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「“陰の気を纏い、天の声を聞く”」
不思議な響きを持つ声で呟き、エクレールは目を開ける。その雰囲気は、先程とがらりと変わっていた。
例えるなら、光と影。良い意味でも悪い意味でも人から注目を浴びる存在感があったエクレールは、まるで消えた火のようにひっそりと店の一角に座っていた。今までエクレールに注目していた周囲の人たちは、誰もが彼女の方を見ることを止め、その存在を忘れたかのようだった。
エクレールが詠唱した術は、二つの呪を合わせたものだった。
“陰の気を纏う”とは、気配を消す魔術であり、常人の場合、五感ではエクレールを捉えられなくなる。
“天の声を聞く”とは、聴力を鋭敏にする魔術。一定範囲内のどんな小さな囁きでも逃さず情報を集めることができる。
これらは、普通の魔術を使う者にとっては、全く未知なはずだ。最新鋭の魔術書にも書かれていないだろう術は、イグニースから直接エクレールへと、伝授されたものだからだった。
剣の主と認められる者は、剣技に優れているだけでなく、一定の魔力も持ち合わせていることが必要条件。
なぜならば、今エクレールが使用したような特殊な術――意思のある剣によって蓄えている術が異なる――を受け継ぎ、使用することが可能となるからだ。現に、剣の主の中には、剣そのものを使うことよりも、魔力を頼りにする、魔術師も少なくない。
エクレールは剣士としての能力をイグニースに見出されたが、火と風の上級魔術を発動できる程の魔力を擁している。保持している魔力の量としては、イグニースが使える術を継ぐことは十分に可能だったのである。
魔術は、自然に漂っている要素――俗に精霊元素と呼ばれている――を、媒介にする物体に集め発動する。通常、その媒介は“魔法石”と呼ばれる、琥珀に似た様相の石だ。
一つの魔術を発動するのに、一個の魔法石が必要となり、それは術を行使する本人の素養とは全く関係がない。熟練の魔術士だろうと、見習いだろうと絶対的な必要数は変わらないのだ。そのため、魔術を使う者はかなりの数の魔法石を必要とする。
けれど、エクレールは魔法石の類を極々少数しか持ち合わせていなかった。なぜなら、イグニースから教わった術は、魔法石を必要としないからだった。
術の発動には、魔法石の代わりとして、イグニース自体を媒介にする。イグニース自体が精霊元素の塊であるため、術を行使するのに必要十分な力をわざわざ集める必要がないため、と説明されたが、エクレールはあまり理解できていない。
分かったのは、魔法石を使わないことでだいぶ節約になるということだけで、これはいい仕組みだなあ、とエクレールがうきうきしたのは内緒の話だ。
もっとも、今では使いこなせてはいるものの、イグニースから術を習得し始めた当初は、酷い有様だったが。