乳兄妹
六年前の真相です。
綺羅の双子の妹の沙羅は、生まれてまもなく宇治で暮らす祖母の元に預けられていた。理由は双子であったから。
宰相の局にとって双子は忌み子という意識が強く、出産後、生まれてきたのが双子であると分かるや否や錯乱状態になりその後、乳を与えるどころか一切沙羅に触れようとはしなくなった。その為、出家し宇治で暮らしていた宰相の局の母が沙羅を引き取り育てていた。
綺羅は母の元で都で暮らし、沙羅は宇治で暮らしていたため、綺羅が沙羅の事を知ったのは菊の宮の童として仕え始めた頃だった。それから程なく宇治に通い始めるようになり、しばらくしてから菊の宮もお忍びで一緒に訪れるようになった。
血を分けた兄妹ということもあって二人は初めて会ってすぐに仲が良くなり、宇治で過ごす時は常に二人一緒にいた。菊の宮も普段は宮中で年上の女人と過ごす事が多い分、同じ年の女の子と過ごす事が新鮮で宇治で三人で遊ぶのを何よりも楽しみにしていたし、沙羅に対しては男として特別な感情を持っていた。時々都から二人が訪ねてきて、それを宇治で沙羅が待つ。そんな日がこれからも続いていくと信じて疑っていなかった。
あの日が来るまでは。
その日は、いつものように三人で山の中腹にある野原で遊んでいた。
其処は里の者しか知らない場所で、屋敷の者の目を盗んでは、三人でここに来て追いかけっこしたり、寝転がったりして遊ぶのが常だった。
日が一番真上より西に傾いた頃、馬の鼻面を触りながら綺羅は辺りを見回し菊の宮に声をかけた。
「菊の宮様、そろそろ里に戻りませんか。あまり遅くなると尼君が心配しだします。」
「もう、そんな時刻か?」
菊の宮は、仰向けに寝ていた身体を起こすと眠そうな声で綺羅に問いかける。
「はい、今から降りれば里に着く頃はまだ明るいと思います。暗くなると帰り道が不安です。」
綺羅の言葉に考える菊の宮に、傍にいた沙羅も
「宮様、帰りましょう。尼君が心配しすぎて倒れたりしたら大変ですわ。」
しかし、菊の宮は沙羅の顔を見ながら、不満げな顔で
「明日は都に帰るのだから、今日はまだ遊びたい。」
沙羅は、菊の宮の言葉に明日からの事を思い出し表情を曇らせ、顔を俯ける。
「宮様・・」
そんな、二人の様子を眺めながら綺羅はいつもとは違う辺りの様子に落ち着かないものを感じ始めていた。
「綺羅、早く里の者たちを呼んで来い!!」
「沙羅を頼みます!すぐにもどります。」
「沙羅、こっちだ!」
三人で遊んでいる時に綺羅が感じたものは、菊の宮を狙う視線だった。その視線の先に二人の男を確認すると真っ先に行動したのも綺羅だった。背の高い草むらに三人でしゃがむと男達に見つからないように、菊の宮と衣装を換える。
「宮様は、僕の振りをして馬に乗って里に戻ってください。」
「お前達はどうする?」
「僕達は、別の道で里に降ります。しばらくは時間稼ぎになるでしょう。」
「沙羅はどうする、俺が後ろに乗せて帰るか?]
「いえ、宮様一人で戻ってください。宮様が一刻も早く里に戻られたほうが先です。」
「でも!」
「宮様、綺羅のいうとおりにしてください。今は宮様の無事が一番大事です。」
「沙羅、お前は平気なのか?」
「大丈夫です。小さい時から歩きなれた山です。綺羅と二人で逃げます。」
「沙羅・・・」
「さあ、宮様。早く。」
綺羅に成りすました菊の宮が馬に乗って走って行くのを見届け、二人の男がこちらに向かって来るのを確認してから、菊の宮に入れ替わった綺羅と沙羅はすぐに別の道で里を目指した。やがて日は落ち辺りが暗くなってきたが一向に里が見えてこない。二人は山で道に迷っていた。二人を追ってくる足音はまだ聞こえてくる。さらに沙羅は足に怪我をしていてあまり急いで走れない。綺羅は焦っていた。そのせいかもしれない、気づいた時には二人とも道から急な坂を滑り落ちていっていた。
「綺羅・・・綺羅?・・・・どこ?・・・どこにいるの?」
沙羅は痛む身体を何とか起こし、目を凝らし辺りを見回す。綺羅の名前を呼ぶが答えは返ってこない。
暗闇に目が慣た頃、少し離れた所に人倒れているのが見えた。急いで近づき身体に触れようと手を伸ばして沙羅はすぐに気付く。
綺羅だった。
仰向けに倒れている綺羅の頭の後ろから赤い血が流れているのが見える
沙羅の目の前が真っ赤に染まる、やがて、身体の全身が震えだし、頬に熱いものが流れていくのを感じた。
どのくらい、そうやって動かない綺羅のそばに居ただろう。沙羅は月の明かりに照らされた綺羅の顔をじっくり見ると、ゆっくり綺羅の着物に手を伸ばした。
それからの沙羅はどうやって里まで戻ったのかも覚えていない。気が付くと目の前に松明を持った二人の男がいて、男達に聞かれるままに頷いていた。それが、この後どんな結末を迎える事になるかも知らずに。
やっとつながった。次回は一週間後かな




