第7話:不死たるものの末路
「死にたい… 死にたい… 誰か、誰か… 私をコロシテクレ…」
崩れ去った世界の中で、ただ一人生き残った者が叫ぶ。
それは、狂気と絶望に歪められた一つの悪夢。
神によっても殺せない究極の悪夢の一端。
そして、ゆくゆくは世界を恐怖に陥れるために生まれた存在。
人は… いや、神は彼をこう呼ぶ。
『不死者』と。
その世界に着いたとき、俺はすぐに気がついた。
いや、気がつかされたというべきか。
腐臭と崩れ去った世界の荒野の中で死にたいと叫ぶ男。
しかし、その力はすでに危険域を超えている。
「なるほど、あれが『不死者』か。」
「あぁ。どうしても死んでくれなくて困ってるんだよ。」
「あれは、死んでくれないっていうよりかは死ねないんだろうな。」
「原因は分かるか?」
「いや、まだ何とも。」
「そうか。では、頼むよ。」
「あぁ、ちょっと離れててくれ。」
「了解。」
「さて、『不死者』さん。そろそろお休みの時間ですよ?」
「コロシテクレ… コロシテクレ…」
「もうすでに言葉は使えないか。だが、『神殺し』と『破壊』を放置するわけにもいかんから、困ってると。」
「コロシテクレ… コロシテクレ… コロシテクレ!!!!!」
突然、魔力が弾けた。
おそらくこれが神が危惧した魔法だろう。
魂を爆発的に開放して周囲の魔素をすべて魔力に変換、そのまま放出する魔法か。
いや、これは魔法というより自爆だろう。
制御できてないようだし。
【聖域の紋章たる十字の印 刻まれしは白色の結界 現界と異界の境界となれ】
発動:空間障壁
やつの発動した魔法は、俺の手前で何かにぶつかって吸収される。
この魔法は、空間自体を切り取る魔法。
これによって、やつと俺は異空間に存在することになる。
結果、魔力の波は空間と空間の間に空いた時空の裂け目に呑みこまれ、拡散していった。
「にしても、よくこんな魔法使えるな。魂が薄くなって自然消滅するんじゃね?」
「コロシテクレ!!!」
放たれた第2波をまた障壁で防ぐ。
そして、収まった瞬間仕掛けてみる。
「目には目を、歯には歯を、魔力には魔力を。」
【穿て、2対の魔槍ビースト】
両手に魔力を集めて打ち出す魔法。
単発の魔力砲より威力は落ちるが、曲線を描く軌道で2方向から攻撃できる。
これなら、片面障壁系魔法や薄い全方位障壁を打ち抜くことができる。
そして、案の定敵の障壁をぶち破って直撃した。
「ぐぉぉぉぉぉ!!!!」
「!!!」
しかし、直撃して突き飛ばされるはずの魂が飛び散らない。
通常は魔素で構成された物質、すなわち魂にダメージを与えるはずなんだが…
「イヤだ… イタイノハ、イヤダ!!!!」
3度目の爆発。
しかも、今度のは威力がでかい。
あわてて障壁を張るも、空間の障壁を突き抜けて衝撃がきやがった。
「くそ、どんな反則技だよ。」
通常、時空間の歪は少量でも貫通できない。
理由は簡単で、広大な時空間に直結してるため、そっちに受け流すからだ。
もしもそれを超えても攻撃したいなら、空間と空間をつなぐ道を作るか、空間に拡散するより早く魔力を供給する必要がある。
今のはおそらく後者だな。
「にしても、あれって自分中心の全方位攻撃じゃないのか?どうやったらそんな強力な魔力変換できるんだよ。」
まぁ、呟いても相手は答えないが。
「とりあえず、原因を探りますかね。」
【我知るべきはかの者の真理】
分析魔法発動 通常の肉体との相違点を検索。
「ボロボロでもなぜか生きてるってだけで、特に不信点はないな。」
ということは、魂の方に問題があるってことか?
【…!…!】
「!」
【空間障壁】
「魂吸収だと!?」
魂自体を膨れ上がらせ、触れた相手の魂と融合する技。
これは、すでに人間の使える魔法じゃない。
相反する二つの魂を同一のものと定義する…
つまり、主神ですら使えない世界の法則に干渉する魔法の一つ。
「これが【破壊】か。なんとまぁ、厄介な能力を持ってくれましたわ。」
だが、これで少し原因がわかった気がする。
世界法則に干渉出来るなら、定義の書き換えを行えばいい。
つまり、『自身は死なない』と定義すればいい。
生きているというのは魂と肉体が結びついていること。
つまり、どんなに肉体が損傷しても結びつきがあれば死んだことにはならないんだ。
「なら、その定義の限界を超えればいい。」
あくまで、この定義も万能じゃない。
限界を超えて肉体を損傷させ、それがすでに肉体とは呼べないほどまで粉々にすれば、新たな定義が生まれて自然消滅するはずだ。
「すなわち、あいつの肉体を"物"と呼ばれる領域まで分解する。」
「コロシテクレ…」
「あぁ、今殺してやるよ。」
両手に魔力を集め、それを光エネルギーに変換する。
それは、光属性魔法の最高峰とされる魔法の一つ。
純粋にただ強烈な光を生み出す魔法。
光自体は破壊や殺傷とは無縁の力。
だが、強すぎる光は熱を持ち、万物を振動させ、粒子へと分解する。
また、大小さまざまな光はそれ自体が微小な粒子としての側面も持ち、光の奔流はすべてを内外からぶち壊す。
【光よ。 かの地へ集いて灼熱とかせ。 大地に輝く仮初の太陽は、その内に秘めし全てのものを焼き尽くす。】
これが、光属性の最高峰とうたわれる魔法。
輝く恒星のひとつを出現させる魔法。
「消え去れ!!!」
発動と同時に空間障壁を展開する。
それとほぼ同時に、かの世界で光が弾けた。
その光は滅びゆく世界に終焉を告げる。
かつては世界中にあふれていたであろう輝き。
かつては命の営みを支えた豊穣の光。
そして、今は世界を滅ぼす終焉の炎。
その業火に焼かれて、浮かばれぬ魂はようやくその戒めを解き放たれた。