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この国では、年頃の娘が、生まれた町や村を出て、街道を歩くことは滅多にない。身分が農民や町民などの平民の場合は、家業の手伝いをするのが一般的であり、中には付近の店や屋敷での下働きを務める少女もいる。それでも、自身が住んでいる村や町の中での話だ。
貴族の場合はもっと極端で、家から出る場合、移動の基本は馬車であり、敷地外を歩くことなどない。王都で出掛けるとしても、そのほとんどが茶会や舞踏会などの社交の場のため。貴族街から出ることは少ない。領内でも同様に、あまり屋敷から出ることはない。
そのような世情である。平民も貴族も、年頃の娘たちは、嫁ぐ際に初めて自分の生まれた町の外に出た、というのも珍しくなかった。
唯一の例外とすれば、各地を巡り仕事をこなす冒険者には、ごく稀に女性もいる。だが、少女の見た目はそれらの職業に就いているにしては、若すぎる。
こんなにも年若い娘が旅をしているとなれば、旅芸人の一座など、ごくごく限られた素性の者だけであった。けれど、少女の格好はいわば騎士のような服装で、とても旅芸人には見えない。
この国では大抵身分によって服装が決まっているため、少女は旅の騎士ということになるが、それもおかしな話であった。
国内には、国王を護る親衛騎士団を始め、国境を守護する騎士団、各領の騎士団など、数十の騎士団が存在している。その全てが、例外なく、入団条件として十五歳以上の男子に限る、と挙げているのだ。
そのため、すれ違う人々からは、美しい娘だと感嘆する眼差しと同時に、どういった素性なのか、なぜ一人で旅をしているのだろうか、という無遠慮な視線が向けられていたのだ。
「先程からすれ違う度に、振り返られているのに気付いていなかったのか?お前の髪と顔立ちは目立つからな……布で隠しておけと何度言わせる。もしくは、見えない相手と話をする、頭のおかしな少女と思われたのだろう――まあ、どちらにせよ、注目されないようにするには、手遅れだな」
少女は羞恥に顔を染め、カッとなって言い返した。自身が名前を呼んではいけないと言ったことをすっかり忘れて。
「気付いてたんなら、早く言ってよ! イグニースのばか!! あと、頭おかしいは、訂正し――」
途端、周囲の温度が十度は下がったように少女は感じた。穏やかな春の日差しでも防げない寒気に、腕に鳥肌が立つ。
「ほう、馬鹿ときたか……お前がいつ自分で周囲からの視線に気付くかと思い、敢えて黙っていたのだが」
声は温かく柔らかいにも関わらず、まるで凍てつくような刺々しい台詞に、これ以上反論することは得策ではないと気付いた少女は慌てて首を振る。
ここでしっかりと謝っておかなければ、絶対に後々までネチネチと文句を言われる。そのことをこれまでの経験で学んでいた少女は、声の主に必死の形相で謝罪をした。
「ご、ご、ごめんなさいっ! 今度からちゃんと気をつけて歩きます」
「・・・・・そうしてもらえれば結構だ」
思ったよりも怒っていなかったようで、すぐに静まってくれた口調に、少女は胸を撫で下ろした。
「ね、ねえ、そういえばさ、本当いつになったら町に着くの? もうすぐ到着って言ってから、一刻は経ってるよ」
一応声を潜めながら、強引に話題を変えた少女のあまりにあからさまな態度に、諦めたような溜め息の音が聞こえた。けれど、それに反応すれば話題を蒸し返される。少女は聞かなかった振りをして会話を続けた。
「もうそろそろ町に着いてくれないと、お腹減りすぎて死んじゃうよ……」
情けない表情をして少女は先程から音を鳴らしている腹を押さえた。