二人の綺羅
平安王朝風です。時代考証などについては大目に見ていただけると幸いです。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
少し先の道も分からないほどの暗闇の獣道を、二人の子供が走っていく。年は10歳くらい、一人は水干姿の少年。もう一人は衵姿の少女。そして二人の顔は瓜二つだった。
「あっ!!」
後ろ走っていた少女がうずくまる。先を進んでいた少年が後ろを振り返り少年に駆け寄る。
「どうした!大丈夫か?」
「ごめん、つまずいて、足を捻ったみたいだ」
少女の傍らに膝まづき、少女の着物裾を捲り上げると膝から一筋の血が流れていた。少年は着物の端を口で引き裂くと紐を作り傷を紐で縛る。進む先に広がる暗闇に目を凝らしながら、唇を噛み締めため息 をかみ殺す。
「歩けるか?早く山を降りて里まで出ないと危ない」
「本当にごめんなさい、結局足手まといになちゃった・・・
ここで待ってるから、先に行って。草陰に隠れていれば大丈夫・・・」
「馬鹿なこと言うな、こんな所に一人置いていける訳ないだろ!!」
二人が小さな声で話していると、今二人が走ってきた道の奥から人が歩いてくる足音が聞こえてくる。 その音を聞くなり少年は少女の手を掴み素早く立ち上がり暗闇の道を走り始めた。
山の麓の里では、夜も遅い時間であるにもかかわらず明かりが煌々と焚かれ、多くの人が走り回っていた。
「二人は見つかったか!?」
「いや、まだだ・・・しかし、子供二人で夜に山に入るとは、まったく都の貴族のもんは・・・」
身体の大きな若い男が、山の入り口の道の前で里の方からやってくる年上の男に向かって苦々しく答え る。
「文句を言うな、二人を見つければ礼金が貰えるんだ。我慢しろ。早く見つけんと他のやつに持ってか れる。」
「分かった、分かった。それなら、もっと奥の方に行ってみるか。」
そう言いながら入り口脇の細い獣道を進んでいく。しかしいくら慣れている山道とはいえ、月明かりの ない山の中から人を探すというのはかなり無茶な話である。一刻ばかり暗闇の中を進んで行ったが、こ れ以上先は危険と判断した若い男は、後ろから付いてくる年上の男にそれを告げようと口をひらきかけ た時、暗闇の奥のほうから草を踏み分けて歩いてくる微かな音が聞こえた。二人は獣がやってきたかと 身構えるが、それが近づいてくるにつれ様子が違うことに気付き持っていた松明の明かりを前にかざし、声をかけた。
「誰かそこに居るのか?」
すると、その問いかけに答えるように髪を下ろした、あちらこちらに泥がついた水干姿の少年が暗闇の 中から現れ、二人をじっと見つめながら口を開いた。
「あなたたちは里の人?」
「そうだ。俺たちは山の麓の里のもんだ。お前は綺羅とかいう子供か?」
少年はその言葉にぎこちなく頷いた。
「お前一人か?俺達が探せと言われたのは男と女の子供なんだが・・・」
一瞬少年は表情を強張らせるが、すぐに元の表情に戻しながら「自分一人だ」と言った。そして、自分 を麓の里まで連れて行って欲しいと言ってきた。
二人はその言葉にすぐさま頷き、少年を間に挟み里の方に向かって歩き出した。
少年は里に向かう間、僅かに足を引き摺りながら歩く自分に向ける男達の気遣わしげな視線を感じなが ら、一言も口を開くことなく歩いて行った。
その白い足には着物の端で作った紐が縛られていた。