彼女の日記4
9月14日
医師から隣の部屋の3-Dの復元に失敗したと告げられた。またか。もう4度目だ。
3-Dには私たち記憶障害部門の中でも、特に精神的に不安定な患者が入るが、あそこはいつも失敗だ。
不安定な記憶を安定的な記憶に書き換え置き換えた記憶があたかも今まで体験してきたものであるように置き換える、いわゆる記憶の置き換え実験を行なっているが、何しろ生まれてからの記憶をそっくりそのまま移し替えるとなると、情報量が多過ぎる。今までの研究から、思い出す情報量が多ければ多いほど、入れ替える情報量が大きければ大きいほど、母体の体が持たずにおかしくなることがわかっている。患者の自我を保ったままあの情報量を処理するにはどうすればいいのだろうか。
11月10日
みけの精神が不安定だ。昨日の夜中、みけがナースステーションで暴れたらしい。去年と比較して±0日。いいペースだ。
泣き喚きながら、僕の記憶はいつ戻るんですかと看護師にすがりついたそうだ。ナースステーションに侵入して、パソコンを叩いたとも聞いた。彼に何があったのだろうか。少し焦りが出たのだろうか。まあ毎年のことだが。
11月22日
医師から去年の医務資料が無くなっていると報告を受けた。監視カメラにはみけの姿が映っていたそうだ。ということは、彼は逃げ出した3-Bの正体にも気付いているだろう。しかしそれに気付いたところで混乱しか起こらないだろうが。彼は自分が去年まで病院にいたなんて微塵も考えた様子がなさそうだ。
10月28日
今日、みけに実験のことについて聞かれた。見返してみると、去年と比較して+1日だ。いい調子で記憶を回復している。やはり去年と同じように相当なショックと怒りを覚えているようだ。感情が強いせいか、この日はいつもデジャブがあまり起こらないようだ。まさか自分がこの病院1番の記憶置換実験の被験体だなんて一生気付かないように感じる。滑稽だ。なんて滑稽なのか。彼はまさに呪われているとしか言いようがない。
12月10日
不安期に入ったようだ。去年と比較して+-0。素晴らしい成果だ。しかし今日はデジャヴを一つ演じ損ねた。私としたことがこういうこともあるようだ。いくら私に去年の記憶が鮮明にあるとはいえ、去年と全く同じ時間、タイミング、声色、シチュエーションでデジャヴを演じるなど無理がある。しかし医師としては前の1年以上の記憶を鮮明に持ち合わせている私がいるのは都合がいいらしいし、せいぜい怒鳴られる程度で済まされるだろう。
この一年、主なデジャブを私たちはあたかも偶然であるように演じてきたわけだが、彼は見事に自分に予知能力があると信じ切ったようだ。自分が重要な被験体であることも全く思い出せないらしい。
まさか印象的なデジャヴを毎年同じ時間に演じる事で、去年の記憶を誘発しているなんて思わないだろう。こんなフィクションのような手間のかかることは、余程の実験施設でないと行われない。
話を聞く限り彼は去年の記憶を断片的ではあるが回復しているようだ。ずっと前に流れ星を見たが、あれも去年と同じ日だった。まさか気象現象はこちらが操作しているわけではないし、こちらは何のトリガーも用意していなかったが、彼は去年私とあの景色を見た事を断片的に思い出したのだろう。
この不安期を越えれば一気に記憶が蘇るはずだ。少し心配だが今回はできるだけ長く記憶を保てるといいと思う。
12月11日
彼がデジャヴ行程表を見たようだ。折りたたみ方が違った。去年と同じ畳み方だった。彼が何度も何度も同じ一年を、同じ行動を繰り返していると知ったらどう思うだろうか。やはり相当なショックだろう。記憶が無いというのは本当に恐ろしい。




