記憶想起機
私は脳の記憶機能を専門に研究している脳神経学者だ。記憶には、記憶の記銘、記憶の保持、記憶の想起、の3つの過程がある。記銘が障害されると新しい事を憶えることができない状態に、保持が障害されると昔憶えたことを忘れてしまう状態に、想起が障害されると憶えていることをなかなか思い出せない状態に、それぞれなってしまう。私が特に力を入れて研究しているのは、記憶の想起についてだ。
軽い記憶の想起の障害は誰でも多かれ少なかれ経験したことのある、よくある症状だ。典型的な例は、良く知っているはずの人の名前が思い浮かばない、時々行くレストランの名前が出てこない、等だ。よく誤解されるのだが、記憶の保持の障害と記憶の想起の障害とは違う。保持が障害されると、記憶は頭の中から失われてしまい、もう思い出すことはできない。対して、想起の障害は、記憶自体は頭のどこかにきちんと残っていて、単にその記憶を意識の上にうまく呼び出すことができないだけで、きっかけがあれば思い出すことができる状態だ。現在までの研究で、記憶の想起には、前脳基底部のアセチルコリン作動性神経系であるマイネルト核、ブローカ対角帯、内側中隔核の3つが主として関与していることがわかっている。これらの部位は記憶の想起を指令するセンターであり、実際の個別の記憶は大脳皮質に広範に分布していると考えられている。実は、私の研究はこの知見よりかなり先を行っている。現在、私は自分の研究成果を公表していないのだ。
私の秘密にしている研究成果のうち、最も価値の高いものは記憶想起機の発明だ。この装置の原理は単純で、脳の中のマイネルト核、ブローカ対角帯、内側中隔核の3か所を経頭蓋磁気刺激法で10秒間連続テタヌス刺激するのだ。私の最近の研究は、もっぱらこの装置で人間に過去の記憶を想起させてみることで、被験者は私自身だ。私の作った記憶想起機は優秀で、本当に見事に過去の記憶を思い起こさせることができる。視覚、嗅覚、触覚の3つともが、完全にその場面に舞い戻ったように再現されるのだ。光景は映画のようにリアルで、色彩はフルカラー、物の輪郭は細部までシャープで、目の前にあるのと寸分違わない。嗅覚は今そこにある物の匂いを嗅いでいるようであり、触覚は実物が掌の上にあるとしか思えないくらいだ。つまり、完全に過去のその瞬間に戻れるのだ。私はこの実験を繰り返してみて、改めて人間の脳の優秀さに感銘を受けた。さらに驚愕の事実がある。思い出されることのない過去の記憶はすべて忘れ去ってしまっていると誰もが思っているだろうが、実はほとんど失われてはいないのだ。私はこの装置を使って約3年間、毎日、一日中、自分の過去の記憶を想起させてきたが、同じシーンが想起されたことは一度もない。本当に私の過去の人生のあらゆるシーンが想起されてくる。私自身がすっかり忘れ去っていて、完全に失われていると思っていたシーンが想起されるたびに、私は心底驚かせられる。こんな記憶が私の脳の中にまだあったのかと、うれしい発見の連続だ。そして、失われたと思っていた過去に激しい郷愁の念が湧き上がってくる。この実験をかれこれ3年も続けて私は確信に至った。私の過去の記憶はすべて私の脳にしっかりと保存されているのだと。ただ、通常の状態では想起することができないだけだ。何かの理由で、過去のすべての記憶は本人の自由意思でリアルに想起できないように人間の脳にはロックが掛かっているのかもしれない。
このことを知って私は本当に安堵した。もう、過去の想い出の品が失われていても落胆する必要はないのだ。よく遊んだ怪獣のフィギュアも、使っていたランドセルも、図画工作の授業で描いた絵も、お気に入りのセーターも、すべてがリアルに私の脳に格納されているのだ。だから、もう、実物など必要ない。私の脳が一つ残っていれば想い出は失われることがない。想い出の品が失われても、その記憶は私の脳のどこかに残っている。この事実は私を心の底から安堵させる。
私は、最近、この実験ばかりしている。いや、私のしているのはもはや実験ではない。私は自分自身のために自分の過去の記憶を呼び起こしているのだ。今日も、昔の記憶を記憶想起機で呼び出し続けてすっかり1日を過ごしてしまった。なんでもない日常の一シーンが多いのだが、今日、想起できた想い出で特に印象深かったのは、アメリカの一流誌に私の英語の論文が初めて掲載されることが決まったことを知らせる手紙を受け取ったシーン、大学受験の本番で必死に問題に取り組んでいるシーン、小学校の入学式へ母親と一緒に向かっているシーン、妻との初めてのデートで御鮨を食べに行ったシーン、の4つだ。
しかし、この記憶想起機にも欠点がある。記憶想起機を使えばなんらかの記憶は毎回確実に想起されるのだが、その内容は指定できないのだ。想起されるシーンは完全にランダムに選択される。何が想起されるかは実際に再現されるまで予測がつかない。また、シーンが想起される時間はおよそ1分間だけだ。
記憶想起機を使って私が最後に息子に会えたのは10日前の事だ。今日も会えなかった。私には昔、息子と交わした会話で忘れられないものがある。7歳の息子があんまり私に甘えるものだから、
「今はお父さんに頼れるけれど、いつかはお父さんはお前を残して死んじゃうんだよ。そうしたらどうする?」と戯れに言ってみたことがある。ちょっと、出来心で少しばかり怖がらせようとしただけだ。すると
「死んだ人にはもう会えないんでしょ。でも、どうしても会いたくなったら、その時は会えるんでしょ?」と息子は言った。私はその時
「どうしても会いたくなっても、死んだ人にはもう会えないよ。」という言葉が喉元まで出かかったのだが、なぜかその時は、息子の言葉を否定できなかった。
私はこれから死ぬまで記憶想起機で過去の記憶を呼び出し続けるだろう。ずっと研究室に籠って、過去の記憶を探し続けるだろう。そうすれば、現実と区別がつかない、そこにいるとしか思えない息子にこれからも何度も私が死ぬまで会えるのだ。そして、今、私はあの時の息子の言葉に自信を持って答えてあげることができる。
「その通りだよ。」と。
「ただし、運が良い時に、1分間だけ。」