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RPG  作者: やゆよ
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彼の日記1

5月1日

日記の初めって、どう書いたらいいのかわからないよね。手紙を書くなら、こんにちは、お元気ですか、とか。自分に向けて書くなら、今日はね、とかかな。まあなんでもいいや。僕は今日から日記を書きます。これは病院の先生から言われたんだ。少しでも気持ちを整理するために書くといいよって。この日記で何か変わるといいな。


僕には記憶がない。


目が覚めたらこの病院だった。瞼がすごく重くて、ゆっくり目を開けたら周りが全然見えなかった。ルーペで世界を見てるみたいだった。しばらく目をぱちぱちしていると、だんだん天井の模様が見えるようになってきた。それで今度は顔をぐっと横に倒すと、看護師さんが幽霊を見たみたいに硬直して、口をぱくぱくしていた。面白かったよ。死にかけの魚みたいだった。(看護師さんごめんなさい)


それからみんな大騒ぎで、病院の先生が僕にたくさん質問したんだけど、僕は何にもわからないからとりあえず、わからないです、とロボットみたいに繰り返して、病院の人をさらに困らせてしまったみたい。


1週間ほどそんなことを毎日繰り返したんだけど何一つ思い出せなかった。積もって行くのは目覚めてからの記憶ばかり。病院の白い天井と、検査の記憶ばかり。とうとう先生も愛想を尽かして、1ヶ月経ったところで記憶回復は難しいと言う話になった。そこからはカウンセラーの先生とか、同じ病室の女の子と少し話すようになって毎日を何となく過ごしているよ。



5月14日

今日で目が覚めてから、3ヶ月が経った。相変わらず僕の記憶は何にも戻っていない。記憶が無い生活って、昔の僕に想像できただろうか。土台が無い、平均台を歩いている気分。お祭りの、ヨーヨーのような気分。


僕は神様に見世物にされているんじゃ無いかって、時々思ったりするよ。僕はよくあるRPGの中の滑稽な主人公なんじゃないかって。


人間誰しも生きてきた時間があって、それに比例するように体が成長したり、知識が増えていくからちゃんと自分が昨日も生きてきたとわかるんだよ。

だけど僕はどうだ。生まれてから二十数年間の記憶がごっそりない。あるのはこの3ヶ月の思い出。ほとんどが病院の白で埋め尽くされた思い出。それと何の関係もない体。今まで生きてきたことについて何も語らない体。

重みが無さすぎて、このまま僕はまた記憶を飛ばされてしまうんじゃないかと、時々思うんだ。風船みたいに。前もこんな生活だったのかな。


僕は誰なんだろう。


5月20日

今日は僕の嫌いな脳の検査があったんだ。目覚めてからどんなことがあったかを事細かく説明しながら、脳波を測る検査。今のところ目が覚めてからは異常なく記憶が続いているけれど、この検査はいちいち面倒臭くて嫌いだ。


とはいえこの病院での生活も少しずつ慣れてきたよ。それは僕と同じ部屋にいる女の子のお陰なんだけどね。僕の病室は2人部屋なんだ。でかい機械に繋がれて、四六時中それが唸っている。


最初は寝れなくて大変だったよ。それまで寝たきりだったなんてとても信じられない。まあその機械がないと僕たちは生きて行くことすらままならないらしいんだけど。

特に女の子。僕は常にこの機械が必要ってわけじゃなくて、1日の内4時間くらい時間があればいいんだけれど、女の子の方は1日のほとんどをこの機械に頼っている。この機械は彼女の臓器なんだ。


そんなことを女の子から聞いた。みるさんと言うらしい。本名はわからない。というか教えてもらえなかった。なんて呼んだらいい?と聞いたら、彼女は自分のベットについてある札を指差した。


彼女のベットの札にはM-3-Aと書いてある。クラス番号みたいだ。この病院ではこんな風に番号で患者を管理しているらしい。僕はまだ外に出たことはないんだけれど、この病院は何しろすごく大きくて、高性能な機械で先端医療が行える国内屈指の病院らしい。ただの記憶喪失の僕がこんなところにいていいのだろうか。


いくら患者が多いとはいえ、ルームメイトをM-3-Aと呼ぶのは気がひける。何かあだ名がないか聞いたら、みる、と答えた。

僕も名前がわからないし、とりあえず猫が好きだから、みけ、と呼んでもらうことにした。


彼女はずっと前からこの病院にいるらしく、何度も何度も同じ1年を繰り返している、毎日退屈だ、と悲しそうに笑った。何と励ましていいのかわからなかった。

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