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ネタ集

迷惑で不審な訪問者

作者: フィアナ

週のはじめ。

バタバタと朝の準備をし終え、美咲は忘れ物がないかを確認し靴を履く。初めは浮かれてた作業も入社2年目ともなると、習慣づけされたいつもの作業だ。


「パレット〜行ってくるね!」


セキセイインコのパレットは美咲が憧れだった一人暮らしを始めた時からの相棒(パートナー)だ。色はなんとも綺麗な白と水色と薄紫のグラデーションになっている。時々家に会社の同僚を呼んで飲み会をしたりするがそれ以外は1人だったため、今では良き話し相手となっていた。


「ピピッ。いってら〜。ピピッ。」


どうだ、凄いだろう。いつの間にか簡単な会話できるようになっていたのだ。

美咲は賢いパレットが自慢だった。


家の鍵を片手に持ちドアを開ける。

この時美咲はパレットに挨拶をする為に後ろを振り返っていたのだ。それが間違いだった。

そのまま一歩踏み出し―――




「覚悟しろ!!!魔王め!!」




―――え。


ドアは開けておいたはずなのに壁にぶつかった美咲は何が起きたか理解出来なかった。とっさに後ろに下がる。


見上げると壁だと思ったものは人だった。しかもヤバイ人種だ。剣に盾、鎧―――勇者のコスプレをしていた。男はいかにもチャラそうな金髪で生え際が黒くなっている。元は黒髪だったのだろう。


「アンタ誰っすか?まさか魔王?ずいぶん可愛らしいっすね。こんななりで世界の半分を蹂躙してたの。」


エセ勇者が半信半疑の顔をしている。


「まさか。こんな一五にも満たない幼子に俺らはやられてたのか。」


エセ勇者の背後には騎士っぽいのとローブを着たいかにも魔術師っぽいの、それと黒の猫耳をつけた少女、それに5メートルはありそうな竜がいた。おかげでドアの向こうにある、外が見えない。


今話したのは騎士っぽいやつだ。絶望に暮れた表情をしている。


徐々にさ迷っていた意識が帰ってくる。とりあえず、話しかけたくもないがこの怪しげな集団に事情聴取せねばなるまい。


「どなた様ですか?人の家に勝手に上がり込んで。魔王って誰のこと?それに私は成人してます!」


ついつい辛口に言いたいことを言ってしまったが仕方が無いだろう。そんな事を話したら何故かエセ勇者がこちらを見て喜び始めた。


―――なんか怖いんだけど。


「―――黒髪だ。黒髪っす!

ねぇ、ここ何処?日本っすよね!うわぁ~。懐かしいな。もう帰って来れないと思ってたよ、オレ。」


と思ったら今度は話を全く聞いていない様で、泣きそうな顔になっていた。

感極まった様子で家に上がろうとしてくる。しかも土足だ。


「ちょ~~~と待った!!

他のコスプレヤー達はいいとして、アンタ!

そう、真ん中の薄っぺらい顔のエセ勇者!アンタ日本人でしょ、どう見ても。

家は土足厳禁が当たり前なのも分からない訳!」


美咲はかろうじて残っていた敬語を殴り捨て言った。

コイツはどこで常識を忘れて来たのだろうか。悲しい限りである。


「エ、エセ勇者……。三年も勇者をやってるうちにこれでも結構勇者の風格が出てきた、って仲間にも言われるようになったんすよ。民の前じゃ素を隠すのもうまくなったはずだし。さっきは驚き過ぎて素が出ちゃったっすけど。

でもこれでようやく勇者の役ともおさらばっす!

土足厳禁、良い響きっすね。愛しの日本に帰ってきた感じがスゴイするっす。」


今にも飛び上がりそうな雰囲気で、エセ勇者はじろじろと美咲のアパートの内装を見回す。その度に鎧がガシャガシャとなってうるさい。



美咲はこいつらをどうしようかと考えて、ふと腕時計を見た。


「遅刻っ!やったことないのに!」


―――いままで積み上げてきた信頼が……。


いやまだ間に合うかもしれない。美咲は微かな希望にかけた。


「ちょっとそこどいて。今日は此処にいていいから!適当に冷蔵庫の中漁っといて。」


不審者よりも遅刻をとるとは、この時どうかしてたのだろうと後から美咲は思ったが、その時は遅刻ということの方で頭がいっぱいだった。何せ2年間も続けて頑張ったのだから。


不審者共を押し付け、ドラゴンの脇を通り、視界が広がった時には血濡れの魔城に着いた。


「何処よ、ここ!」


辺りには何かの残骸と、カラフルな体液が散らばっていた。空気も淀んでいる。

美咲は慌てて引き返す。恐ろしいものを見てしまった。だがすぐに、焦っている美咲の頭には“遅刻”という文字しか残らなかった。


「か、会社に行けない………。」


「あ~、もしかしてお邪魔だったっすか?

裏口とかは?」


「ここアパートだよ………。」


「そこの窓から出れば良いのでは?」


騎士もどきが指す先はベランダ。待つは地上30階からのバンジージャンプだ。


「いやいや、死ぬでしょ。」


何を言っているんだこいつは。思わず美咲が二度見してしまったのも仕方ないだろう。だが騎士もどきは至極真面目な表情だった。


「魔術師に頼めばいい。コイツなら国一だから安心でしょう。」


「コイツとは酷い言いようですね。どこの誰だかは知りませんが、安心してください。

そこに立って窓を開けて下さい。」


少々辛辣な言葉で怪しげローブは言った。

こうなったら一か八か!美咲はベランダの窓を開けた。


「これでいい?」


「不思議な造りですね。

さあ、手を貸して下さい。いきますよ。」


訝しげに手を出したら怪しげローブに握られ、軽い眩暈のあと、辺りを見回し確認する。ちゃんと美咲は会社に着いていた。

朝から驚きと焦りの連続で、もはや美咲の脳みそは正常に機能していない。


「何だったんだろ………。あっ、時間!」


ギリギリセーフで遅刻を免れていた。

1度頭を振った後、自分のデスクのもとへと急いだ。

人間都合の悪いことは脳が勝手に処理してくれるもので、美咲はそれ以上会社で朝の事を思い出すことは無かった。




*****





美咲が朝のことを思い出したのは帰宅し、無残な自分の部屋を見た時だった。


ドアにはヒビが入り、シンクには食べ物の残骸が飛び散る。バスタブは紅く染まっていた。廊下は砂でジャリジャリと鳴り、お気に入りのカーテンは黒く焦げている。


へたりと倒れ込んだ状態からなんとか立ち上がり、美咲は勢い良くドアを閉めた。



「もう、二度と来るな~~~!!!」



“近所迷惑”という考えはさっぱりと美咲の頭にはなかった。







バサバサ、バサ。


「ビビッ。おかえり、おかえり。ピッ、ピッ。」


美咲は知らない。

叫び声に驚いていたパレットの脚には紙切れが巻きついていたことに。そこには『チキュウの食べ物って美味しいんですね。残念ながら私達は外には出られず、この部屋の中にしか来れない事が判りましたが。魔王を倒したらまた会いに来ます。』という事が書かれた手紙と魔法陣が付いていたことに。


手紙の文字は見たことのないもので、魔法陣は燃やしても、水に濡らしても消えず、アパート内から持ち出せないものだと美咲が知るまで一ヶ月前。


忘れた頃に何食わぬ顔で、怪しげローブが黒髪の面積が増えたエセ勇者を伴い、ドアから現れるまで一年前。


このアパートが異世界人の溜まり場になり、美咲も異世界に連れ出される羽目にまで二年前の事だった。






§§§§§§§§§§§§§§§§§


-美咲留守中のアパート-


「ドアは使えないから、ベランダっす。」


「おい、何回往復してんだよ。もう無理だと分かっただろ?」


投げやりに騎士もどきが言う。

騎士もどきの声が聞こえないのか、聞こうとしないのか。ベランダの窓を触った途端にビリビリと強力版静電気が起こり、エセ勇者は弾き飛ばされた。傍にあったカーテンに焦げ目が増えていく。もうこれが何回繰り返されただろうか。


「くっそ。もう1回っす。」


しかし懲りないエセ勇者は、再び廊下を走る。

その様子を見ていた猫耳少女があたふたする。


「浄化出来ませんでしたし。お告げも来ませんし。

あぁっ、勇者様落ち着いて下さい。またお怪我をしてしまいます。」


玄関では人間サイズのドアがミシミシと悲鳴を上げていた。ドラゴンが絶対に通れるはずのない巨体を押し付けているのだ。


「クルル……。グル、グルルル……ガルルーー。」


不穏な音を耳にした猫耳少女が今度はドラゴンへと向く。


「ドラゴン様も落ち着いて下さい。私達も寂しいのですが、貴方様がドアを通るには狭過ぎるのです。」


その隙にエセ勇者はベランダへと走る。


「愛しの日本っ。頼む神様、一生のお願いっす。帰らせて下さい!!」


「どっ、どうすれば………。」


猫耳少女は右往左往する。

最早愛らしい猫耳はぺたりと垂れ、瞳には水分が溜まっていく。


「シャワーはありましたか?ああ、これですかね。」


その間、怪しげローブは坦々と風呂場を見つけ入っていた。

試行錯誤しシャワーを使う。見る見るうちにバスタブは紅く染まっていく。排水の仕方は分からなかった、と言うか面倒だったらしく、そのまま放置となっていた。


「おい、そろそろ腹ごしらえするぞ。

適当にあった食材を使ったが。」


エセ勇者に呆れていた騎士もどきは止めるのを諦め、勝手にキッチンを使い、豪快な男料理を作っていたのだ。

その声にようやくエセ勇者が反応する。


「いいね、じゃあオレはお菓子を探すっす。

うわ~シンク汚っ。」


シンクには野菜の欠片や謎の物体が転がっていた。終いには焦げるはずのない場所が焦げたりしている。しかし片付ける気のないエセ勇者も放置を決め込む。


並べられた料理を見た怪しげローブは、眉を潜めた。


「身体も綺麗になりましたし。民も平和を待っているはずです。食料を少し頂いて、一刻も早く帰りましょう。」


早く帰りたかったらしい。

素早く魔術を展開し、強制的に食材を動かす。


「俺の飯!」


騎士もどきが言う。


「もう少し此処に………。いやっ、待つっす愛しの日本!ああっ!!」


巻き込むように騎士もどきが、エセ勇者を引きずりながらドアへと進む。


「勇者様、待って下さい!皆様も置いてかないで!」


半泣き状態だった猫耳少女が、置いて行かれないように、小走りでドアの中に消えた。


そうしてパーティーの裏の支配者ともいうべき怪しげローブは、やはり自分だけ目的を全てこなし、坦々と皆を巻き込んだあと、最後にこっそりとカラフルな鳥の脚に特別製の伝言を残し、異世界へと旅立っていったのだった。







軽い人物紹介


・美咲

同時に同じ事を考える事が出来ない。真面目。

・エセ勇者

召喚の際に魔力が付いたため、寿命が延び、少し成長が遅くなった。日本が恋しい。

・騎士もどき

傭兵上がり。元々の言葉使いは汚い。

・怪しげローブ

丁寧な言葉使いで毒舌を吐く。個人主義。巻き込み型の悪質なマイペース。

・猫耳少女

異世界初の獣人聖女。気が弱い。

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