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どこまでも続く空は気持ちのよい晴天。国で一番に春を迎えるこの地方では、街道の両脇に植えられた菜の花がすでに満開で、風に揺られている。街道を行き交う人々は穏やかな陽気につられるように、皆どこかのんびりとした歩調で歩いていた。
その中を一人だけ、まるで跳ね馬のように荒く、速い足取りで進む者がいた。
「ねぇ、イグ! いつになったら次の町に着くの!?」
足を止めずに、口を大きく開けて盛大な文句を言ったのは、少女である。
三つ編みに結わえて後ろへと流された髪の毛は、蜂蜜を溶かし込んだような黄金色。揃えて切られた前髪の下に煌めく瞳は、まるで吸い込まれそうな濃い青色をしている。すっと通った鼻筋も、愛らしい口元も、深雪のような白さの肌も、少女を構成する全てが、まるで腕のよい職人に造られた精巧な人形のように美しい。その上、すんなりとした肢体は若木のように柔らかく、しなやかであった。
十人中十人が美少女だと答えるだろう美しい少女だったが、連れの姿はなく、たった一人で街道を歩いていた。偶然、先程の少女の言葉を聞いた人が、虚空へと話しかける姿に、ぎょっとしたように目を瞠った。
温暖な気候が続く今の季節は旅に最適であり、街道には旅装した者も多い。けれども、街道を歩くのは農民たちを除けば、ほとんどが男性であり、少女のように華奢な年若い女性は珍しい。ましてや、細身ではあるが、正式に叙勲された騎士が持つような剣を帯剣しているような姿は、皆無だ。人の目にはさぞかし風変わりに映っていることだろう。
けれども、少女はその視線の意味に全く気付かず、不機嫌な様子もあらわに、もう一度、虚空へと呼びかけた。
「無視しないでよ、イグ」
「……人の名前を変に縮めないでもらおう、エクレール。私のことは、“イグニース”と、正しく呼べ」
拗ねたような表情の少女へと、一呼吸遅れてから呆れたような声が掛かる。不機嫌さを抑えたぶっきらぼうな声は、少し低めの男性のもの。しかし、声は聞こえるものの、相変わらず少女の周囲には人影がない。
エクレールと呼ばれた少女は、その声に、眉を下げて首を竦めた。その仕草は大変愛らしいものだったが、表情は険しい。先程よりも少しばかり声を潜め、少女は反論した。
「だって、イグの名前は滅多なことじゃ人に聞かれちゃだめだし、万が一聞かれたら注目の的になっちゃうから、しょうがないでしょ」
「それはそうだが……それを気にするのは今更だな。先程からお前は非常に目立っている」
「えっ!どういうこと!?」
少女は口元を引きつらせ、恐る恐る周囲を見渡した。偶々、少女と目が合った商人風の男が、慌ててあらぬ方向へと首を逸らす。他の人々も足早に少女から離れて行き、少女はそれが嘘ではなく、真実であることを悟った。