彼の日記6
10月28日
今日、思い切ってみるちゃんに聞いてみたんだ。例の患者の悲鳴のこと。復元に失敗したとはどういうことなのか。みるちゃんには言っても大丈夫だ、そんな気がした。
みるちゃん曰く、僕が迷い込んだこの病院は大きな医療機関だけれど、同時に重要な研究施設でもあるそうだ。
病院を徘徊したことはないのだけれど、ここにいる患者はみんな重篤なものばかりだ。それは病院の先生の会話や、廊下に蔓延っている雰囲気でも何となくわかる。
これはみるちゃんから直接聞いたんだけど、やはり何年もここで過ごしている患者が多いみたい。世界的に珍しい病気や、まだよく確認されていない病気の患者も多いらしい。この病院はそういった珍しい病状の患者を受け入れる代わりに、データを貰っているらしい。治験とか、そういう感じかな。
例えばみるちゃんは、小さい頃に僕と同じような記憶障害を起こし、ここに引き取られてきた。それまで身寄りがなかったかどうかはわからないが、目覚めてからも親族らしき人間は現れず、身体の方も良くなることがなく、ここで生きるしかないのだそうだ。
そういった患者からデータをもらう代わりに、入院代や治療代を安く抑えてもらっているらしい。他で生きる術が無いからこそ、自分を一つのデータとして差し出しているわけだ。
そして怖いのはここから。
このデータを差し出す患者たちだけど、中には倫理的に許される範囲外の実験体にされる人もいるらしい。基本的に精神科がこういったことを行なっているらしいけど、患者を何度も騙して困惑させつつデータを取ったり、規律の枠を超えて繰り返し投薬するケースもあるそうだ。恐ろしい。具体的な話はわからないけれど、正直身震いした。だって僕たちは患者だ。
「人間の身体はおもちゃじゃ無い、大丈夫なの?」
とみるちゃんに言ったら、
「私はここにいないと生きられない、毎日治療してるの、みけも知ってるでしょう?」と言われた。
「あなたもこのままここにいると良くない、隣の部屋の患者は間違いなく何か良く無いことをされている、身体が大丈夫なら早くここを出るべきだ」と言った。
「でもそれには目覚める前の記憶が必要なんだよ」、と言われて、落胆した。みるちゃんはここに来たのはもう何年も前で、もはや記憶回復なんて夢のまた夢だと言った。「でもみけはまだ来てそんなに時間が経ってない。みけだけでも抜け出して」って。
みるちゃんの目が少し潤んでた。
僕が記憶を取り戻せるなら。もし無事にここを出て働けるならば。もし僕が社会に復帰できるのなら、みるちゃんの治療代を払って、記憶は無くてもここから連れ出すことができるかもしれない。そうしたら、みるちゃんは家でも他の病院でも好きな場所で生きていけるのかもしれない。そう思うと急にやる気が出てきた。絶対に記憶を取り戻す。
僕はみるちゃんを連れ出したい。
みるちゃんは時々とても寂しそうに笑う。僕はこの病院の精神科には脳の検査くらいでしか行かないのだけれど、みるちゃんはしょっちゅう呼び出されている。もしかしたら、既に何か酷いことをされているんじゃないかと不安になった。
僕はやっぱり、みるちゃんを連れ出したい。
こんなところから早く抜け出したいと思った。
しかし抜け出すには記憶が必要だ。僕は一体誰なのだろう…




