第9話:武神の道
武神の心得
神とはその存在を持って万物を調停す。
慢心あるなかれ。
常に向上を目指せ。
己が存在が絶対であることを知らしめよ。
さりとて、その力は己が力のみにあらず。
遥かな高みに立ちて下々を見渡せ。
見解を深めよ。
すべてを見渡す広大な目こそ知略の骨頂なり。
「ふむ。我が見解もまだ未熟であったか。」
我は神々の住まう天界において武神の一角を担う者。
此度は死神より配達を命ぜられ、無限書庫なる地へ赴いた。
その折、己の見解を広めて参れと仰せつかった候。
「無限書庫なる地はほんに良き書物があふれておるの。」
入口付近の雑多なる俗物を見た時はあきれ返ってしもうたが、階下の奥深くへと潜るほどに無限に広がる空間が増え、第6階層に至ってはすでに神々の愛読書となりうる書物が溢れかえっておった。
今読んでおるこの「森羅万象」という書物も実に興味深いことが書かれておる。
著者は武神を束ねる最高神にして天界の六大神の一人、『武皇』様らしい。
数多の戦の戦略、知略が書かれており、その見解の広さに驚かされる。
この本を貸し出すことはできないそうだが、頼めば写本を用意してくれるらしいので、この無限書庫の主たる彼に頼もう。
思えば、彼もまた実に興味深い。
天の邪鬼たる神の力を受けたとはいえ、この無限書庫をたった一人で作り出し、神々が目を離した数年のうちに神を超えて見せた異端者。
その実力は、知識においてすべての神を束ねる主神を超え、魔道に関して魔法の起源たる魔王を超え、力においては人の域を出ぬものの、ほぼすべての存在の頂点に立つ男。
一度手合わせを願いたいが、如何せんどの点において競うかによって勝敗がすでに明白である。
此度まではなかなかに機会にも恵まれず、望み半ばで終っておる。
「今一度本格的に頼んでみようか。」
よもや、武術ができると思っていた時期もあった。
されど、かの者の戦いは魔道においてのみ。
ならば、戦うとすれば魔道対武術の戦いとなるだろう。
むろん、我も魔法使いと戦う時は少なくない。
今の世の中、魔法使いが優位に立ちやすいからだ。
我が武神で居られるのは、魔法の一種である気を使えるからであって、摩訶不思議な力を使わずに勝てるはずもない。
しかし、逆に申せば並みの相手ならばそれで十分に戦いをこなすことができる。
「だが、我が力がどれだけかの者に及ぶか。」
仮にも『世界最強』と呼ばれる主神も恐れる男である。
これは、本当に戦ってみないと分からないらしい。
「ならば、この後の予定を詰めても一戦を交える価値はある。」
そう思い立ってすぐにかの者の下へと向かった。
せっかく掴んだ好機、見過ごす手はない。
「なるほど、それで俺と手合わせしたいと。」
「嗚呼、我が武の至る所を垣間見たく候」
「分かった。それで、どれくらい力を抑えればいい?『失われた技術』を使わないにしても、おそらく神には分が悪いだろうから。」
「我が力の至る所を知りたく思う故、その力は貴殿の目で見極めてほしく思う。」
「つまり、俺に任せるってこと?」
「そのように。」
「うん、分かった。じゃぁ、練習場に行こうか。」
そう言うと、かの者は1冊の本を取り出した。
所々に破られた項のあるその本は、全体を細かい文字で埋められている。
あれは、確か『空間創造の書』の1冊だっただろうか?
「あ、君たちの方でこの本の扱いはどうなってる?」
「技術は超越しておりますが、その方自体は只の本として。」
「そう。禁書扱いじゃなくてよかったよ。」
おそらくは神に見られて不味い物かということだろう。
その本自体は超越した技術の一端を握るには十分な力を持つ。
されど、その発現する魔法は許容される内にあり、危険も少ないことから禁止はされておらず。
その本の1項を破ったかと思うと、それは光の粒子となり異空間を形成した。