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 映画を見終わったお昼下がり、午後2時過ぎ。僕たちは映画館通りをはずれ、一軒のお店へと向かっていた。

『昼ごはんは、いつもの場所でいいよね?』

僕は頷く。僕たちが喰らう場所といえば一箇所しかない。行きつけの食堂は「映画館通り」から外れ、奥まった細道に店を構えている。

 猥雑な通りを抜け、暫く歩く。右手側に見える。店前に掛かっている木の看板には、花盛食堂と綺麗に刻印されている。温もりある木の外観は、店員の優しさを示しているようだった。

リン、リン

 南部鉄で作られた優しい風鈴の音――店内に響き渡り、僕たちの入店を知らせる。ランチタイムだと並ばなければ食べられないほどに混み合っているが、少し遅い時間だったために店内には空席が目立った。

お店の人は慣れた様子で、窓際の2人掛け席へ案内する。僕と麻衣とが対面する席。麻衣の顔を堂々と見る事の出来る位置関係だ。

 まじまじと麻衣の顔を見て思う。麻衣はやっぱり美人だ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。昔の方は秀麗な女性を花になぞらえて表現したらしい。麻衣は、僕の知っているどんな花よりも綺麗だと思う。僕は麻衣を見ているだけで、気持ちが高揚するのだ。

ごつっ

『なにぼけーっと私の事見ているの? メニュー見て、メニュー』

 メニューの角で頭を叩かれる。平たい位置で叩いてくれればいいのに、敢えて一番硬い位置である角を使って叩く所に、麻衣のSっ気が感じられる。

麻衣に促されてメニューを目にする。何度も来ている為に見慣れているメニュー一覧だ。沢山の方々がこのメニューを開閉してきたのだろう、メニューの用紙はよれよれでくたくたになっていた。

『私は、ソフトクリームとナポリタンかな? 加藤は?』

『あー、僕はかつ丼とソフト』

長いメニューを上から順に眺めていたが、僕が全てを見終わる前に麻衣は、自分の食べる物を選択してしまったようだ。今日は大事な話がある。だから、こんな所で機嫌を損ねて貰っては困る。僕は急いでメニューを決めた。

 店員さんが厨房へと行った頃、麻衣は僕の顔をまじまじと見つめる。

『なんか今日そわそわしてない?』

僕はギクリとする。敏感な麻衣は僕の隠し事をすぐに見破ってしまう。それは今日も例外ではなかったのだ。今日ほど、自分が顔に出る性格じゃなければ良かったのにと後悔する日は無いだろう。

『どうして、そんなふうに感じたの?』

『映画の時、こっそり髪触ったでしょ』

猜疑心を灯した瞳に釘付けにされ、視線をそらすことが出来ない。背筋を凍らせるような怖さが全身を襲う。

『触っちゃいました』

『はあ~』、麻衣は見つめたままため息をつく、『私に許可をとらないで、お触りする所が嫌らしいよね、一言許可を取ってくれればいいのに。加藤はむっつりすけべだね』

見つめられた視点は僕一点を捉えており、楽しそうな獲物を見つけた瞳の奥には、黒い考えが渦巻いていそうだ。その証拠に麻衣はわざとらしく、髪の毛先を丸めながら指で撫でている。試しに僕はお願いしてみる。

『許しを請えばいいの? じゃあ、触らせて』

『駄目!』

犬のしつけみたいな言い方からは、僕を翻弄して遊んでやろうという気持ちが感じられる。

『どうだった?』

『どうだったって』

『触ってみてよ』

『溶けるようだった』

『なにそれ、高級なお肉の食レポじゃなきゃそんな言い方にならないはずよ』

『じゃあ、……優しかった』

『私の性格と違ってって事?』

『うん、 びっくりする程に優しかった』

『そこは否定すべき所だと思うのだけど』

歯に衣着せぬ物言いに、麻衣はしっとりと見つめたまま嘆息を漏らす。僕が罪悪感に打ちひしがれるように。

 いつものように攻勢一方の麻衣。僕を手篭めにするつもりなのだろう。ただ、今日は僕も負けていられない。

このまま、自分の好まない方へと話が転んでしまっても、遊ばれてしまうだけだ。だから、話を転換させる。

『どっか行きたいところある?』

『こんな田舎には何もないでしょ』

麻衣の言うとおりだ。正直、ここら一帯はデートには不向きな場所である。都会のように夜景が綺麗な場所は特にない。冬のイベントである雪まつりは残念ながら終わっている。全くロマンスを演出出来るような環境ではないのだ。だから、いっその事胸の内を明かしてみようと僕は思う。


『今日告白したいのだけど……』


『えっ十和に……?』

『いや、麻衣に』

『……でも、そういうのって本人には秘密にしておくべきだと思うけど』

『お待たせしました』

僕たちの不思議な空気を引き裂くように、ウエイターが料理を並べる。麻衣は見たことが無いような顔で困惑していた。

 告白――場所・雰囲気・言葉が全て揃って完成する儀式。頼りない自分には、どうしたらいいか分からない。ならいっその事、告白する本人に聞いてしまおうという算段だ。


『加藤くんの気持ちには答えられないよ。断るけどいいの?』


麻衣は聞く。予想通りだったが、実際に言われると少し傷つく言葉だ。僕は精一杯の強がりで、

『いいよ、気持ちを伝える事が大事だから』

『それならば、いいのだけど……』

さすがの麻衣も申し訳なさそうだ。僕の急な路線変更に驚いたのだろう。彼女はお水で口を潤し、

『まず場所が大切なのかな?』

『麻衣さん、どこがいいと思いますか?』

今日、告白される予定の人は首をかしげて、自分が告白されるべき場所を悩んでいる。

『うーん、有名なのは夜景が見える場所とか、花火が見える場所かな?』

麻衣が自分と同じ発想で安心する。

『やっぱり、この市内はデート向きじゃないよね』

僕はぽつりと呟く。

『取り敢えず、この市内でも一周してみる?』

デートという名の元に一緒に行動するのだけど、結局はいつもと変わらない。同じ事しか、出来る事が無いように思えた。

『時間的には大丈夫?』

『いいよ、平気。晩ご飯を食べるって、連絡をいれようよ』

予想外にとても乗り気である様子の麻衣。今日は余程に機嫌が宜しい。

『それならまずは、デートらしい事をしようか』

麻衣はナポリタンの方へと視線を移す。フォークを回してスパゲッティを巻き取っている。スパゲッティは流れに身を任せて巻き付く物もいれば、反抗的に真っ直ぐへ戻ろうとしてしまう物もいる。

 慣れた手つきで器用に丸め、僕の口に向かってナポリタンを流し込もうとフォークを近づける。鳥の子が餌付けされるように僕は口を開く。

 正直、余り好きな食べ物ではない。スパゲッティは、食べる時にくるくると丸めなければいけない。食べるのに手間が掛かる食べ物は余り好きではないのだ。その事を察してか、最近は余り食卓に登る事も無くなった。

 久方ぶりに食べたトマトソースの味は味蕾を刺激し、状況も合わせて幸せな味だった。ふんわりとトマトの香りが口の中に広がる。

『美味しい?』

首を傾げつつ、僕にそっと聞く。可愛い。でも、こんな事をしていたら、嫌でも視線を集めてしまう。「最近の若い子たちはいいわねえ」、おばさんに呟かれても、何も文句を言えないことを僕たちはしている。

『うん。美味しい。でも、新鮮味が無いよね』

高校生の殆どは、異性と何かを食べさせあうという経験はほぼ無いはずだ。でも、僕たちにとって食べさせ合うという体験自体は、余り目新しさを感じさせる行動では無い。

 もしかしたら、もう既に告白するタイミングが遅かったのかもしれない。呪縛は僕たちを縛り、近そうで遠い距離を形成させている。

麻衣は強敵である。重々自覚している。そんな牙城を崩すために、僕は今日、ここにいる。

『実は、僕に行きたい場所がある』

『へー、加藤が行動的なんて珍しいね。それで、どこなの?』

『聞かないで、目を瞑ってついてきて欲しいのだけど』

『なにそれ面白いね、サプライズってやつなのかな? 私はちょっとやそっとでは驚かないよ』

胸算用によると非常に戸惑い、困惑の表情を浮かべるはずだった。バランスは崩れ、明日から口も聞いてもらえない可能性すら存在していた。少しずつ、事態は動的になってゆく。

『その前に、とんかつ一切れ食べさせてあげるよ』

『なにそれ、恥ずかしいから、いや』

天秤のバランスはまだ、麻衣に傾いている。




 僕たちはペロリと平らげた後、店を出る。扉を開いた時に南部風鈴が響いたのが、とても印象的だった。

『じゃあ、目をつむって』

『良いところに連れて行ってね、期待してるぞっ』

軽い言葉と共に、彼女は雪うさぎのような純白の手を差し出す。

僕はその差し出された手をしっかりと握りしめた。視界を奪っている間に、麻衣を転ばせたら僕のせいになってしまうためだ。

『やっぱり、怖いね』

『大丈夫、信用して』

『信用はしているよ、信頼はしていないけど』

『なんだそれ、難しいこと言うね』

僕は手を引っ張って、麻衣の体を動かす。麻衣は反抗せずにただひたすらに、体を僕に預ける。

 僕が少し前を歩き、手を引っ張られた麻衣が後ろをついてくるという状況。いつもの立ち位置とは、逆であるように思えた。

『怖い?』

『予想よりは、怖くないかな』

暫くすると盲目に慣れてきたのか、次第に麻衣の足は早くなった。余り早足になると、危険がともなう。注意しようと思って振り返ると、そこにはバッチリと目を見開いた麻衣がいた。

『えへへ』

『やっぱりな』

 僕はカバンの中から十和のマフラーを出し、麻衣の顔に巻きつける。

『これなら、目を開けても見えないよな?』

『真っ暗。本当は拒否したい所だけど、いい香りがするから許してあげる』

ころばないように口で段差を案内しながら、店の通りを抜けてゆく。

『まだ、つかないの?』

 視界を奪われると不思議と、普段歩んでいた道のりも長く感じる。麻衣は不安がって、しきりと質問を投げかける。

『まだ』

僕は訓練されたオウムのように、決まりきった2文字を返す。

 30分程たっただろうか? 麻衣からは星の数ほどに『まだ?』、『まだなの?』、『もういいでしょ?』、と言わた頃だ。

 公園の目の前につく。「花盛公園」と夢見がちな世界を表すかのような名前がついていたが、冬なので花は全く咲いておらず、厚い雪が覆っていた公園には人っ子一人存在していないようだ。

 予定の場所。

 僕は麻衣に絡めたマフラーを外す。

『目、開けていい?』

『開けていいよ』

目が開く。目の前に公園が広がっている。

『初めてだね。冬にここの公園に来たの。いや、正確には、二度目かな……。加藤くん、熱でもあるの?』

 麻衣にとっては、一番目を背けたい場所であるはずだ。だけど、僕は連れてきた。

『似真麻衣さん。良かったら、手を繋いであのブランコの所まで行きませんか』

久々にフルネームで呼んでみる。慣れない呼び方に少しだけ恥ずかしさを感じる。

 麻衣はどこか辛そうだ。先程までの笑顔は少し曇ってしまったように思える。だけど、あの場所じゃなきゃいけないと思ったのだ。

『嫌だ』

『嫌かもしれない。だけど、僕は連れて行ってあげる』

『……嫌だ』

 俯く麻衣の顔を見ているのは、辛い。笑顔を見たい。でも、ぐっと我慢する。

 ――僕はこれからの関係がもっと深まると信じているのだ。

 僕は、左手を差し出した。撤去されてしまったあのブランコの場所へ向かうために。


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