友人でもある、テオドール侯爵令嬢も入学した。彼女は入学早々とある公爵令嬢に目をつけられ、嫌がらせを受けていた。絡まれたところをリョーが助けに入り、2人はその直後から良い雰囲気になっている。
リョーもテオドール公爵令嬢も、未だ誰とも婚約しておらず、恋仲になっても何の問題はない。既に騎士として活躍し始めたリョーは、婚約者がいない優良人材として、貴族令嬢達に人気がある。僕個人としては、心優しいテオドール侯爵令嬢を、推奨したい。
「…はあ~。騎士のリョーは信頼できますけれど、女心はちっとも分かっていませんわ…」
「…へっ?……女心?」
「リョー、気にするな。リアは君に、八つ当たりしているんだ。自分が思い通りにならず、イライラして…」
「…リア様が、八つ当たりを…?」
「…し、失礼ですわね!…八つ当たりではありません!…テオドール侯爵令嬢に同情しておりますの。リョーがあまりに、疎いものですから…」
「……っ!?………」
このメンバーで居ると、大抵はこういう流れになる。リアは僕を腹黒従弟だと決めつけるが、決して大袈裟ではないだろう。自分でも腹黒いと思うし、以前のカノンは否定するだろうが、今はカノンも思っている節がある。リアがこうしてリョーに絡むのも、彼の人の良い性格を心配してのことだろう。
リョーもカノンと同じく、前世の記憶を持っている。前世を知る度に、芯が強くなる彼女に対し、リョーは前世を知る度に、お人好しになっていく。騎士としての力量は文句なしでも、これでは隙ができてしまう。
前世のリョーは、一般国民だったとか。穏やかで面倒見の良い性格は、此処で生き苦しいだろう。もっと強欲にずる賢くされど正直に、幸せを掴んでほしい。自分の大切な人達を守る為に……
…今の彼は、僕にとっては親友だ。例え未来で、僕達の縁が切れたとしても。
久々にトキ視点です。前半は、トキが王立学園に入学する直前から、現在へと続いていく形になります。後半は、現在進行形の学園でのトキ達と、いう形式になっています。前半の一部、過去と現在が交差していますが……
今回は新しい登場人物として、シャンデリー王国の第一王女殿下『リア』が登場しました。正式名は、グロリア・シャンデリーです。尚、乙女ゲームに登場する人物かどうかは、次章で判明する予定。




