第七話:討伐
10分ほどゴブリン達を追いかけているとアッシュの《神の眼》に反応があった。ゴブリンが17匹、そのだいぶ奥の位置にオークが4匹。先ほどゴブリンを3匹、昨日ゴブリン10匹、オーク1匹を倒したので結果この森にいた魔物はゴブリン30匹、オーク5匹いた計算になる。村長が依頼書に記した討伐数はゴブリン20匹、オーク2匹、つまりゴブリンは無視してオークを間引かないといけないわけだ。アッシュは走るのを止め、後ろからついてくるシーナを制止させた。
「どうました?」
「群れを見つけた。数からいって最低オーク2匹倒さなきゃいけない。しかも4匹固まって行動しているから・・・引き離すのも難しいし多分4匹まとめて相手しなきゃいけないかな。」
「よ、4匹ですか…。」
シーナの顔がだんだん青ざめていく。無理もない。オーク一匹とDランクの冒険者が同等の強さ、しかし彼女はEランク。今のシーナではまず勝ち目はなかった。それにはアッシュもわかってはいる。わかってはいるが勝てないわけじゃないという確信もあった。ので、とりあえず緊張をとってやることにした。
「まあとりあえず奇襲するから何とかなるよ・・・。そのためにはゴブリン達と合流させる前にけりをつける必要があるな…」
それだけではない。オークを倒すだけでなくその魔石も最低2つは回収しなければならない。もし魔石が残っておりもし冒険者たちが討伐に行ったときそれを回収されてしまったら追加の報酬を要求されかねない。だからといって逆にやりすぎてもいけない。オークがいなければ依頼内容の不備ということで罰金を要求されかねない。最悪オークがいたという痕跡を残しておかなければいけない。たとえそれが死体であっても・・・。
「で、できるんですか?そんなこと・・・。」
「俺の眼で奴らの動きを見ながら動けば奇襲もできるさ・・・あとは・・・信じてくれとしか言えないかな。」
「信じる?」
「ああ、俺の力と君の力・・・この2つをさ」
「私と・・・アッシュさんの力・・・。」
「そう、君は君が知っている以上に強い。あとはその力の使い方を知るだけだ。俺はその使い方がわかる。だから信じてほしい。・・・きっとできるさ。」
「アッシュさん・・・・・わかりました。」
シーナの顔はまだ青く不安もありそうだが瞳は昨日の夜見せた強い光を宿している。アッシュはこれなら大丈夫とゴブリンたちを避け迂回できる道へと歩を進めることにした。道とはいっても道と呼べるものではなくいうなれば獣道だ。木々の間を縫うように進む二人だが落ちた枝や音が出そうなものを極力踏まないよう最善の動きで慎重に進んでいった。
「さて、今の状態だけど・・・。」
「アッシュさん、言われなくてもわかっちゃいますよこの状況?」
今二人はオークの真後ろ20mぐらいの茂みに身を隠している。獣道を使いうまくゴブリンの群れから離れオークたちのたまり場に来た二人はそのままオークたちに気づかれぬよう後ろに回り込んでいた。ここからは時間との勝負。長引けばゴブリンたちがオークたちと合流してしまう。そうなれば何もできずに駆逐されるか逃げるしか道はない。しかも逃げれば村にまで危険が及ぶ可能性も出てきてしまう。そういった状況でオークを最低2匹撃破と魔石の回収をこなさねばならないのだ。相手のオーク4匹はそれぞれに丸太のような棍棒を持っておりその場に制止している。よく見れば何か短い鳴き声を出し合っている。どうも会話しているらしいがシーナには何を言っているかわからなかった。アッシュはこの世界の言語はだいたい知っているので何を言っているかわかってはいたがあえて聞き流しシーナに攻撃の指示を出す。
「じゃあ長く話してもしょうがない。一気に行くからシーナはさっきみたいに炎の魔法で右端のオークを攻撃してくれ。シーナが攻撃したら俺が突っ込むから余裕があれば次に左端のオークを魔法で攻撃してくれ。今のシーナだと連発はできないと思うからその2発に集中すればいい。」
「わかりました・・・さっきみたいに・・・魔力を循環させて・・・。」
シーナが右端のオークに向け右手を突き出し集中し始める。もう魔力の循環を感じれるらしくすぐに右手の先に赤い球体が現れる。それを確認したアッシュは自身の剣に《アクシオンメタモルアームズ》を施し剣を灰化させ構える。
(やっぱり才能あるなこの娘。)
「いきます!」
「おう!」
シーナ炎の魔法を右端のオークに放った瞬間、アッシュは茂みから飛び出し炎の魔法の後を追う。右端のオークが炎の魔法に気が付き振り返るときにはすでに遅く、炎の魔法はオークの右腕に着弾し炎を拭き上げ右手を焼いていく。オークは熱さから棍棒を落とし、左手で右手の炎を払おうとしているがシーナの《炎の魔力》は通常の炎と違い、放った魔力がなくなるかそれ以上の魔力で払わなければ消えることはない。
「まず一匹!!」
アッシュは慌てて炎を振り払おうとするオークの体に向け灰化した剣を投擲した。《守護者の心得》の派生ギフトである《守護者の投擲術》によって強化された投擲により剣はオークの左胸を抉るように刺さり《アクシオンメタモルアームズ》の効果によって傷口から炎が噴き出す。オークが叫ぶ暇もなく灰色の炎はオークの体を灰に変えていく。すぐにアッシュは予備の剣を引き抜き次のオークに向け走り出だした。2匹目のオークはようやく隣にいた仲間が死んだことに気が付きそれをやったアッシュに対して怒りをあらわにし棍棒を振り上げた。
「ガアァァァ!!」
「《ミラージュ》!」
棍棒を振り下ろすオークに対し分身魔法の一種である《ミラージュ》を発動させる。《ミラージュ》は自身と同じ姿、装備を魔力で構成し分身態を作り出す魔法であり本来ならば複数体分身を作れるのだが今のアッシュの魔力量では1体が限界だったようだ。一瞬、体から灰色の粒子が噴き出たしたあと灰の魔力で出来た全身灰色の分身が1体現れオークの棍棒を剣で受け止めた。灰色の魔力の塊である分身はオークの怪力をものともせず受け止めそのまま押し返す。一瞬困惑したのかオークが一歩だけ歩をさげる。それに対してアッシュはオークの側面に回り込み、顔に向け飛び蹴りを入れた。足を下げてしまったこともありオークはバランスを崩しそのまましりもちをつき倒れてしまった。
「そいつは任せる!」
とどめを分身に任せ、3匹目のオークに向かう。中央にいた3匹目のオークは棍棒を構えどっしりと構えている。このオークは下手に動けば巻き添えを食うと考え、あえて身構えて状況を見ていたようだ。先の2匹は魔力を使って攻撃したから灰化は免れない。逃げてもいいがそぶりを見せれば一気に襲い掛かってきそうな雰囲気だ。最低2体は死体を残さなきゃいけない。2匹は灰になる・・・つまり・・・。
「こっからは魔力なしで相手しなきゃな。」
後方では4匹目のオークの頭が燃え苦悶な声が聞こえている。シーナの攻撃がうまく当たったようだ。なら3匹目に集中できるとアッシュは剣を水平に構える。オークも燃えている仲間を無視してアッシュを睨み付けている。魔力への警戒か?それともカウンターを狙ってかオークは動かない。
「こいつ他とは毛色が違うな・・・この群れのリーダーってとこか」
オークに隙はない。しかし彼らはの動きは腕の振り以外は非常に遅い。アッシュは腰のベルトについた鞘をベルトから外し、左手で思い切りオークに向けて投げつけた。オークは素早くそれに反応し右手で持ったいた棍棒で縦にたたき落とす。しかしその時にはアッシュはオークの懐まで潜り込んでいた。
「まず右!」
振り下ろしたせいでまっすぐ伸びたオークの右肘を剣で切り裂く。悲鳴を上げながらオークが左手で追撃しようとするがすでにアッシュはオークの視界からいなくなっていた。そう、切った瞬間に左に飛びそのままオークの背面に回り込んでいたのだ。
「これで終わりだ!」
剣をオークの延髄に突き立て勢いのままに突き刺す。一瞬掠れたような「がぁ!」という声を最後にオークは動かなくなった。最後の一体も頭を焼かれ動かなくなっている。一応とどめを刺して戦闘終了となった。経験値の光を受けてすぐにシーナを呼び寄せ二人で魔石を2個だけ回収。ついでにアッシュが投げた武器も回収した。
「やばいゴブリンが近づいてきたな」
「ええ!?ど、どうしましょう?」
《神の眼》で冷静に確認するアッシュに対してシーナは魔力消費でぐったりしながらも慌ててアッシュに駆け寄ってくる。アッシュはそんなシーナを見て表情を緩め、自分の分身に指示出し、ゴブリンの群れがいる方に向かわせる。
「これで分身の魔力が切れるまでは時間が稼げるからそのうちに村に帰ろう」
「アッシュさん?」
「ん?何?」
「もう一回聞きますけど・・・本当に勇者様じゃないんですか?」
疑り深くこちらを見てくるシーナに苦笑いで返すしかできないアッシュだった。