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【宵闇奇譚】  作者: 不知火昴斗
番外編
9/10

月の章

番外編その一。


鬼の章に登場する麟太郎が書いたもの、という体の掌編です。


 欠片だ。

 欠片を発見けなければ。


 空にかかる月を眺めながら、私はそう思った。


結城麟太郎 「処暑を過ぎた頃の宵口にみた夢を綴りしもの」



 †



 ふと気が付いてみれば、私は水の中にいた。

 別段苦しくも何とも無い所をみると、どうやら夢を見ているらしい。

 辺りを見渡してみると、下に、何やらキラキラと光るものが幾つも転がっている。私は手近なものを一つ拾って、子細に眺めてみた。

 形は多少歪いびつではあったが、子供の頃に集めていた蜻蛉玉とんぼだまによく似ていて、何だかとても懐かしい。私の手の中でも螢のような光を放っており、しかし別段熱くも何ともない。ぽつぽつと瞬くように点滅したり、ぼぅとが灯るように明るくなったりしている。

 はて、これは一体何なのであろうと首を傾げていると、今度は目の前に、よく似たものがフワフワと漂いながら落ちてきた。

 つられて上を見てみれば、ユラユラと揺れる水面の向こうにぼんやりと滲む三日月の姿がある。

 欠けた月はひび割れた鏡を覗いたように幾つにも分かれ、ギシギシと音をたてながら雨のようにあの光の珠を降らせていた。

 ははぁ成る程、これは月のしずくであったかと納得し、私はもう一度手の中のそれを見てみようとした。

 ところが、雫は突然形を失い、砂のようにさらさらと崩れて指の間をすり抜け、水の流れに乗ってどこかへと消えてしまった。

 折角見つけたものが失くなってしまい、私はがっかりした。が、いつまでも落胆しているわけにはいかない。私は今、水の中にいるのだ。ともかく水から上がるのが先決であろう――そう思い、私は水面を目指してみることにした。

 どうすればいいのかわからなかったが、気付けば体はもう勝手に上へと向かっていた。

 これは便利だと思う間に水面が近付く。水面の向こうでは相変わらず月がぎしぎしと軋み、幾つもの破片を降らせている。その様子がまるで子供が泣いているようにも見えてきて、私は早く上へと上がって何とかしてやらねばという気になった。

 ようやく水面に辿り着いた私は、岸へと這い上がり、上を見上げた。

 ところがである。

 確かに水から上がったはずなのに、どういうわけか頭上にはまたさざめく水面が広がっているではないか。

 慌てて辺りを見回してみると、何故か私はまた水底にいることになっている。

 そんなはずはないだろうと上を見上げてみるが、やはり上には水面があり、その向こうでは先と同じように月が揺れていた。


 私はしばし呆気に取られてその場に立ち尽くしていた。が、気を取り直して、再び上を目指した。

 先のように、体は一人でに浮き上がる。ほどなくして、水面が間近に迫ってきたので、私は念のため手を上へと突き出した。すると、確かに水を通り抜ける感触がある。今度は大丈夫だろう――そう思ったのだが、生憎とそう上手くはいかない。気付けばまた水底へと引き戻されてしまっている。


 それから私は躍起になって、何度も水から上がろうと試した。しかし、その都度水の中に引き戻され、いつまでたっても月の元へと辿り着くことが出来ない。

 それどころか、私が水から上がる度に月はどんどん登っていき、水面との距離が開いていってしまうではないか。しまいには、月は降ってくる雫と同じくらいに小さくなり、もう絶対に私の手には届かないくらいに遠い所へと行ってしまった。


 これは一体どうしたわけだろう――水底に佇む私は、上を見上げながら考えてみた。

 月は、相変わらず天上から黄色い光と共に幾つもの破片を降らせている。その破片を浴びながら、私はようやく悟った。

 ああ、そうか。月が欠けているから、この水から上がれないのだ。

 そうして、もひとつ大事なことを思い出す。

 これは、私が見ている夢なのだった。

 眠りの最中にまた更に眠りへと沈んでゆくような底なしの沼の奥に、私は居るのだ、と。


 ならば、夢から醒めるにはどうしたらよいのだろう。

 いろいろ考えてみるものの、どうにも妙案が浮かばない。降りしきる雫も、一向にむ気配がない。その様子はまるで、大粒の泪をこぼし続ける幼子のよう。

 泣いている月があんまり可哀想に思えてきて、私はともかくずは月を何とかしてやろうと考えた。

 とりあえず、欠けてしまった欠片かけらを探してやろうかと思った私は、自分の辺りを見回してみた。

 周囲には、そこかしこに月が降らせた雫が積もっていた。が、よくよく見てみると、少しだけ様子の違うものがある。

 先に拾った雫とよく似てはいるが、今度のこれは消えたりはしなかった。おそらく、これが欠片であろうと思うのだが、しかしこれ一つだけではどうにもならないようだ。

 私は月の欠片をもっと集めることにした。

 しかし、そうこうしている間にも、上から降り注ぐ破片は一向に止む気配はない。もたもたしているとこのまま埋まってしまうのではないか、そう思い至った途端に、私は何だかそら恐ろしくなってきた。


 欠片だ。

 欠片を発見みつけなければ。


 私は必死になって月の欠片を探した。

 けれども降り注ぐ破片はどれもが全く同じに見えて、手にすくったと思えば消えてしまい、またその脇をよく似た形のものがすり抜けてゆく。

 仕方なく足元に転がるものを片っ端から集めて見比べてはみるものの、どれもが正しくて、またどれもが間違いのような気がして、私はますます混乱してしまう。

 触れて消えなければ正解だというのは理解できるが、あまりの多さに作業が追い付かない。そうこうしているうちにも、破片はどんどんと降り注ぎ、雪のように積もってゆく。


 欠片だ。

 欠片を発見けなければ、私は水から上がれない。夢の中から抜けだせない。

 けれどどんなに探してみても、なかなか月の欠片には巡り会えず、悪戯に時は過ぎてゆくばかり。

 いつしか身も心も草臥くたびれてしまい、私は独り、水底でぽつねんと立ち尽くす。

 見上げる水面は遥かに遠く、その上にある月もまた更に遠い。


 私は、このままずっとここに居るのだろうか。

 水から上がることも出来ず、夢から抜け出すことも出来ず、底に沈んだ石が十年を一日と数えるように、ただ水面の上で月日が廻るのを眺めるだけなのだろうか。

 すっかり疲れ果ててしまい、私はもうどうにでもなれと自棄やけになってしまった。

 そうして目眩をおぼえてその場に座り込めば。


 じっとりとした汗をかきながら寝床の中で横たわっている自分に、私は気が付いた。



 つい先頃まで水の中に居たというのに、布団はやけに熱くて仕方がない。

 寝返りをうつと、背にかいた汗が空気に触れ、ひんやりとして心地良かった。

 草臥れてはいたが、流石に微睡まどろむことはなかった。なにしろ、もう充分に夢を見たのだから。

 私はそっと安堵の溜め息を漏らし、暫くの間、火照った身体と心をしずめるためにじっとしていた。


 どのくらいそうしていたのか、ようやく起き出す気になって、私は寝床を抜け出した。

 暗がりの中をにじり歩き、窓のそばへと向かう。

 障子を引いて外を見てみれば、外にはススキの穂がさわさわと音を立てて風に揺れていた。その遥か上には、薄曇りの夜空にぼんやりと滲む三日月が一つ。


 欠片だ。

 欠片を発見けなければ。


 空にかかる月を眺めながら、私はそう思った。


-終-

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