クズと幻
中学の頃の話になる。
柏千太という友人がいた。
授業中、教師に将来の夢を訊かれて、「美容師になって、客を全員坊主刈りにする」と千太は言った。
もちろん冗談であって、教師は笑っていたが、授業が終わった後千太は呼びつけられた。
そして幾許も無く、その教師は千太を殴りつけた。千太が何か反抗的なことを言ったのかもしれない。
最近の教師は、生徒を殴るのが難しいと言うけれど。
僕はそれを痛そうだなと思いながら、ただじっと見ていた。
千太は勉強も運動も何も出来なかったし、やるつもりも無い男だった。
そういうタイプの友達は別に珍しくない。
「面倒くさい」が口癖の長谷川。
長谷川は「面倒くさい」と言いながらも、バンド活動に熱を入れていた。
オカマっぽい仕草でくねくねしていた志田。
志田も音楽をやっていた。
万年反抗期の織部。
織部は不良グループに入ったり、抜けたりを繰り返してたみたいだ。
どいつもこいつも、長続きはしないにせよ、するにせよ、何かしらの形で自分を型にはめていた。
または、型にはまることに憧れていた。
音楽だって不良だって、結局自分を型にはまらせようとしなければ出来ないことに思えた。
音楽をやる型。不良をやる型。もちろんそれだけにはとどまらない型がたくさんあるだろう。
それがうまくいくかどうかはもちろんわからないけど。
でも例の教師に殴られていた千太は、そもそも何の型にもはまろうとしていなかった。
では千太は普段何をしていたか。
実際目に見える事は何もやっていていなかったので書きづらい。
敢えて書くなら、千太はただ冗談を言っていただけだった。
例えば殴ってきた教師について、「あの教師は自殺した方がいい」だとか、「俺は許さない」だとか、
千太は色々言うけれど、彼の言葉は全て冗談にしか聞こえなかった。
そういえば彼はよく万引きもしていた。化粧品を盗んで、とある美人の女子にあげていた。
しかしその女子からは「気持ち悪い」と陰口を叩かれていた。
そんなことも冗談に思えた。
進路についても、「俺はスポーツ推薦で私立高校に行く。」と千太は言っていたが、彼は何のスポーツもしていなかった。
やっぱり冗談だったと思う。
僕についても少しだけ書こうと思う。
僕もこれといってやっていたことはなかった。
唯一勉強だけは、授業中は特に喋る相手が居なかったので、
真面目に聴いていた結果、そこそこ上手くいっていたけど、
そもそも勉強が大嫌いだったから、勉学で明日の首がつながる気はしなかった。
僕は自分が型にはまることさえ出来れば、と思っていた。
とにかくなんでもいいから、型にはまれば生きていける気がしていた。
裏をかえせば、現状のままでは、近く死ぬだろうと思っていた。
自分の死因はなにか、ということを考えていると楽しかった。
一番良く思いつくのは餓死で、次が自殺。
働く場所が見つからない結果、それに伴う餓死か、
将来への不安からくる自殺で死ぬのが自分だと思っていた。
中学を卒業した後、僕は結局高校に行ったが、千太は特に何もしていないと聞いた。
こちらは特にそうした事を気にしていなかったが、千太は存外に気にしていたと見え、疎遠になった。
その後、僕は高校を中退して、毎日ごろごろ寝ている生活が続いていた。
ようやく自分の素に近い生活になったと思っていたけど、
自分の素に近くなるにつれ、近く死ぬだろうと思えてきて、どうにもならなかった。
僕が高校を中退したことを、どこからか嗅ぎつけてきたのか千太がよくやってきた。
千太は高校中退の僕より、中卒の自分のほうが中途半端でない分偉いと思っていたらしく、
かなり図々しかったが、その辺に好意を持った。
一緒にその辺を散歩するだけでも、なかなか面白かった。
夜中、まっ暗い道で、知らない爺さんが歩いているのを見つけると、
千太はその爺さんに向かって「おはようございます!」と叫ぶ。
爺さんはあっけに取られながら「おはよう」と言う。
すると千太は「まだ朝じゃないですよ、お父さん!」と叫び返す。
隣で歩いている僕に向かって、「あのジジイボケてるよな」などと、爺さんに聞こえるように言う。
僕が謝罪し、爺さんから代わりに怒られているのを見て、千太は笑っていた。
かなりの頻度で家にやってきた千太が、僕の家に訪れなくなった。
「僕何かまずいことをしたかな」とか、「少年院にでも入ってるのかな」だとか思いながら、四ヶ月が過ぎた。
僕は本気で心配になったので、千太の家に行った。
もし何か殴られるようなことをしたのであれば、殴られてから、殴り返せばいいかと思っていた。
千太の家には、珍しく千太の母君がいた。
「千太くん居ますか」
「千太は病院に行ってます」
「どこか悪いんですか」
「頭がちょっと」
千太の頭が悪いのは知っていたけど、しかし冗談ではないように思えた。
「どこか打ったんですか」
「なんかね、見えないものが見えるって言うの」
「幻ですか」
「うん」
色々考えたが、とにかく千太が今居ないのなら、僕は帰って寝ようと思った。
あの千太が幻覚をみているということを考えると、何だか恐くなった。
僕は大学に行くために勉強を始めた。
両親は喜んで、「何もしないよりずっといいよ」と言っていたけど、知るものかと思った。
大学へ行くことは、いつも僕がやっている対処の放棄より、取り返しの付かない対処の放棄に思えた。
しかし、千太のように幻覚が見え始めたら、それが自分自身から滲み出てくるものである以上、僕の手には負えないと思った。
現実や他人だって、手には負えないけど、幻覚よりかは手に負えるような気がした。
千太は、彼にだけ見えている幻覚にどう対処しているのか。
立ち向かっているのか。宥めすかしているのか。
それとも外界への接し方と同じように、冗談を言っているのか。
考えた結果、僕が想像したのは、岩のように動かずただ一点を見つめる千太の姿だった。
僕が知っている千太は快活な男なのに、その静かな姿がなんだか一番千太らしいと思ってしまった。
初めて書いた小説(?)です
モデルになった友達は居ますが、ほとんどフィクションです