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第32話 いざ、地の底へ

 その道は、崖から突き出た岩によって形成された自然が作り出した道だった。

 変に体重を加えたら岩が抜け落ちてしまいそうなほどに足場は罅だらけで、当たり前だが手摺りになりそうなものは一切ない。谷底から吹き上がってくる冷たい風が容赦なく髪や服を巻き上げて、体勢を崩させようとしてくる。

 千里眼の魔法で見た時は普通の道に見えたんだけどな……魔法の力も万能なものじゃないってことだな。

 命綱もない状況で此処を下っていくのは正直言って気が引けるが、此処以外に先に進むための道がないのだから仕方がない。

「本当に、此処を下りるの……? 大丈夫なの? この道」

 行く手を不安そうな面持ちで見つめながらフォルテが呟く。

 ユーリルは一人旅をすると決心した時に色々な覚悟を決めてきているのか、不安そうな顔をしているのはフォルテと一緒だが此処を通ること自体は受け入れているようだった。

 ヴァイスはこの程度の環境など恐怖の対象にもならないようで(そもそも召喚獣に恐怖を感じるという感情があるのかどうかは謎だが)、一匹でさっさと道を駆け下り、途中でこちらを振り返っていた。早く来て、と視線が物語っていた。

 よし……行くぞ。

 意を決して、俺は一歩を踏み出した。


 谷底の方は、日の光が届かないらしい。道を下っていくに従って、周囲は次第に薄暗くなっていった。

 風が岩にぶつかって反響しているのか、唸るような音が足下から聞こえてくる。

 まるで、巨大な生き物が下で口を開けて待ち構えているような、そんな錯覚を覚える。

 世界は、広い。

 この世界には、俺が日本で暮らしていたらまず味わうことなどなかったのだろうなというどきどきが、そこかしこに転がっている。

 その感情は、少年時代などとうの昔に過ぎ去った俺を少年へと変える。

 ああ、俺は今、確かに冒険してるんだなと……実感する。

 底は、まだ遥か先にある。

 勇ましく下り坂を駆け下りていくヴァイスの小さな後ろ姿を見つめながら、俺は自分たちのことを待ち構えている闇の世界の姿を想像して気持ちを引き締めるのだった。


 坂を下って一時間。

 遂に俺たちは、谷底へと到着した。

 日が全く差さない岩ばかりの世界は、夜のように暗かった。頭上を仰ぐと空の青が遥か遠くに見えたが、周囲は黒一色。まるで黒い絵の具を叩き付けたキャンバスを見せられているようだった。

「……ライティング」

 こうも何も見えないと、動くこともできやしない。俺は掌の上に、光の玉を生み出した。

 白い光が辺りの様子を照らし出す。

 絶壁に囲まれた砂と石だらけの地面の上には、大量の荷物が転がっていた。どれも長いこと風雨に晒されていたようで劣化が激しく、踏み躙られたように包みが破れて中身がはみ出している。飲み水を入れていたのであろう袋、汚れて読めなくなった地図、すっかり固くなってしまったパンと思わしき物体──此処を通ろうとした旅人の荷物だろうか。

 持ち主付きの荷物もあった。

 おそらく、崖を下りる途中で足を滑らせるか何かして転落し、そのまま死んでしまった人間なのだろう。装備品なども丸々残った状態の干からびた死体が横たわっていた。元は若い人間だったのだろうが……そんな面影など全く残っていなかった。

 一歩間違っていたら俺たちもこうなっていたかもしれないと思うと、ぞっとする。

 無事に此処まで下りてこられたことを、改めて感謝した。

「何だか、廃墟を見てるみたい……」

 辺りに散らばった荷物を見回しながら、フォルテが呟く。

 彼女は俺の袖を引っ張りながら、身を寄せてきた。

「ハル……早く行きましょ。此処にずっといたら、何だか出そうで怖いわ」

「……出るって、何が」

「死霊に決まってるじゃない。暗いし、死体があるし、出ても不思議じゃないと思うの」

 この世界には、死霊と呼ばれるものが存在するという。

 腐っている死体や骨、実体のない幽霊など──いわゆるアンデッドというやつだ。生き物を盲目的に襲う不浄の存在で、どういう理屈で存在しているのかは解明されていないらしいが、神官が操る浄化魔法でないと消滅させることができないため妖異以上に厄介な存在として恐れられているという。

 実体を持つ死体や骨であれば高火力の火魔法をぶつければ焼き尽くすことも可能だが、幽霊には浄化魔法以外は効果はない。もしも旅先で運悪く遭遇してしまうようなことがあったら──餌食になる前にさっさと逃げてしまうのが最も堅実らしい。

 人間に害を為すのは虚無ホロウや妖異だけではないということだ。

 多分俺はその気になれば浄化魔法を使うこともできるのだろうが……幽霊なんて不気味なものにはなるべく遭遇したくない。フォルテが言うように、早いところこんな何が出るか分からないような場所は抜けてしまおう。

「皆、傍から離れないようにしろよ」

 俺は光を前方に掲げながら、岩壁の間を縫うように伸びている道を進み始めた。

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