5
ブックマーク登録、評価ありがとうございます。
これからもがんばります!
改めて、女性へと目を向けた少女はにっこりと、それこそ天使のような笑顔を浮かべた。
――ああ、遅かったか。
悪癖が発揮されないようにと、イグニースは天に祈っていたが無駄だったらしい。既にエクレールの瞳は爛々と獲物を狙う肉食獣のように輝き始めていて。イグニースは頭を抱えたくなった。あいにく、抱えるための腕も頭も持ち合わせていないのだが。
女性は、エクレールの姿を見とめると一瞬目を丸くして彼女の連れを探すように視線を彷徨わせた。たが、少女が一人で来たのだと分かると、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、エクレールへと向き直る。
「本日はどのようなお仕事をお探しですか? 貴女のような可愛らしい女の子に紹介できるようなお仕事はあったかしら――」
先程まで、空腹から緩慢な動きをし、倦んだ空気を出していたはずが、微塵も感じさせない雰囲気でエクレールは微笑んだ。今は心なしか背筋まで、ぴんっと伸びているようだ。
「私よりも、貴女の方がよほど可愛らしいですよ、素敵なお姉さん。このむさ苦しい男共が集まるギルドなんて貴女にはそぐわないのではないですか? 榛色の髪も瞳も、はにかんだようなその笑顔も、まるで可憐な百合の花のようだ。ねえ、お名前を教えてくださいませんか? それから、こんなごみ溜めのような男共の相手などさっさと終わらせて、私と一緒にお茶でもいかがです?」
「え、あの……」
「ああ、失礼しました。まだ名乗ってもいませんでしたね。私の名前はエクレール=ベネディクトゥスといいます。どうぞ、エクレールと呼んでください、可愛い人」
エクレールは女性が口を挟もうとするのを遮り、そのまま、流れるような動きでカウンターの中の女性の手を取ると、健康的に日焼けしたその甲へとすっと口づけた。
突然の出来事に、女性は目を白黒させたまま、固まっている。ギルド内にいる者たちも同様だった。
その中で唯一、この事態に慣れているイグニースは、エクレールを止めようと構えたが、このような静かな空間で声を出すことは、悪目立ちしてしまう。
仕方なく彼女を怒鳴りつけるのを諦めたイグニースは、思考の中でエクレールを罵倒し続けた。このエクレールの悪癖に出会う度、イグニースは自身が選んだ相棒は本当に正しかったか、自問自答したくなる。
一方、エクレールから言い寄られた女性はしばらく茫然自失としていたが、はっとしたような顔をすると、少女の手をそっと外した。男たちからのナンパや、下品な揶揄いには慣れているのだろうが、こんなにも美しい少女から向けられると、勝手が違うのだろう。
だが、困ったような表情をしながらも、さすがは荒事にも対処できるギルドの受付というべきか。やんわりと微笑みつつも、毅然とエクレールへ注意をする。
「えっと、エクレール……?褒めてくれてありがとう。でも、申し訳ないけど仕事中だし、ナンパは止めてもらえるかしら」
もっとも、斡旋所の常連たち――つまり、普段の女性の断り文句を見ている者たち――からすれば、常の対応よりも、数倍は優しい対応だったようだが。
「そんなつれないことを言わないで下さい、美しいひ……うぎゃっ」
エクレールの更なる口説き文句を遮ったのは、急に頭に響いた激痛だった。まるで頭の中を針で突き刺されまくるような激痛は、饒舌なエクレールを一発で静かにさせる。