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正しい魔法の使い方

※微妙に残酷表現あります。

 底が見えぬほどの深い崖、生ある存在を拒むように澱む空気、吹く風は生暖かく血の匂いを辺りに広げる、そんな場所。

 アンデッド――そう呼ばれる存在が闊歩(かっぽ)するそこは、陽の射す事の無い、彼等の聖地であった。常ならばそこに踏み込んだ愚かなる者どもを蹂躙(じゅうりん)し、生への渇望のままにその身すべてを喰らい尽くす。それこそが彼等にとっての常識だった。


 普通の剣で切り裂かれようとも、身体を幾つもの肉片に変えられようとも、欠けた場所はそのままに蠢き、切断され、地に落ちた部位でさえ意思を持つ。それさえもできなくなれば……精神体となってなお、生者を屠る存在。

 その存在を脅かすものは、聖なる武器や、白魔道士による魔法などだ。だが、彼等は知る。――この世には別の恐怖もあるのだと。



 長い裾を澄み切った風がふわりと(なび)かせ、足元には清浄な光で陣が描かれる。

 詠唱を終えた薄い唇が閉じた時、真白(ましろ)な閃光が縦横無尽に(ほとばし)る。

「……さあ、お()きなさい」

 慈愛に満ちた声を耳にする頃には、その場には先ほどまで地を埋め尽くすように(うごめ)いていた存在は消え失せていた。


 聖職者とも言われる、白魔道士。

 人を癒し、邪なるものを滅する力を持つその存在。

 アンデッド達にとっての天敵が、彼等の日常を異なるものへと変えていた。強者から弱者へ変わる瞬間。


 だがそれでも、彼等には恐怖など無かった。白魔道士は本来、その(まれ)なる力を得る代償としてか、通常より弱い個体なのだから。

 その操る魔法は恐ろしい力に(あふ)れていようとも、隙を見て喰らってしまえば良いのだから。

 だが、しかし――



「や、やめ……ぐふぅ!」

「ライル!!」

「も、むりぃ……がはっ!」

「ライル頑張って!!」

「たす………け……」

「ああ、そろそろ切れそうだな……ではもう一度」

 切れ切れに届く悲鳴とは違い、淡々とした声が更なる絶望をライルに与える。

「もう、もうやめてあげてぇええええ!!」

 フィリスがその場にガクリと膝を折る。けれど彼女はさりげなくカインの手の届かない位置を選んでいる辺りに黒さが見える。

 崩れ落ちているフィリスを不思議そうに眺めながら、カインは再びライルにありとあらゆる魔法を重ねがける。

 防御力UP、闇耐性UP、悪魔耐性UP、さらに魔法・物理攻撃を防ぐ障壁や、本来人にはかけられないはずの聖属性付与。

 武器にかけるはずの付与をかけられたライルの顔は完全に引きつっていた。


「おや、来ないのならこちらから」

 アンデッドの集団へと向かうカインは、一番密集している場所まで散歩に行くかの如く、のんびりと歩いて行く。

 恐怖に固まり、身動きできないままの敵を、襟首持ったライルを武器にして跳ね除けながら目的地まで。

 辿り着いたその先で、再び長い詠唱を呟きながら、その手はライルを振り回して行く。

 ふっとばされるゾンビやグールの怯えた視線は、ちらちらとカインとライルの間を忙しなく交互する。

 時折浮かぶ憐れみの視線に、アンデッドにさえライルは同情されているのだとフィリスは知る。


「可哀そうなライル……」

 二人の方向へと視線を送るフィリスは何があろうと、この区域に居る限りカインの手の届く場所には近寄らないと心に誓う。

 涙を浮かべたフィリスの瞳が、すぐ傍で運良く生き残ったグールの濁った瞳と合う。

 互いの瞳に浮かんでいるものは同じだった。適うはずのない強者を前にし、ただ怯えるしかない弱者の瞳。

 今ほど相容れぬ存在と分かり合えた日は無いだろう。

 視線を合わせ、お互いに小さく頷く。

(ここで、空気になる……!!)

 今カインに気付かれれば、グールは存在を消され、フィリスは杖さえ持ってないカインの武器2号となってしまうだろう。

 息を潜め、この蹂躙が終わるまで気配を殺す、これが最大のミッションだ。



(こんなことなら、回復薬を使わないでいい場所へ行きたいなんて言わなきゃよかったあああああ!!)


 先日、回復薬を飲みながら戦っていたライルが、心に深い傷を負ったため、気を利かせてフィリスがカインにした提案。それが、回復薬を使わなくても良い所へというものだった。

 カインの持つ魔法は何よりも悪魔や闇属性の存在へと効果的で、それらにならば障壁を張ればほぼ無傷でいられるとの事で向かったこの場所。

 確かに、確かに今日は一度も回復薬を使ってない、それどころかライルもフィリスも怪我一つしていないのだ。だけど――

(もう、もうやめてあげてぇええええ!!ライルのライフは0よ!)

 こうしている間にも、ライルの精神力がガリガリと削られているのがわかる。というか、あれ、意識ある?と不安になりながら見つめた先、ライルは安らかに目を閉じていた。

(よかったわね、ライル……)

 気を失っているライルは本当に幸せそうな顔だった。

 もうこれで、腐りかけのゾンビやグールに顔面からつっこまされ、腐乱した身体と口付けたり、貫通したり、骨を砕く感触を知ったりしないですむものね……と、フィリスはそっと涙を拭った。



「俺の、俺のファーストキスがぁあああああああ!!!」

 翌日、目を覚ましたライルのその絶叫に、彼の心には二度と消えない傷が残ってしまったのだと察したフィリスがそっとライルの部屋へ向けて両手を合わせた。


 ちなみに、あの時心を通わせたグールは、戦闘終了と同時にフィリスによってあっさりと焼き払われたという。

 後日そのことを聞いたライルが、今まで同士だと思っていたフィリスにも怯えた視線を向けるようになったのは言うまでもない。




※微妙にわかりにくかった描写を変更しました

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