第九話:氷の勇者
今回一人目の勇者ヒョウカの初登場回です。
「なんですかあれ・・・?」
「氷の柱だね。」
「い、いえ・・・そうでなくて・・・」
「たぶん魔法・・・氷でしかも柱ができる前の風からすると・・・アイスストームかな?」
氷の柱が現れた後、村の入り口までやって来たアッシュとシーナは改めて巨大な氷の柱を眺めていた。シーナはポカーンと眺めるだけだったがアッシュはこれだけの魔法を打ち出せる魔力保有量を持つ者について大体の検討をつけ始めていた。この世界でこの威力のアイスストームを放てる術者はいるだろうがそうはいない。そしてこの国にはあれがいる。
「これがアイスストームだってのか?」
「ええ・・・通常のアイスストームなら対象を吹雪で凍らせる程度なんでしょうが・・・魔力の量が多過ぎて威力がでかくなったみたいですね。」
遅れてやって来たガンツの問に対してもあくまで冷静に答えて見せる。それは威力が強すぎると言うことは制御の方がうまくできない相手、つまりは今の自分でも仮に戦ったとしても勝てると考えていたからだ。
「威力がでかくって・・・加減があるだろ。」
「ですね。・・・それよりガンツさん。この国の勇者って氷使いですか?」
「ああ、よく知って・・・ってまさか!?」
「だと思いますよ?」
「もう村のピンチっていうから飛ばしてきてみたらゴブリンはひと固まりでいるわオークは死んでるわで一体どうなってるのここ?」
アッシュとガンツが氷の柱を作った犯人の検討を付けたとき森のほうから一人の女性がぶつくさ言いながら歩いてきた。全身空色の西洋甲冑にを身にまとい右手には槍・・・ではなく刃が鋭利に反りあがったそれは槍というより薙刀と呼ぶべきもの、腰には刀を装備している。どう見ても戦いに来ましたと言わんばかりのフル装備をしているこの黒髪ロングの女性が犯人・・・つまりはこの国に来た勇者その人なのだろう。
「あの人が勇者か・・・。」
「あぁ・・・確かにシュバルベの氷の勇者、ヒョウカ・カズラバ様だ。しかしなんでこんなところに勇者様が・・・。」
「あら?・・・あれはシーナ、それに・・・ガンツさんもどうしてここに?」
どうやらガンツ達と知り合いらしい彼女はガンツ達を見つけるとこちらに近づいてきた。近くで見ると彼女の綺麗な黒髪、そして黒の瞳はよく目立つ。と言うのもこの世界の住人の髪色と瞳で黒というのはほとんどいないからだ。顔つきもシーナに勝るとも劣らないほどに綺麗に整っているがぱっちりとした目をしたシーナとは反対に彼女の目はシュッとしていて落ち着いた感じに見える。プロポーションも非常に良く、へっこむところはへっこんで出てるところは出ているとまさに完璧といった感じだ
「おぉ勇者様息災でしたかな?」
「えぇガンツさんも元気そうね。」
「ヒョウカ様こそどうしてここへ?」
「シーナも元気そうね。・・・そうねぇどこから話そうかしら?」
(黒髪で黒い瞳か・・・それにカズラバ・・・第四世界の日本人ってところかな?・・・っとそんなことよりも・・・)
アッシュはヒョウカの視線がガンツ達に向いているのを確認し気づかれないように《神の眼》を発動させる。
名前:葛葉 氷香 (ヒョウカ・カズラバ)
種族:人族(第四の世界)
年齢:17歳
職業:第四の世界から来た勇者 冒険者(C)
レベル:20
ギフト:創りし者(守)
集中力
幸運
状態異常無効
氷の魔力
―アイスバレット
―アイスウイング
―アイスストーム
―アイスインビジブル
勇者の特権
―他言語理解
―身体能力強化
―魔力強化
―勇者の剣術
―勇者の槍術
(お~さすが勇者・・・すごいギフト量だ・・・でやっぱり《創りし者》か。でも(守)なんて見たことないぞ?)
《創りし者》は『創造神』の因子を受け継ぐものに与えられるギフトだ。この因子は『守護神』や『破壊神』の因子よりも振り分けられる数は非常に少なく保有している一般人ほぼいない。基本的に一国の長や会社の社長などがまれに持っている程度である。そんな希少なギフトでも手に入れられる特例もある。それは勇者に選ばれること。この時点で『創造神』から強制的に《創りし者》は与えられる。これによって勇者は『創造神』から恩恵と知識、そして『創造神』と通信手段を得られる。・・・というのは建前で本音は『創造神』が自分のおもちゃを見失わずかつ動かしやすくしやすくするためのものだ。しかし今回ヒョウカのの持つギフトは《創りし者(守)》、今まで色々な人のギフトを見てきたアッシュですら見たことがない。
(俺が死んでいる間に新しく奴が作った?いや創造の力があったとしてもそう簡単に新しいギフトは作れないはず・・・もしかすると・・・。)
「アッシュさん?みんな行っちゃいましたけど・・・どうします?」
「あ・・・あぁ俺たちも行こうか。」
「?・・・はい。」
どうやらアッシュが考え込んでいる間に村長が来たらしくヒョウカをバッチ亭に連れて行ったらしい。アッシュは移動しながらシーナからヒョウカがどういった経緯でここに来た経緯を聞いてみた。シーナの話だとたまたまラクの町に来ていたヒョウカが冒険者ギルドに立ち寄った時、これまたたまたまクイの村からの早馬が到着して事情を説明、そこから準備も早々に飛行魔法を使ってクイの森まで飛んできたらしい。到着してみればオークは皆死体になって転がっており、その近くをゴブリンたちがひと固まりになって移動していたのでこれ幸いと《アイスストーム》で一網打尽にしたということだった。
「この国にいる女性は・・・何というか・・・豪快だね・・・。」
「そうですか?クールで迅速な対応で流石勇者って思いましたよ?」
「まあ・・・いいか。シーナ、取り合え引き続きオークのことは黙ってような。」
「わかりました。」
二人がバッチ亭に付くとバッチ亭の周りには村人たちが群がっておりとてもじゃないが入ることができる状態ではなかった。どうしたのかと村人達に聞いてみると1、勇者がこんな辺境の村に来るのはまずないので見に来た人。2、ゴブリン討伐を勇者がしてくれたと聞きお礼の品を持ってきた人。3、とにかく勇者をもてなすために色々食料を持ってきた人。の3種類でごった返しているらしい。
「これは・・・夕食はまだお預けかな?」
「ですね・・・う~おなか減りました。」
「俺も・・・。」
それからが大変だった。ヒョウカの話を一通り聞いた村長は深く頭を下げすぐに外にいる村人たちに宴の準備をするよう号令をだした。ヒョウカはそういういのはいいからと断ったがそれでは示しがつかないと半ば強引に宴をすることとなった。村人たちも勇者を精一杯もてなそうと老若男女けが人関係なく全員で準備に取りかかった。料理上手なシーナはリアや村の女たちの手伝いで大量の料理を作らされ、アッシュもバッチ亭の外にテーブルや椅子、とにかく重いものを運ばされた。こうして宴が盛大に始まりその間も二人は雑用を何かと頼まれ結局二人が料理にありつけたのは夜もふけったころだった。料理を食べていてもあわただしく動く女性陣を見ていると手伝わなければならない衝動にかられそうだったのでバッチ亭の二階のベランダに避難しそこで持ってきた料理を食べることにした。
「ふぃい・・・疲れたね。」
「はい。くたくたです。」
「しかし・・・皆元気だね・・・。」
アッシュはベランダの手すりに料理の皿を置き下を眺める。村の男たちがヒョウカを囲んで酒を飲み大騒ぎしている最中だった。その中にはガンツとバッチもおり二人は肩を組み大声で歌っている。どうやらかなりの量の酒が入っているようで普段以上の高いテンションで騒いでいた。
「・・・特にガンツさん・・・あれはだいぶ酔ってるね。」
「もうおじいちゃんったら・・・。」
「そういえば勇者様えらく二人と仲よさそうだったけど知り合い?」
「はい。二カ月前勇者様がこちらの世界に来られて、そのときたまたま大聖堂に届け物をしに来ていた私とおじいちゃんが勇者様を馬車でお城までお連れしたんです。それからしばらくして勇者様が冒険者ギルドに登録されてその最初の依頼、なんと偶然にもおじいちゃんが出した護衛の依頼だったんですよ~。そこからはたまに勇者様に誘われて一緒に依頼を受けたり勇者様がおじいちゃんの家に来られたりととてもよくしてもらってます。」
「ふぅん・・・一見怖そうな感じだけどいい͡娘なんだね。」
「あ、それ勇者様の前で言っちゃだめですよ?前におじいちゃんが言ったらかなりへこんでたみたいですから・・・。」
「そうなんだ・・・。」
勇者とはいえ人間だ。怒るし喜ぶし泣きもする。そんな彼女が今国の希望という重荷を一人で背負っていると考えるとかわいそうで仕方がない。そう仕向けた『創造神』に怒りを覚えながらアッシュは手を付けてなかったパスタに手を伸ばし食べはじめる。
「あ、このパスタすっごくうまいよ。」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、硬すぎず、やわすぎずちょうどいい茹で方で俺は好きだなぁ。」
「よかった~。それ私が作ったやつなんです。」
「へえ。この味、シーナはいいお嫁さんになれるね。」
「そ、そんなぁいいお嫁さんだなんて・・・もうアッシュさんてばもう・・・。」
「いやいや本当に。このパスタなら俺毎日食べたいぐらいだよ。」
「はぁはぅううう~。」
シーナの顔が茹でダコみたいに真っ赤になり頭から白い煙が出ている中さらなる追い打ちでアッシュが褒めたたえる。そんなことを5分も続けてたものだから・・・。
「ボン!!・・・プシュゥゥゥゥゥゥ」
「わわわシーナ!?」
シーナがもたなかったようでそのまま伸びてしまった。何故に?と状況を理解できなかったアッシュはとりあえずシーナを部屋のベットに寝かせ、またベランダで食事を再開する。昨日感じた時よりも森から流れてくる風は冷たい。それはたぶんあの氷の柱のせいだろう。
「さあて、飯食って皿洗い手伝ったら・・・やっとかなきゃダメかな。」
アッシュは改めて氷の柱を眺めパスタを頬張るのだった。
深夜、宴は男たちが皆が酔いつぶれたことによりお開きとなり片づけは明日にしようということで女たちはそれぞれの酔いつぶれた家族を引きずって各々の家に帰っていった。そんな中アッシュは村を出て森にやってきていた。目的はそう・・・氷の柱だ。
「さすがにここまでくると冷気がすごいな。」
氷の柱に近づくにつれそれが起こす冷気の被害の深刻さが見えてくる。草木には霜が降りもうすでに死にかけているものもあった。地面も凍りかかっており周りには動物が一匹もいない。このまま放置していればこの一帯は死んでしまう。そうなってしまえば森はもちろん村にも大打撃を受けてしまうだろう。そう考えたアッシュはとりあえず目立たないように処理しておこうと皆が寝静まるのを待ってこうして行動に移したのだが・・・。
「こんな時間にどこにいくのかしら?」
ひどく冷たく落ち着いた声が森に響くのと同時に森の茂みからアッシュの前に人影が現れる。それはほかならぬこの現象を起こした張本人、氷の勇者ヒョウカ・カズラバその人だった。いつの間に先回りしていたのだろう彼女は鎧は着ていないものの手には薙刀が握られていた。つまりアッシュの行動を不審に思いつけてきたということだ。
「え~っと・・・カズラバさんだっけ?あなたこそこんな時間にどうしたんです?」
「寝ようと思ったらあなたが村の外に行くのが見えてね。気になって後を追って来たの。」
「・・・尾行されてたわけか・・・ん~俺相手にそれができるってことは氷の粒の反射で姿や気配を消す魔法・・・アイスインビジブルだったかな?を使ったってとこですか。」
「ええよく知ってるわね?」
「魔法に少し心得がありますからね。というかそんな魔法使うぐらい警戒しなくても大丈夫ですよ。」
「用心にこしたことないでしょ?で、あなたは何しに来たの?というか誰?」
「俺はアッシュ・グレイビアード。ただの旅人ですよ。」
「旅人?」
「はい、色々な場所を転々としていて今回ひょんなことからガンツさんたちに拾われてこの村に来ました。で何しに来たと言われれば・・・・あれを何とかしようと思いましてね。」
「あれって・・・アイスストームで出来た柱のこと?」
「はい。」
「無理。私も何とかしてあげたいけど私はまだ凍らせても溶かすことはできない。」
「だと思ったのでこうして俺が来たってわけですよ。」
「あなたが?・・・できるわけがない。あれは生半可な魔力じゃ逆に凍らされて終わりよ?」
「うーん・・・カズラバさんはまだ魔法の本質が分かってないみたいですね。」
「どういうこと?」
「魔力量が多い魔法がイコール強力で長持ちするってわけじゃないんです。確かに魔力を注げば強力になることはなりますが真に魔法を強くしたいなら魔法理論を読み解きいかに低燃費でハイスペックな魔法を考えるか・・・だと思いますよ。まあついて来てください。やれるだけやってみますんで。」
「・・・どうなっても知らないわよ?」
出来るわけがないという顔でアッシュを見るヒョウカを促し氷の柱へと向かうアッシュ。確かに彼女の放った魔法はそんじょそこらの魔法使いでは解除はできないだろう。それは氷の柱から感じる濃密な魔力を見れば火を見るより明らかだ。しかしアッシュから言わせれば魔力が大量につまっただけのただの氷だ。
「近くで見るとやっぱり大きいなぁ~」
アッシュは氷の柱の手前で足を止め観察を始める。直径5mはある氷の柱はくもり1つなく中で凍らされ絶命しているゴブリン達を写し出している。そこからは目で見えるほどの濃い冷気が漂い、不気味さと神秘さが入り乱れる光景を作り出していた。
「雑のない見事な魔力圧縮と属性発生だけど・・・逆にそれのせいで破壊しやすいとも言える。まあ言うより行動で見せた方がいいか。」
《神の眼》を発動させ冷気を発生させている中心部、つまり魔力の出所を探る。どうやら柱と地面の付け根から魔力が出いるようだ。 確認し終わるとすぐに右手に魔力を集め《アキシオンドライブ》を発動させる。その灰色の光が淡く光り輝くと透き通った氷の柱が光を吸収しプリズムのように反射して柱内部が灰色に光りだした。
「灰色の光?」
「対象は魔力。この氷は魔力で出来ているから魔力さえ消せば崩壊して下敷きに・・・とかはないでしょう。」
灰色の光に興味津々なヒョウカを放ってアッシュは氷の柱の付け根に右手を置く。すると先ほどまで傷1つなく透き通っていた氷に灰色の亀裂が入る。亀裂は徐々に広がり上に伸びる。柱の頂上に到達した瞬間、氷の柱にあった魔力はすべて消滅し柱は氷の粒子となって根元から消えていった。上から降り注ぐ氷の粒子が地面に落ちる前に消滅するのを確認しアッシュは《アキシオンドライブ》を解除しふいぃと大きなため息をついた。
「結構魔力使いましたが・・・まあこんなところです。」
「あなた・・・いったい何をしたの?私の魔法がこんなに簡単に・・・。」
「簡単じゃありませんでしたよ?魔力の根源を見つけて灰の魔力を流し込み根源を灰に変える。そこから灰の魔力を柱全体にいきわたらせて残っていた魔力も灰にする。で、ついでにゴブリンの死体も灰に変えておく。最後のは死体を残すと感染病の可能性が出そうだったので一応しときました。あ、魔石は残ってますから安心してください。・・・とまあそういうことをやったの決して簡単ではなかったですよ。」
「炎もなしに灰にするって・・・8大属性にそんなことができる属性があるなんて聞いたことがない。」
「まあちょっと特別な魔法ですけどそういうものだと思ってください。世界は広いのでこういった変わった魔法もあるってことですね。・・・さあぁて俺もう帰りますけどどうします?」
「私は・・・というより魔石拾っていかないの?」
「それはあなたが倒したゴブリンのもの。俺は受け取れません。」
「でも氷の柱を壊したのはあなたよ?私じゃ壊せなかったし壊してくれたあなたにも権利はあると思うわ。」
「ん~じゃあ・・・半分こでどうです?」
「そうね・・・フフ。」
「どうしました?」
「どの世界も欲が先に出る人が多いのに・・・変わった人だと思ってね。」
「よく言われます。」
「アハハ、でしょうね。」
「でもそれを言うなら貴方もそうでしょ?」
「貴方ほどじゃないわよ?」
初めてお互いの意見が合い二人は笑う。消えゆく氷の粒子が降り注ぐ中で純粋に笑うヒョウカの姿はとても美しいとアッシュは思うのだった。




