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「ふう、やっと止まったか。くっ、酷い痛みだな」
そう、エクレールを黙らせたのは、イグニースの仕業だった。
イグニースはエクレールと主従の契約をしており、二人の結びつきは人間同士の単なる主従関係よりも強い。
イグニースのような意思を持つ剣は、多く存在しているわけではないが、他にも幾つかこの世に存在している。その全てが、例外なく、己の主は己が決めなければいけない決まりに縛られていた。
意思を持つ剣は、その一つ一つが使い方によっては世界を破滅へと導く可能性を秘めている。そのため、主となる者は単なる所有者ではなく、いざとなれば剣の暴走を止め、本体を破壊するだけの強さを持つ者である。逆に、主が悪しき考えを持ち、世界に仇なすようになったならば、剣がその命を絶つことができる力を持つ。
互いの命を持って、牽制できる相手とみなすこと――それがエクレールとイグニースの間で交わされた主従の契約であった。
それほどの強さで結びついているため、二人は、幾つかの特殊な能力を互いへ行使することができる。今もイグニースがその力を使い、エクレールの精神へと干渉し、頭部に痛みを感じるよう仕向けたのだった。
もっとも、この方法は、痛みを感じるはずのないイグニースにまで衝撃がくるため、最終手段であった。その代わり、威力はかなりのもので、副作用を鑑みても効果は抜群である。
ちなみに、今とは逆に、エクレールからイグニースに干渉して痛みの疑似体験をさせることも可能だが、ついぞ実現したことはなかった。
「い、痛ぁ……」
エクレールは小さく呟くと頭を押さえてしゃがみ込んだ。
しばらくそのまま襲い来る痛みに耐え忍んでいたが、痛みが弱ったのを見計らい、涙を浮かべながらも、恨みがましい目で腰に差したイグニースを見やる。
声を抑えながらも、憤然と抗議する。
「ちょっ、イグ、すっごい痛いんですけど」
これなら魔物に傷つけられた方がマシだ、などとぼやいているエクレールに対して、イグニースはしれっと言い返す。
「お前がまた悪い癖を出したから自業自得だな。うら若き女性を見るとすぐに口説く癖をいい加減直してもらえないか……」
「悪い癖ってなにさ。だって、あんなに可愛い人がいたら、褒めてお茶に誘うのが礼儀でしょう? まったく、イグってば不感症じゃない?」
「……どうやら、他の術式もくらいたいようだな」
距離が近くなったため、ここぞとばかりに説教を始めたイグニースに、エクレールもこそこそと言い返す。
だが、ついつい余計なことばかり言ってしまい、それが更なる逆鱗に触れてしまったようで、イグニースの口調に剣呑な響きが混じる。人間だったらば、にっこりと音がついた笑みを浮かべそうなイグニースの声に、エクレールは冷たい汗が背中を伝っていくのを感じた。