主人公の窮地に駆けつけるスーパーおじいちゃん(師匠)は好きですか?
「ワシはもう歳なのか?」
異世界にて数々の勇者を輩出したことで有名な、とある道場
そんな道場のお師匠様は、最近自分を年寄り扱いしてくる人間が増えたことを感じて、ご不満の様子
ちょっぴりスケベでボケてるけど、主人公の窮地に現れるお爺ちゃんキャラの前日譚は、こんな感じ
「お師匠、お茶が入りましたよ」
「……」
「お師匠、茶です!」
体術から剣術、兵法まで教え、数々の勇者を輩出したことで有名なその道場は、町はずれの山の頂上にあった。その道場に離れ家が一軒あって、ひとりの老人が縁側に腰掛けている。
反応がないので門弟は大きな声で呼びかけるが、師匠と呼ばれた男は黙ったまま遠くを眺めている。男は自分の老いについて考えていた。
見た目が少し老けただけで世間の風当たりはずいぶん変わるものだ。
先月、ハゲ隠しのために頭を剃ったとき、「貫禄が足りない」と代わりに髭を伸ばしたのが良くなかったらしい。
胡座をかいたまま、白い髭をつまんで撫でてみる。
以前はなんとか中年に見えるルックスを保っていたが、今はツルツル頭に頬からアゴにかけて白い髭。歳は60だが、中年を脱し、どうあがいても老人という見た目に仕上がってしまった。
かといって、また髪を伸ばすわけにはいかんしのぅ。毛の無い部分が目立つ以前の髪型にしたところで、今よりマシになるとは思えないのだった。
この姿になってから初めて夜の街にくり出した時のことは、今でもはっきり覚えている。
その日、女をはべらせながら酒が飲めるいつもの店に行くと、道場の門弟が4,5人遊んでいた。そこで、師匠と同じ店では気まずかろうと、踵を返してなじみのない近所の店に入ることにしたのだ。一見の店に入ることに抵抗はなかった。年季の入った自分の遊びには、自信のようなものがあったのだ。現に酒が入ってからは、武勇伝から下ネタまで、隣の席の冒険者たちまで話を聞きにやってきて、若い頃と変わらず場を沸かせた。
寄ってきた男たちも喋り始めて場が馴染んできたので、ここらでひとつ悪戯でもしてやろうかという気になった。遊び人らしく、酒が入るとひょうきんさが出てくる質である。
今考えれば、あれもまあ当然かもしれんな。そう思いながら茶に手を伸ばす。茶を持ってきた門弟はすでに消えていた。自分に声をかけたはずだが、物思いに夢中で気が付かなかったらしい。これでは「耳が遠くなった」と噂されそうではないか。遠くの庭から、稽古に励む門弟衆の気合が聞こえてくる。
席を立つときに、よろけたフリをして女の胸に手をついてみた。あくまで悪戯と分かるよう、わざとらしくやったつもりだ。手に柔らかい感触と、直後に女の悲鳴、なんだ意外とウブではないか、とからかう予定だったのだ。だがあの獣人族の兎耳娘は悲鳴などあげずに
「あらあら、大丈夫ですか?」
と言って老人の体を起こす手伝いをした。しかも娘の顔には商売用の艶やかな笑顔ではなく、実の祖父を心配するような哀れみを含んだ表情が浮かんでいた。
わざとらしさが足りなかったのかもしれんが、この見た目も少なからず……。
そんな気がしている。
労られるほど老いてはおらんのだがのぉ。一線を退いたとはいえ、今でも門弟と同じだけの修行は楽々とこなせるし、道場破りにも負けたことはない。
若い門弟は時々「ご無理なさらず」などと声をかけてくるが、いらぬ世話だと思っている。
体術、剣術、どれで戦ってもこの歳まで無敗を誇っていた。町に腕の立つ盗人や荒くれ者が出た時などは、捕まえるのを手伝ってほしいと憲兵から依頼が来るほどだ。腕が落ちていないのには自信がある。ただひとつ、若い頃と変わった事といえば、接戦になったとき、息が上がるのが少しばかり早くなったぐらいである。
だが道場を開いて以来、門弟の指導に明け暮れる毎日で、気づけば町を出ることも年に数回のみ、国の外に出たことなど一度もなかった。そんな日々を送っていると、突然、若い頃に経験したあの戦場が懐かしくなることがある。そんな戦場から早めの引退を決めるきっかけになったのは、ある不思議な少年と出会ったせいである。
数々の弟子を育ててきたが、やはりこの一番弟子が最も記憶に残っている。異界から来たとかいうその少年は孤児院育ちで、若くして剣の才能をみせていた。孤児院で働いていた知り合いに紹介されて、興味が湧いて弟子にしてみたが、これがめきめきと上達し、ついには異例の若さで師匠を追い越して各地で武功をあげはじめた。
剣の道をひと通り進んだ後は魔術にも興味を示し、ついには仲間と共に一国を救った勇者になった。その一番弟子が師匠として自分の名を広めてくれたので、勇者志望が殺到し道場を開くに至ったのである。
そういえば最近あの一番弟子はどうしておるかの。異界から来たと言うのが頷けるほど、不思議な少年じゃったが。
ふとそう思ったとき、庭で修行をしていた門弟衆の気合がざわめきに変わった。道場破りでも来たかの。そう思い縁側から立ち上がると、入り口の戸が勢いよく開いて、武具を身に着けたエルフの少年がころがり込んできた。
何者か尋ねる間もなく、少年はある勇者の使いで来たこと、その勇者が遥か遠くの国で思わぬ抵抗に遭い苦戦していることを早口で述べると、そのまま気絶した。
少年が発した勇者の名は、あの一番弟子の名であった。
この知らせを聞いて、老人は渡りに船とはこの事と思った。自分が去った後の道場のことや、門弟衆に何を言われるかなど、そんなことは考えなかった。道場を出る途中、すれ違った上位の門弟に「離れ家の者に手当を。留守を頼む」とだけ言い残し、気がつけば馬で山を下りて町を疾走していた。
馬が地を蹴るこの音のなんと懐かしいことか。
「通るぞ、のけい!」と叫びながら道を空けさせ、避けるのが間に合わない荷車などは飛び越えた。
町を駆け抜けるうち、道の両側にできた人混みの中に、目を引く顔があった。夜の店で会ったあの兎耳娘だ。娘は手に持っていたカゴを落としそうになりながら、馬上の老人を見ていた。その驚いた顔が心地よく、老人は「やあっ!」と気合を発して更に速く馬を走らせた。
後方、ちょうど兎耳の娘がいたあたりで
「ねぇ!あのお爺さんってあの時の!」
という悲鳴があがった。
馬の背に揺られながらしばらく駆け続け、気がつけばとうに町を離れていた。馬を走らせたまま振り返ると、普段は眼下に広がっていた町が地平線に並び、山の上にあるはずの道場は、雲で隠れて見えなかった。
人は誰でも、くすぶっていた後は暴れたくなるものだ。年寄ったなら、年寄りなりに暴れれば良い。
ふとそんな気持ちが湧いてきて、全身に昔の感覚が蘇ってくるようだった。その感覚を噛み締めているうちに、なんだか腰のあたりが寂しいのに気がついた。しまった、剣を道場に忘れてきた。だが、引き返すには及ばぬ。向こうに着いたら素手で何人か叩きのめして、その中から武器を選べばよい。