煮ても焼いても。
過去に書いた作品です。
テーマに沿って書きました。
双子、星空、煮ても焼いても食べられない
の三つがテーマでした。
私には二人の息子がいる。同じ日に産まれた愛すべき息子だ。親馬鹿のフィルターを取り除いたとしても可愛すぎるくらいに可愛い。二人にはそれぞれ〈健士〉(たけし)と〈康士〉(こうじ)と名付けた。やっぱり月並みだが健康が大事だと、出産の時に感じたからだ。あの時…もう八年も前になるが、母子ともに命懸けで産むことができて、みんなでこうして生きることができて、本当によかったと思っている。
そんな二人と、私の話。
「なあなあ、お母さーん」
「お母さーん」
「僕らって〈そーせーじ〉なんー?」
「それとも〈うぃんなー〉なんー?」
ある日、台所で夕飯の支度をしていると、二人に突然聞かれた。
はて、なんのことやら。
「さっきどっかのおっちゃんがな、」
「『お兄ちゃんたち顔そっくりやけど、双子ちゃんか』って聞いてきてんねやんかー」
「やから『せやでー』って答えたらな、おっちゃんが『おお、ほんなら〈ソーセージ〉やな!もしかしたら〈ウインナー〉かも知れへんな。まあ煮ても焼いても喰われへんけどな、はははは』って笑っててん。」
なるほど、その『おっちゃん』もなかなか上手いことを言う人だ。
「でな、僕ら意味わからへんからどういうことか聞き返してん。そしたら『それはオカンに聞きぃやー』って言って帰っていきはってん。せやから今お母さんに聞いとるんやけども…」
たたみかけるように話す二人の様子を見て思わず、くすりと笑いそうになった。意味がわからないとはいえ、とても真剣なのだ。それがまた楽しい。
私は、楽しみついでにひとつ質問を投げることにした。
「じゃあ、もしも二人がソーセージとウインナーのどちらかやったら、どっちがどっちやと思う?」
だいたいこの場合、展開はいつも同じ。先に口を開くのは決まって健士。そこに康士が食ってかかる。
「僕がウインナーや!強そうやもん!正義の味方〈超人ウインナー〉や!」
「は!?せやったら僕やろ!健士より足速いやん!」
「ちゃうやん、康士なんて泣き虫やから悪の怪物〈妖怪ソーセージ〉やろ!」
「いやいやそんなん言うたら健士かてテストの点数僕より低いやないか!」
こうやってくだらない(と言ったら本人に失礼かもしれないが)やりとりがあって、じゃれあうのがいつもの流れである。他の親には子供を弄ぶように見えたとしても、私としてはそう見えるなら勝手にそう見ればいいと思う。私は子供を何よりも大事にしている。それは変わらないのだ。
さて、そろそろ私が介入しようかな、と思って調理の手を止めた矢先にいつもと違うことが起きる。
「もう知らん!」
一際きつい口調で言い放ち、走って部屋まで駆け上がった康士。
「…僕も、知らんわ…」
一方、悲しそうにぼそっと呟いてリビングのソファに座りうなだれる健士。
「どないしたん?なんか言うたんか?」
まあ大体、想像は付くが。
「…みっちゃんのこと…」
予想通り。このくらい母親としてはわかってます。〈みっちゃん〉とは康士が片思いをしている女の子で、この近くに住んでいる。名前は、美月ちゃん。この年頃の女の子にしては信じられないくらい落ち着いて大変おしとやかで、そして少々天然な子…というのが私の見た印象。ゆるふわ、とでも言えば良いだろうか。康士はそのみっちゃんが大好きなのだ。というか大半の男子は好きらしい。たしかに惚れさせる要素は豊富だ。
一方、健士に聞くと「あんなん好きちゃうわ」と一蹴されてしまう。故にみっちゃんに惚れている康士を『あんなんどこがええねん』と、ことごとく馬鹿にする傾向がある。
もっとも、母親の勘からすればこの件に関しては健士と康士は同志で同類だと思うのだが。まあ、それは置いといて。
「いつも言うてるやろ、他人の好きなもんを馬鹿にしたらあかん、て。健士がみっちゃんをどう思ってるか知らんけど、康士がみっちゃんのこと好きなの知ってんねやろ?なら馬鹿にしたらあかんよな。健士もお母さんのこと馬鹿にされたら、嫌やろ?」
「…うん」
ちゃんと、わかってはいるのだ。ただ、子供だし、兄弟だし、なにより家族だし。他のお友達より気を遣わないのもまた事実。私はこうやって苦い思いをしながら大人になればいいと思っている。
「よし、わかったら康士に謝ってき。今日のご飯は『星空さん』やからみんなで仲良く食べよな」
「うんっ」
健士はとことこ歩いて部屋へ向かった。きっとあの顔はもう、大丈夫だろう。
しばらくすると、二人で何やら話しながらにこやかに階段を降りてきた。そして二人揃って元気よく
「『星空さん』まだー?」
なんて言ってきた。いいな、子供って。
星空さん、とは我が家のシチューのこと。星の型抜きで抜いた人参が入ってることから名づけている。大好物を目の前にして自然と会話が弾む。
「学校の先生言うとったで。『兄弟喧嘩は煮ても焼いても喰われへん』って。つまらんもんなんやぞー、って。あの『おっちゃん』の話と一緒やな!」
…ちょっと違うけど、まあいいか。つっこむのは別の機会にして、今はこの真っ白な星の海を楽しもうと思う。
私にとってはこの二人がかけがえのない宝物。
二つの明るく輝く星なのだ。