彼の日記2
5月20日
相変わらず特に変わったこともなく、記憶も戻らない毎日が続いている。でも今日は少し面白いことがあったよ。
僕は最近勘が鋭いんだ。記憶が無い分無駄な先入観もないし、第六感みたいなのが強くなったのかな。それで、何か変わった出来事があるとそれが起こる少し前にピンとくるんだよね。この話はまた詳しくするとして、今日のお昼のことだよ。
同じ病室のみるちゃんと僕はいつものようにとてつもなく薄い味のご飯を食べ終わって、うとうとしていたんだ。みるちゃんは暇な時、いつも紙に絵を描いている。今日もご飯を食べ終わってから、絵を描いていた。そろそろ何か話してみようと彼女の方を見たとき、ピンと来たんだ。何かが来るって。
そしたらどうだ。この病室内に勢いよく大きな雀蜂が入ってきた。ブーーーンと機械に負けないくらいの低くて不快な音を部屋中に撒き散らす。みるちゃんは虫が苦手だったみたいで、今まで聞いたことのないような声で叫び出した。
ぎゃぁぁぁぁ、って。
病室内はパニックだ。急いで看護師さんがやってきて退治してくれたんだけど、彼女のあまりの動揺の仕方に僕は緊張が解けたのかくすっと笑ってしまった。
今笑ったでしょ?
とみるちゃんが顔を真っ赤にして怒ったから、僕は苦笑しながらごめんごめんと謝ったよ。彼女はしばらく恥ずかしそうにして怒っていたけど、なんだか距離が縮まった気がしたよ。怒ってはいたけど、あんなにフランクに笑う彼女始めて見た。
6月10日
やっぱりそうだった。
僕には驚きの能力があるんだ。今日確信した。こんなこと言うと笑われるかもしれないけど、それは予知能力だ。
予知能力っていうとすごく現実離れしてSFっぽい感じだけど、僕のはそんなに確固たるものじゃないんだ。せいぜいデジャヴ程度。だけど確実に能力があるのは確かだ。
最初にそれを感じたのは、4月の真ん中くらいかな。ベットの上で退屈な猫みたいにだらだらと過ごしてたら、看護師さんが銀の薄いプレートにたくさんの医療器具を持って病室に飛び込んできた。その瞬間、看護師さんは女の子のベットの足に引っかかって、派手にこけた。がっしゃーーーん。
棚のグラスが全部落ちたみたいに鋭い音が、病室の隅々に刺さった。これが最初のデジャヴ。
僕はこの光景を前にも見たことがあった。それは夢の中なのか、それとも目覚める前なのか、本当に予知能力か、わからなかったけれど、確かに目で見た記憶だった。そんな気がしてやまない。構図から音からそっくり、知っていたことなのだとはっきりわかった。これは直感だよ。でも記憶のない僕にとっては、どんな直感でも大切にしたいと思った。
それからというものの、僕の脳は何かに目覚めたように、何か突飛な現象が起こる3秒くらい前に、その現象が目の奥で映し出されるようになった。
前に書いた蜂の話もそうだ。あの時はただの直感だと思っていたけど、あまりに回数が多過ぎる。
例えば病院の先生がコーヒーをこぼす時、隣の病室のナースコールの音、女の子がご飯をむせる時、隣の部屋の患者が重篤に陥る瞬間。
わかるのがぎりぎりすぎてまだ現象を予防したりはできないんだけれど、日に日に予知できる瞬間が増えている気がする。
僕は記憶の代わりに、とんでもない能力を手に入れてしまったかもしれない。