十七話
その昔、人間や竜種、エルフ、魔族等、様々な種族が手を取り合ってモンスター狩りをしていた頃。巷ではこんな噂が流れていた。
彷徨う亡霊が如く漂う災いあり、と。それが彷徨う嫁と婿、 とガウェインである。その二人は当時、ただの個別の敵であると思われていた。
だが、彼らにはまたもう一つ物語があったのだ。その亡霊の噂が流れた当時から、更に数百年もの前のこと。今現在のように人間や魔族等は皆バラバラだった。敵対はしていないが、皆が皆、自分たちの種族しか見ていない、知らない頃の話だ。
ある女騎士が冒険に出た。王族からの命令だとか諸々の理由で。目的は未知なる場所の調査か何かだったろう。なにせ、他の種族があるかなんて知らない頃の話だ。そこらじゅうが未知なる場所だっただろう。だが、平原を駆け、髪を風になびかせ、心も胸も踊る冒険がそこにはあった。
そんなある日、彼女はある竜と対峙することになった。その竜の見た目は、人々に畏怖を感じさせ、しかし同時にどこか神聖さを感じさせるものであったらしい。
初めて会う異種族同士、警戒し合って戦いまでしたそうだ。でも、最終的に契約を結んで仲が良くなった。昨日の敵は今日の友というわけだ。
しかし、そこでお互い元の国へと帰り、報告をした結果が戦争だった。初の異種族間戦争がそこで始まったんだ。その戦争を止めようと決起した二人は、戦いの中で互いに連絡を取り合って各国を鎮めようとした。
そして、その中で二人にはある感情が生まれていた。龍族は人間の姿になることもできるためか、彼女と合う際にはその姿でいたそうだ。それもあるのか、二人には恋心が生まれていた。
戦火が広がるにつれ、大きくなる戦争。二人は決意をした。第三勢力として、2つの種族の前にでて、2国の大切な物を奪ったのだ。汚名を着て、2国から攻撃を受けるが元々女騎士は人間の中でとても強い部類であり、竜も強くあった。故に、2国間は協力しあって二人と対峙した。
結果、2国間は戦争が終わり、平和になった。また、他の種族との交流を目的とした行動が始まった。
だが、その代償が一組の夫婦であり、それがその女騎士と竜だったのだ。女騎士は討ち取られることなく、囚人として捕まえられ、酷い拷問の後殺された。龍は龍で龍族の掟に従って殆ど封印された後、殺すことなく囚人として捕まった。
囚われた彼は数十年過ごし、ある拍子に彼女の死に様を知った。彼は龍族の禁忌を破ってある魔法を使う。封印されし自身の力を取り戻し、更にそれ以上の力と生命力を手に入れる代わりに、自身の魂を汚し、理性を失う魔法だ。その結果、彷徨う婿の姿になったのだと。
女騎士は死んだ後、酷い死に方だったからか、恨み、呪い、憎しみによって悪霊としてふっかつした。が、二人は互いを思う強い想いがあった為か亡霊として探し合っているのだ。
その噂が流れた当時はそんなイベント戦はないだとか、嘘乙だとかいろいろ言われていたが……その噂から半年、緊急クエストとしてある恐ろしい竜種が現れた。サーバごとに一時間戦闘できるイベントだったが、その竜種の強さたるや。HPは尋常でなく、その防御力も攻撃力も当時最強と言われていたモンスターを遥かに越していた。また、初の大人数での大規模作戦イベであり、阿鼻叫喚と歓喜の声が。歯応えどころかここまでびくともしない相手は我々にとっては初めての経験だ。序盤からしっかり経験を積んで、順にやる大切さを知っているにもかかわらず、難易度を間違えたかと思うくらいだ。クラスはスリーSを間違いなく越していた。
結局倒せずじまいで竜種は撤退した。設定的にはサーバを渡り、その街その街を攻撃しているという設定らしい。そして、その報酬は幻の品と呼ばれ、とんでもなく高い値段で売り買いが行われていた。
その竜種こそ、彷徨う婿。名前もそうであったから、確信的であった。
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「以上が、その竜の話です……」
聞かされた話は、とても重いものだった。そんな裏設定があったとは……。村長はおそらく、サーバというものは分かってないだろう。が、その表情から、その竜の壮絶な生き方を聞いて何かしら思うところがあるような表情を見せた。
「……そうか。その彷徨う嫁の方はどうしてんだ?」
「その当時では、公式発表で、今もなお……その竜を探し続けているそうでした。その後、イベクエで自由に戦えるようになりましたが、その彷徨う婿は一回り小さく、クラスもダブルSでした。まさしく、別物だったのです」
その話を聞いてんーっと田中が顎に手を添えて考える。
「それって、その龍と関係はあるの?」
「あります」
ほとんど確信を得たように頷いた。アーヴィングは続けて説明をする。
「エルフ種は魔法力と魔力量が高く多いです。その2方面においてはどの種族をも凌ぎますし、おおよそ彷徨う婿ならぎりぎり耐えられます。そう、SSClassの彷徨う婿ならば、ですが」
「つまり、本物なんだな?本物の彷徨う婿が襲ってきたわけだ」
アーヴィングはハイと答え、続ける。
「おそらく、SSSClass以上のバケモノです。ガウェインは特別に魔力を帯びている理由に、魔力吸収を行います。この魔力吸収がつまるところの魔法攻撃無効化であります。そして、魔力吸収をし、かつそれを利用して実に様々な魔法攻撃、物理攻撃をしてくるのです。ただ魔法の結界を破壊するだけなら、普通の彷徨う婿でも可能です」
「あー、すまん。普通の彷徨う婿と本物の彷徨う婿のちからの違いがわからん」
俺はアーヴィングに分かりやすい説明を求めた。いまいち強さの違いが分からない。能力的な違いがどうあるのか。
そう聞くと、すいません、説明しますと言って続ける。
「つまり、普通の彷徨う婿は魔法攻撃無効化がついています。しかし、本物の彷徨う婿はそこに魔法吸収、魔法攻撃可能が追加された上に、その体力の多さが比ではないということです」
「強っ」
つまり、普通の彷徨う婿がこの結界を破壊するには、エルフを狩るのが一番有効であるが、そもそも結界によって村は確認できないはずである。
「それを覆すのは魔力吸収ね……」
「では、その竜に結界が吸収されたのだな……その上、魔法攻撃を放つのは、危険であるというのだね?」
「ええ、その通りです。物理攻撃が有効ですが、元々が竜種ですし、耐性はとても強いかと」
「んー……危険がいっぱいだなぁ。くそっ」
頭を少し抱える。仲間を傷つけたり、失いたくはない。いくら俺達が最強であっても、死なないわけではないのだ。
しかし、俺はニヤッと口角を吊り上げて言う。
「だが、仲間のお願いは聞き入れていきたい」
「そ、それじゃあ!」
「あぁ、爺さん」
「……何かね」
俺達の話が分からない村長は、不審な表情をしていたが、俺の笑みを見てだいたい分かっているようだ。俺はスッと手を差し出して言う。
「俺達を雇ってはくれないか?必ず、彷徨う婿からこの街を守るぜ」
「……他に、頼れるものがないのが事実だ。頼む……」
そう村長は言って、握手を交わした。そして、そこでふと思い出したように俺は口に出した。
「そうだそうだ、それじゃあまず、対価を払ってもらおうか」
「……何なりと。若き娘でも、男でも、金財宝、何なりと……」
「いや、宴会をさせてもらう。しばしの休息を願いたいな」
その言葉にキョトンとして、驚く村長。少しして、彼は豪快に笑ったのだった。
「竜の襲撃はいつになる?」
「おおよそ、明日の夜になると思われます」
「根拠は何からかしら?」
「私のサーチという魔法より、モンスターの位置を把握できるのですが、今のところその範囲外であるからです」
村長の家からでて、歩き進めながら情報の整理を行う。周りのみんなは宴の準備を行っていた。すぐ近くにある酒場でエルフ達が歓迎の宴会をしてくれるらしいのだ。本来は最後の晩餐か何かだったのだろうな。そして、俺達の力を見て、希望を見出したわけだ。何としてでも引き止めたいから、歓迎したのだろう。
「まぁ、関係なくなったわけだがな……」
ぽつりと呟いて周りを見つつ、話を続ける。
「範囲外って言うけど、範囲ぎりぎりからおおよそどのくらいでくるの?」
「約一日です」
「範囲外ならもう来ない可能性だってある。なぜ明日の夜と言える?」
「ソナーという魔法を2重でかけてみたところ、1点だけ反応が帰って来ませんでした。因みに、偵察範囲はサーチより大きいです」
「反応がない……吸われたのか」
「そうですね……2回目のサーチではその一点が移動しており、続けるとくるくる回ってる感じでした。また、その際にスピードを計測した結果、考慮おおよそ、一日ということです」
「……こちらの機会を伺っている感じかな?だが、まだくるくる回っているのなら明日の夜とは言い切れないだろ」
「段々こちらに向かいつつあります。おそらく数分後にこちらへとまっすぐ来るでしょう」
「根拠は何かしら?」
「ゲームでの動きは、攻撃のあと、ある程度の攻撃を食らわせると飛び上がり、くるくる回りながら空中から攻撃をします。その後、一気に加速すると突っ込んできます……同じ敵ですから、おそらく来るでしょう」
「……信頼しているから、その仮定を信じよう。明日の夜、決戦だ」
「はぁ、作戦を考えないといけないわ……」
「了解です!」
話が終わると同時に、俺達はその宴会を行う酒場に到着した。木製の扉をギィッと開くと、皆が既に席へとついていた。机は長く、3つ平行に並んでいる。そこにおおよそ12人が向い合う形で席をとっていた。その席へいくつかの料理が並んでおり、その料理の量からしても、見た目の派手さからしても豪華であった。
美味しそうなスープ、肉のソテーにパンにフルーツ盛り合わせやサラダに大きな焼豚。いい匂いがこの空間を支配していたが、皆は気にせず楽しく談笑をしていた。中には、フロアにいる若いエルフのお姉さんに話しかけている奴までいるのだ。
ため息を俺はついた。
「はっはっは、お姉さん、俺と御茶しないか?」「あ、隊長はお帰りなさい」「お前がーー」「ナンパか?サリバンナンパしてんのか?」「で、だからーー」「あ、なら俺とどう?」「五十嵐は黙ってろ!俺は今、真剣にだなぁ」「ポークピッツが何を言ってるんや?」『サリバーン』「やっべぇ、サリバン息してねぇ!」「衛生兵!えーせーへー!」
ナンパされてたエルフのお姉さんは困惑してる。そりゃこんな連中が話しかけたらなぁ……。
同情しつつ、咳をひとつする。その合図に気づいた田中は手を後ろで組み、背筋を伸ばして皆に向かっていった。
「注目!」
その言葉によって一瞬で静かになった。立ち上がっていた者達は席へと戻り、全員が席にて立ったままこちらを向いていた。
「やすめ」
ザッ
という音が響く。自身の席で立ち、数歩分足を開いて後ろで手を組む。その急激な態度の変化、雰囲気の変化にエルフのお姉さんはオロオロしていた。そりゃそうだろう。先程までのホンワカした雰囲気が急にピリピリしだしたのだ。
「諸君、まず報告がある。宴会の前に聞いてもらいたいことだ」
真面目な顔の俺達を見て、全員が悟ったのだろう。目つきが一層鋭くなった。
「もうだいたい気づいていると思うが、戦闘がある。明日の夜、おそらくこの村に龍が攻め入るだろう」
そう俺が言うと、皆は周りに目を配って少し驚いていた。目が語ってる……おそらく、またかよとか、本当か?とか……少し動揺はしているが、それほどではなさそうだった。まぁ、最初に戦った奴がSSSだったからなぁ……。
「敵の脅威度合いは、SSSだ。前回と同じである」
その言葉を聞いたエルフのお姉さんはフラッと目眩がしたのか倒れそうになる。その体を近くにいたサリバンが支えた。……エルフにとっても、このSSSという言葉がどういう意味を持つのか分かっているのだろう。聞くに、ギルドに所属してなくても、SSSの脅威は一般的に知られているらしく、災害レベルと呼ばれるくらいなのだ。
だが、気にせず話を続ける。
「今回は負傷者が出るだろうと思われるほどの強さだ。最悪、死亡もあり得る」
「まぁ、そうさせないように努力はするわ」
しかし、驚くことにそれほど動揺している者の目は見えなかった。多少驚いてはいるが、覚悟はできていたようだ。
「詳しい内容は明日の朝、ブリーフィング時間を設け、その際に話すことにする。明日も早起きであるから、注意してほしい。以上だ」
そう言ってアーヴィングの方を向いた。視線に気づいたアーヴィングは、ハッとして各々のテーブルへと向かった。
「アーヴィングが料理や酒を調べてくれる。それが終わり次第、宴会を行う。今日は楽しむぞ、以上だ!」
『イエス!マム!』
その言葉を合図に、皆が一斉にそう答えて各々の席へと座る。するとさっきまでの真面目な雰囲気がサヨナラバイバイしてピカチ○ウと旅に出た。
「まだかーアーヴィングー」「い、今行きます」「大丈夫か?」「なぁ、あのチキンメッさうまそう」「……」「……」「……」
ワイワイガヤガヤ。色んな奴がそれぞれに会話を楽しんでいる。アーヴィングは忙しそうに各机に行ったり来たりして魔法を使っていた。他のエルフ達はその光景に驚いたような表情を浮かべている。やはり、アーヴィングは魔法とかなんだとか、そういった面でも普通とは違うのか。
「準備完了です!異常はありません!」
アーヴィングは俺にそう言って席へと向かう。俺は、行儀は悪いが椅子に片足を乗っけて、グラスを掲げた。
「では野郎ども!乾杯だ!」
『乾杯!』
そして、大きなグラスのぶつかる音が鳴り響き、宴が始まったのだった。
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