第27話:夏の盛りの宴の前に
その日も、お父さんは帰ってきませんでした。
色々聞きたい事があって、何を聞けばいいのか分からなくて、私はどうしようもありません。
ただ、ベッドの上に横になって、彼の言った言葉を考えていました。
彼は、お母さんに呪いをかけ、それによってお母さんは植物状態になった。
そして、死んでしまった。
殺したのは自分だから、怨むなら僕を怨むと良い。
彼の言葉を思い返してみると、それだけしか言われていません。
でも、私は一人で納得して、彼に暴力をふるってしまいました。
今考えても、自分の行動が何だったのか、さっぱりわかりません。
ただ、あの時は酷く納得していたのを覚えています。
「もしかしたら…、ううん。確実にお父さんは何か知ってる。」
いや、知っていて隠している。
じゃなきゃ、お母さんが死んで今までの行動は変だ。
お父さんは、私みたいに無くでもなく、呆然とするでもなく、少し寂しそうにして笑っていた。
そして、お母さんは病気で死んだんだと繰り返していた。
なら、きっと何かを知っていて、隠しているんだと思う。
私の知らない何か。
そして、私も今回の行動は変だ。
何か、自分が知っているはずの事を忘れている。
それは、とても大切で、当たり前の事だった気がする。
でも、なぜか思い出せない…
「はぁ、私どうしちゃったのかな?」
いつもはこんなことで取り乱すなんて、あり得なかったとおもう。
なのに、なぜか自分が自分じゃないみたいに勝手に動く。
それを認識して、すぐに私は立ち上がりました。
こうしていてもしょうがない。
もう、自分だけではどうにもできない。
いてもたってもいられなくなって、私は駆けだしました。
目指すのは絶対何か知っている人の所。
お父さんの所。
お父さんの職場は、電車を何個か乗り継いだ先にある魔法学校。
そこに行って、お父さんの娘だと言えば、取り次いでもらえるはず。
忙しいのは分かっています。
何日も帰ってこないという事は、仕事のかたがつかないという事。
でも、私は行く必要がある。
聞かなければならない。
だから、家から飛び出して電車に乗ります。
先に進むにつれ、流行る心。
急いでついてくれと思うたびに遅くなる時間。
そんな悪循環の中でようやくたどり着いたそこは、思ったよりずっと大きな学校でした。
「えっと…」
正門の前に立つと、自分がいるには酷く場違いな場所に感じます。
中学とは違って私服で登校する生徒も、何人か見られます。
ただ、みんな私よりは遥かに大人で、そんな大人の集まる場所に、子供の私が入れるでしょうか?
でも、今は勇気を出すしかありません。
守衛室らしき場所は、ここからでも見えます。
そこへ一目散に駆けると、私は自分が神埼の娘である事、そして、お父さんがここで働いていて、どうしても会いたい事を告げました。
「はい、はい、あ、はい、はい、そうです、はい、は、はい、分かりました、はい、はい、失礼します」
と、守衛室のおじさんが確認を取ってくれている間も、そんなやり取りが酷く落ち着きなく感じます。
だから、おじさんが言った言葉が、私には信じられませんでした。
「えっと、神崎さんだったかな? 君のお父さんはここには勤めていないよ。場所を間違えたんじゃないかな?」
「え…」
…場所を間違えた?
確かにその可能性もあると思い、急いで校門に戻ります。
そして、見上げた看板には、確かにお父さんの職場の名前が書かれていました。
でも、守衛のおじさんも嘘を言っているようには思えません。
どういうことなんでしょう…
そう思って立ちつくしていると。
「神崎さん?」
後ろから声をかけられました。
急いで振り返ると、スーツ姿の男の人が佇んでいます。
それが、一瞬誰なのか分からなくて、首をかしげました。
「あぁ、なるほど、この恰好じゃぁ分からないか。」
そう言って、手を差し伸べてくれる男の人。
それで、ようやく私は一人の人物に思い至りました。
「…松崎さん?」
「うん。まさかこんな所で出会うとは、奇遇だね。」
「えっと…」
と、当然私もこんなところで会うなんて思いませんでした。
有ったのが3回だけど、どれも図書館の中での出来事です。
私のお父さんを説得したのだって、図書館に呼び出してだったし、まさか図書館の外で会えるなんて考えもしませんでした。
そんな私の考えを読み取ったのか、松崎さんは面白そうに笑いました。
「もしかして、なんか困りごと?俺でよければ相談に乗るんだけど。」
「えっと…」
そう言われて、何から話したらいいのか分からなくなります。
ただ、一つだけ、今聞くべきことを思いつきました。
「あの、お父さんがここで働いているはずなんですが、来てみてもいなくて…」
「…あぁ、神崎さんか。そりゃぁ、いないだろね。」
「…?」
なぜか、当然のように言われて、私は驚きました。
もしかして、何か間違えたんでしょうか?
「お父さんに何か用事?」
「はい、どうしてもすぐに聞かないといけない事があるんです。」
「そっか。
…わかった。僕が君のお父さんの所に連れて行ってあげよう。」
「え、ほんとですか?」
「あぁ。」
そういうや否や、松崎さんは歩きだします。
それは、先ほど私が出てきた学校の中の方です。
それに、私なんかが勝手に入って良いのかと思いましたが、守衛室のおじさんも見て見ぬふりをしてくれるみたいです。
松崎さんが片手をあげると、それだけでおじさんは何かを了解したように立ち上がり、電話をかけているのが見えました。
「神崎さんは多分知らない。だから、知らないといけない。」
「…!」
一瞬、ドキッとしました。
それは、私の核心をついた言葉だったのです。
でも、よくよく思い返してみれば、松崎さんが私の気持ちを知るはずもありません。
なら、きっと何か別の事だったんでしょう。
でも、その時の私には、その言葉が頭から離れませんでした。
しばらく歩いてたどり着いたのは、一つの個室でした。
歩き出した当初は何人かの学生さんに不審な目で見られていましたが、歩くにつれて向かう先は人気のない方です。
まさか、監禁でもされるんじゃ?
と思い始めたころ、松崎さんはここだと言って一つの部屋の中に入りました。
そして、つられるようにして私も入ります。
そして、入りきったとたん部屋のドアが閉まり、暗い部屋の中に二人っきりで取り残されました。
それで、すぐに私ははっとなり振り向いて、逃げ出そうとします。
それよりも先に、部屋の中が急激に青白い光に包まれ、振り返れば巨大な魔法陣が闇に浮かんでいるのが見えました。
あれは…
「これは、転移門と呼ばれる魔法だよ。特定の魔法障壁を突き抜けて転移先に移動する、裏口の一つだね。」
そう言って、松崎さんはその転移門を操作しています。
「君のお父さんは、毎日ここから職場に通っているはずだよ。」
そう言われて、ようやく松崎さんがここに私を連れ込んだ理由がわかりました。
それと共に、疑った私の浅はかさを呪います。
「さて、こっちは準備ができたけど、そっちは大丈夫?」
「あ、はい。」
私がうなずくと、松崎さんも頷き返してくれました。
そして、行くよという掛け声の下、一際強く魔法陣が輝くと、次の瞬間には私は赤い絨毯の上に立っていました。
「…え?」
周りを見渡せば、廊下ばかり。
そして、全身鎧を着た兵士二人が私を取り囲んでいました。
「貴様ら、何者だ?」
「ほう、俺に武器を向けるとは、よっぽど偉い人物なんだろうな?」
そう言って、松崎さんが兵士を見つめると、それにハッとなって兵士は壁際に帰ります。
「し、失礼しました。まさか『世界最強』様がこのようなところに現れるとは思いもよらず…」
「良いから、武神ザキルの所に案内しろ。あぁ、やっぱりいい。自分でいこう。」
「あ、は、はい!どうぞ、お通り下さい!!」
そう言って、即敬礼をする兵士さん。
にしても、『存在最強』とか『武神ザキル』とか、知らない単語が出てきて、私はちょっと困惑気味です。
それに構わず、松崎さんはずんずんと歩きだすので、私もつられて歩き出しました。
廊下を歩いたのは、およそ数時間でしょう。
その間に、松崎さんは色々な事を教えてくれました。
ここが、天界と呼ばれる、いくつもの世界を管理する神々が住まう場所だという事。
私のお父さんもそんなところで働いているという事。
魔法学院が、私の世界の優秀な人材を雇用するための場所であるという事。
そして、神様にもいろいろな階級と仕事があるという事。
かなり詳しく説明してくれたおかげで、私は『武神ザキル』という人の部屋の前まで来るころには、天界の事がある程度詳しくなっていました。
そして、今いるのがこの天界で第3位の偉い地位を持つ人の部屋の前。
そこには、何人もの男の人が押さなければ開けられないほどの、丈夫な鉄の扉がありました。
準備は良いかと聞かれたので、緊張しながらもはいと答えます。
それを聞いて、松崎さんは扉を押し広げました。
それを見ながら、私のやるべき事を復習します。
まず、この部屋で一番偉い人に礼をし、時間を開けてほしいと頼む。
承知されたら、お父さんと話す。
それだけなのに、酷く緊張する心が抑えられませんでした。
そんな私の事を無視するかのように、松崎さんはずんずんと部屋の奥に進んでいきます。
そして、私の愛立つすべき人を連れてきてくれました。
「…美穂?!!!」
「お父さん…!!!」
それは、豪華な服装に身を包み、それでも闘気を漂わせる武神の第3位…
…まぎれもない、私のお父さんでした。
ちと、また物語が予定を外れた…
当初の予定では、この二人の出会いはもうちょっと後だったんだけどね…
でも、時系列的にはここが一番しっくりくるんで、まぁ、結果的には良かったと思います。
ただ、主人公が自分の制御を離れて勝手に舞台に上がりだした…
もう、どうにも止まらない♪