Ⅷ-Ⅲ
遅くなり、大変申し訳ありませんでした。
ブックマーク並びに評価をして頂き、本当に有難う御座います。
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「殿下、『影』からの情報が集まりました」
宰相が持って来たのは一つの紙の束。
『影』が集めて来た情報の報告書だ。
「誘拐の目撃情報はありませんでしたが、サルードワイズ公爵の馬車が、猛スピードで誘拐されたと思わしき場所の近くを走り抜けて行ったとの情報がありました。行先は過ぎ去った方向からして公爵邸かと思われます」
「有難う。でもこれだけじゃ誘拐されたと証明出来ない。何か別の件で捕らえて邸宅の捜査に乗り出すか?」
「しかし殿下。公爵はまるで狸のような御仁。早々尻尾を出すとは.......。それに、現在調査中の別件でも確実な証拠は上がっていません」
「完全に手詰まりじゃないか」
クラウドは如何したものかと悩む。
手掛かりはリーラがクラウドに見せた記憶だけ。
主犯がサールドワイズ公爵だという確固たる証拠はなく、完全な手詰まり。
リーラの『夢見』は一人ずつにしか見せることが出来ず、未だ成体となっていないリーラにそう何度も出来るものではない。
それに、また使えるかも分からない。
使えるようになるまで待っている時間なんてない。
リーラの反応から未だシェリアが生きていることは分かるが、何時殺されても可笑しくない。
「僕の所為か........」
分かっていた。
何時かはこうなることぐらい。
平民であるシェリアのことを事実上の婚約者にするのはあまりにも危険過ぎた。
何故か所作は貴族のようだったが、勉強熱心な彼女のことだ。
何処ぞで習う機会にでも恵まれていたのだろうと思っていた。
しかし、実際に貴族社会で生きて行くのとは訳が違う。
貴族は腹黒集団の集まりのようなものだ。
平民のシェリアはそれに耐えられたとしても、万が一の時の対処法など本で読んでいたとしても動ける筈がないのは百も承知だった。
「『嘆いている暇があるならば、前を見て進め。成すべきことを成せ』」
「!」
「彼の文豪、スミス・ルーライラの言葉です」
スミス・ルーライラ。
既に故人であるが、ミステリ界の女帝とも呼ばれた人物だ。
そういえば、宰相は彼女の大ファンだったことを思い出した。
「殿下、貴方が今なすべきことは分かっていますね?」
「言われずとも。宰相、公爵家において此方の協力者となりそうなものを『影』に探させろ。潜入は無理だとしても、素行調査なら出来るだろう」
「畏まりした」
シェリア救出のための第一歩となればいいがと、クラウドはリーラを撫でながら思うのだった。
「お久しぶりで御座います、皇太子殿下。マリリア・ルド・サールドワイズ、唯今馳せ参じました」
「ご苦労だったね、マリリア嬢」
数日後、クラウドはマリリア・ルド・サールドワイズを執務室へ呼んだ。
『影』による公爵家の調査報告が上がったのだ。
その調査書には驚くべきことが書かれていた。
なんと屋敷の一部を除きそのほとんどの使用人が公爵にいい感情を抱いてはおらず、雇い主は確かに公爵だが、公爵ではなく別の者を主人としていることが分かったのだ。
その人物こそ、マリリアだった。
「却説、時間が惜しいから単刀直入に言う。君の父であるサールドワイズ公爵に誘拐されたシェリア・ファランドを救出し、公爵を潰す協力者となって欲しい」
『影』からの報告が間違いとは思っていないが、駆け引きをしている時間すらも惜しい。
「協力の申し出は此方としても大変有難いもので御座います。ですが......」
「勿論分かっている。協力してくれるにあたり君の望み、平民への降格と使用人達への新しい職場への斡旋を約束しよう」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
「有難う御座います.......ッ!」
マリリアの願いは平民となること。
マリリアには想い人がおり、その想い人もマリリアのことを想っている。
しかしその者は平民だったのだ。
大きな商人一族の長男であったものの身分は平民。
貴族至上主義でどうにかクラウドと結婚させたいと思っていた公爵は赦す筈もなかった。
片や一国の公爵令嬢。
片や大きな商人一族の長男といえど平民。
赦されない恋だった。
だからクラウドはこの話を持ち掛けたのだ。
「で、早速なんだけどマリリア嬢。公爵は色々と犯罪に手を染めているようだね。密輸に横領に裏の者達との癒着、人身売買、そして今回の誘拐。これだけ遣っているのに確実な証拠が一つとして掴めていないんだ」
「それもそうです。アレは蜥蜴と同じです。捕まえても尻尾を切られて終わり。鼬ごっこもいい処です」
「其処でなんだけど.......僕が言いたいことは分かるね?」
「ええ、勿論」
「じゃあ、宜しく頼むよ」
「お任せ下さい」
クラウドが頼んだこと、それは公爵の不正やその他諸々の犯罪の証拠集めだった。
公爵はとても用心深く、本当に信用している者しか傍に置かない上に、証拠は確実に何処か分からない場所に隠してあるとみて間違いはない。
『影』ですらその証拠は押さえることが出来ていないということは、『影』で探せない場所。
公爵邸だけだった。
相手はあの公爵だ。
どんな些細なミスも許される相手ではなかった。
秘かに侵入することが出来なければ如何するか。
元から中にいる人間に持って来てもらえばいい。
本来ならもっと時間をかけて行くべき案件だったがそうも言ってられない。
尻尾を出した今しか好機はない。
後はマリリアが持って来る情報待ちとなったのだ。
「これが私が集めるだけ集めた証拠で御座います」
「有難う」
渡された証拠は裏帳簿や密書などだった。
その数は数十枚にも及ぶ。
「よくこれだけ持って来れたね。偽装の方は大丈夫なのかい?」
「ええ、其方も抜かりは御座いません。未だ一部に過ぎませんが、流石に全部は.......。しかし、証拠としては十分かと」
「ああ、勿論だ。本当に有難う。これで公爵を叩ける。宰相、これらを急いで解析に回せ。証拠としてより確実なものにしろ」
「御意に」
これで全てが終わる。
そう三人は思っていた。
しかし事態は急変するのが常というものだ。
届いたものは吉報ではなく凶報だった。
クラウドの執務室の急いで入って来たのは宰相と一人のメイド。
メイドは美帆といい、マリリアの専属メイドで、マリリアからの伝言を伝えに来たという。
「お忙しい処お時間を下さり、大変有難う御座います。時間がないので率直に申し上げますと、マリリア様が屋敷に軟禁状態となり、屋敷にいる旦那様の配下の者により監視されている状態で御座います。そしてこのままでは数日もしない間にファランド様は人買いに引き渡され、異国へと売られてしまう可能性が非常に高いと思われます」
「.......詳しく話してくれ」
「は。先ずファランド様に関してですが、昨日屋敷へ一人の男が参りました。盗み聞いた話によりますと、男は如何やら人買いらしく、話されていた買われる者の『黄色味のある茶髪で、琥珀色の瞳』という特徴からファランド様のことかと思われます。引き取りにもう一度男が来ることになっている日は一週間後。その前に救出しなければ」
「シェリーに手が出せなくなる」
「左様で御座います」
国によって様々だが、奴隷についての法律が存在している。
ラインツ皇国では『奴隷規制法』というのもがあり、内容としては基本的に奴隷の売買は禁止とされている。
しかし、何事においても例外というのもはある。
『奴隷となる者は自らの意思によるものでなければならない。売る者買う者買われる者の合意なしに売買をしてはならない。奴隷となった者にも法で定められし人権が適応される為、買った者の所有物であることには変わりはないが、彼の者の人としての人権を侵してはならない。奴隷を辞めたいと彼の物が申し出た時は決して拒否するべからず。以上の事項を犯した者、又隠匿した者は死刑、流刑、終身刑の何れか一つとし、被害者に対してそれ相応の対価を支払うこととする。被害者となった奴隷は保護した後に医療的治癒及び社会的復帰を国が支援するものとする』というものだ。
これにより奴隷の生活は一変し、人としての地位が上昇し、今では奴隷は死語となり代わりに『一生涯従事者』と名を改めた。
この制度を使用する者の大半は家に仕送りをするためになる者が多い。
手続きの仕方としては町の役場を通すためクリーンなところばかりな上、奴隷を辞めたとしてもそのまま屋敷で雇ってもらえるケースが大半なので、小さな村なんかでは頻繁に使用される。
中にはたまにだが養子縁組もあるらしい。
勿論マッチングの関係もあり直ぐとはいかないが、就職率は極めて高い。
しかし、役場を通さず、同意なしに行われる裏の取引が存在する。
此方は完璧なる人身売買である。
年々その件数は減っているものの、全てなくなってはいない。
今回の人買いはそういう類なのだろう。
裏の一階に売られた場合、その足取りを辿るのは難しい。
『影』を使えば造作もないし、囮捜査でもワザと売られるのはよく用いられる手だが、その場合囮役は腕の立つ人物だ。
シェリアに武道の心得があるとは思えない上、マリリアの情報によると薬を盛られており、思考はハッキリしているとはいえ未だに体が動かせない状態らしく、そんな状態での逃走は非常に厳しい。
「だからこその今か.....」
「はい」
屋敷の方が未だ味方が多く、公爵側の人間も少ないので、売られる前に連れ戻さなくてはならない。
「そういえば、三日後に会議が入っていましたよね?」
「うん、そうだけど.........そういうことか」
「はい」
「如何いうことでしょうか?」
「実はね、三日後に結構重要な会議が入っているんだ。その会議に公爵も出席するんだ。つまりはその日の会議の時間帯は公爵が確実に屋敷にはいない。護衛もきっと会議に着いて来るだろうから脱出の一番の好機だ」
「成程......畏まりました。すぐ様手配させて戴きます」
「うん、有難う。それと、マリリア嬢は如何かな?」
「ご心配戴き、有難う御座います。おそらく旦那様の何らかの勘が働き一時的に軟禁されているだけでしょう。今までにもこのようなことがありましたので。偽装の件も様子からして未だバレてはいないようです」
「そう、有難う。じゃあ、頼んだよ」
「畏まりました」
時は過ぎて三日後。
会議の日だ。
クラウドと宰相は何時ものように振舞っていた。
来ている貴族ににこやかに握手を交わし挨拶をする。
来ている貴族の中には勿論サルーズワイド公爵の姿もあった。
「これはこれは皇太子殿下。お久しゅう御座います。ご機嫌は如何ですかな?」
「サルードワイズ公爵、ようこそおいで下さいました。皇太子として精進する日々ですよ。公爵は最近は如何ですか?」
「それは大変宜しゅう御座いますな。わたくしは最近悩み事が増えましてな。いやしかし、それももうすぐ片付きますがね」
「それは良かったじゃないですか。私は最近大事にしていたものをなくしてしまいまして。意気消沈しているのですよ」
「それはそれは......。早く見つかることをお祈りいたします」
「有難う御座います」
時間になり会議が始まった。
隣国間の関係についてや災害についてなど。
「では、これにて会議は終了致します。お疲れ様でした。この後は予定もありませんので、皆様、お気を付けてお帰り下さい」
会議は二時間にも及び、貴族達が談笑しながら会議室を出ようとしていた。
クラウドは脱出組のことが心配だった。
脱出出来たら王宮へ来るように言ってあるが、来ているだろうかと、それだけが気がかりだった。
「殿下」
そんな中、一人クラウドを呼ぶ者がいた。
「サルードワイズ公爵」
其処にいたのは薄気味悪い笑みを湛えた公爵の姿。
クラウドはそれに笑顔で答える。
「如何かされたのですか?」
「いやなに、少し気になったことが御座いまして」
「気になったこと?」
「はい。殿下の婚約者候補様の事で御座います」
クラウドは驚いた。
まさか向こうから話を持ち掛けてくるとは思わなかったからだ。
「彼女が如何かしましたか?」
「いえ、最近殿下があれほど足繁く通っていた図書館へ行かず、婚約者候補様は出勤すらしていないと聞きましたのでな。如何なされたのかと」
「彼女がいない図書館に用はありませんし、彼女は今休暇を取り実家の方へ長期帰省をしているだけですよ。なんでも家族の方が危篤状態なのと友人の結婚式が重なったとかで」
「それはまた真反対な」
「彼女も驚いていましたよ。ですが危篤の方は如何やら嘘だったようで、結婚式の方に出席して来ると。それに最近休んでいなかったので有休消化の目的も兼ねてらしいですよ」
「..............」
公爵は一体何を考えているのだろうとクラウドは考える。
自分が誘拐しておいて此処まで話が紡ぎ出されて驚いている.......なんてことはないのだろうとは思うが。
「そうそう、殿下。殿下が失くされたものは如何様なものなのですかな?出来れば探して差し上げたいと思っているのですが」
話をコロッと変えて来た。
これは少しは動揺しているのだろうか。
しかし公爵のポーカーフェイスが崩れることはない。
「ええ、本当に大事にしていたのですが、なくなってしまって........。公爵でしたらきっとご存じでしょうね」
「...........何のことでしょうか」
「隠さなくても大丈夫ですよ。もう全て分かっていますから」
「.............成程。マリリアですな?」
「さぁ」
「話は読めましたぞ。あの女を助け出すお心算ですな。しかしそれは如何でしょうかねぇ」
「如何いう意味ですか」
公爵が本性を現した。
気持ちの悪い笑みからまるで舌なめずりをする悪魔のようだとクラウドは思った。
「わたくしは今回護衛を連れて来てはいませんぞ?これが如何いう意味なのかは賢い殿下ならばこの意味がお分かりになるのでは?」
「!」
公爵の言葉が真ならば護衛として来る筈だった2人は今何処にいる?
答えは1つしかなかった。
公爵邸だ。
「考えが甘かったようですな、殿下」
公爵の顔はまるで勝ち誇った悪魔のようで、実際勝ったと思っているのだろう。
しかし.........。
「公爵、話というものは二転三転して当たり前なのをご存じですか?」
「?.........!?」
会議室へ入って来たのはさっきまで会議をしていた面々だった。
その中には国王も含まれている。
「これは、一体......ッ!」
「自分の置かれている状況が分かっておらぬようだな、サルードワイズ公爵」
「陛下.....」
クラウドが部屋に紙束を放り投げると、纏まっていない紙達はバサバサと地面に舞い落ちる。
公爵はその紙を取って見ると、顔を青ざめさせた。
「公爵ならばこの内容が分かるでしょう。ご自分の遣った犯罪の証拠なんですから。勿論内容は此処にいらっしゃる方々には既にお読み頂いています」
「今回の功労者は『影』達と宰相とマリリア嬢だからね」
「大変でしたよ。この三日間、彼方此方を駆けずり回りましたから」
今から三日前。
話し合いが終わったあとの話だ。
クラウドは直ぐに宰相や『影』達に洗い終わっている犯罪の証拠を纏めさせ、会議に出席する貴族は勿論、全ての貴族に纏め終わった書類を届けさせた。
王家からの正式な書面で、「サルードワイズ公爵にバラしたりしたら同罪だし、『影』が見張っているからね」という手紙付き。
これには流石にサルードワイズ公爵側の貴族も従わざるを得なかった。
サルードワイズ公爵を差し出せば自分の家に被害はない。
結局は己が身が可愛いのだ。
「まぁ、そういうことなんだよ。公爵の味方は一人としていなくなったし、言い逃れなんて出来ないしさせないよ。公爵の家にある書類は偽装されたものだから本物は此方で預かってある。だからさっさとシェリーを解放しろ」
「........フフ。フハハハハハハハハハハハ!!未だだ。まだ終わってはいないぞ!貴様の大事な婚約者候補は今頃私の部下が捕らえて殺しているだろう!」
「何を....」
「私が定時刻に帰らなければ女は殺せと指示してある。時刻は正午だ!!」
会議室にある時計を見ると後数分で正午になろうとしていた。
「直ぐに兵を動かし、サルードワイズ公爵邸へ向かわせなさい!自体は一刻を争うのです!」
宰相が兵に言う。
兵が急いで行ったが間に合う訳がなかった。
「貴様は貴様の所為で己の愛した者を失うのだ!ハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「貴様、よくも.....ッ!!」
クラウドは公爵の胸ぐらを掴み上げる。
その顔は怒りに染まり、何時も笑顔を絶やさなかったクラウドは其処にはいなかった。
その時、正午を告げる鐘が鳴った。
何時も聞き慣れている筈の鐘の音は、絶望というものの足音のように聞こえた。
会議室にいる全員がシェリアの死を確信していた。
「シェリアァァァァァァァァァアアアアアッ!!!!」
会議室にクラウドの叫びが響いた。
「あの、勝手に殺さないでくれませんか?」
一人の女がそう言った。
此処まで読んで頂き、本当に有難う御座いました。
これからも頑張って投稿して行きますので、宜しくお願い致します。