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編み物教室の初心者コースは膝の上?


 放課後の家庭科教室で俺たちは向かい合って座っていた。

「では、鳴神先生! よろしくお願いします!」

 鳴神くんに向けて俺はぺこりと軽くお辞儀した。

「ハルの料理みたいに上手にできないかもしれないけど」

「大丈夫、鳴神くん勉強教えるのだって上手いもん」

「そうかな、じゃあ頑張るね」

 先週の土曜日は調理室で唐揚げを作った。初日の家庭科部の活動は大成功だった。

 そして今日は第二回目の活動日。

 鳴神くんの編み物教室の日だ。

 編み物について話すのを最初はためらっていた鳴神くんも、今は休み時間に編み物をしている。隣で楽しそうに過ごしている鳴神くんを見ていると、俺に気を許してくれてるんだなぁって嬉しくて自然とニコニコしてしまう。

 鳴神くんの家には余った毛糸がたくさんあるそうで、今日は俺のために練習用の毛糸を持ってきてくれた。俺たちの横のテーブルにはピクニックで使うような籐かごが置いてあって、中にはカラフルな毛糸が山盛りで入っている。

「最初は簡単なものがいいと思う。ハルに挫折して欲しくないし」

 鳴神くんはそう言って、かごの中から小さな長方形をとりだした。

「これ、うちの神社のお守り袋なんだけど。俺が初めて作ったやつなんだ」

「おぉ、お花がついてる」

 ピンク色の毛糸で編まれた四角形は、上を毛糸で絞ると袋状になった。そして毛糸で絞った上部には紫の毛糸で編まれた花が付いている。

「難しい花は俺が作るから、今日は一緒に合作しよっか」

「うん」

 先週は唐揚げ大会だったから、今日は編み編み大会だろうか。やるからには絶対マスターするぞと俺は気合いを入れた。

 俺の右手には鳴神くんが貸してくれた金色のかぎ針、左手の指には黄色の毛糸がかかっている。準備はできた。目の前に座っている鳴神くんの真似をすればいい。

 リアルにお手本がいる状態なんだから、何も難しいことはない。

 ――はずだった。

「じゃあ、まず、基本のくさり編みとこま編みをやります」

「おう!」

「最初にかぎ針と毛糸の持ち方から。左手の中指と親指で糸を押さえます」

「ふんふん。左手に糸」

「十センチくらいかな、糸を余らせておいて、右手に持っているかぎ針を左手の三角形になっているところに下からいれます。で、手前に一周ぐるっと」

「ぐる?」

「ぐるっと、手を返すように」

「ぐるぐる……」

 鳴神くんは教えるのが上手い。上手いけど、肝心の俺の手と頭が全然一緒に動かない。全てがフリーズした。

「まって! 鳴神先生! ストップだ! 目が、目がぐるぐるします!」

 俺がギブアップしたら鳴神くんは説明の手を止めてくれた。先生の期待に応えられないダメな生徒で不甲斐ない。

「ご、ごめんハル。俺、人に編み物を教えたことがなくて、自分で本見たり動画みたりしてやってたから、すごく……教えるのが下手だ」

「いやいや、先生は全然悪くないし!」

 鳴神くんは俺の目の前で頭を抱えてしまった。編み物がこんなに難しかったなんて知らなかった。

「ハルは悪くない。俺の教え方が悪いんだと思う」

「鳴神くん!」

 俺は目の前で悩み始めた鳴神くんの手を慌てて握った。せっかく二人で部活をやっているのだから、二人で知恵を出し合ってこの難関を乗り越えたかった。

「ハル……」

「俺、全然大丈夫やからね。あ、そうだ! 俺たち向かい合ってるから、ダメなんじゃね? ほら、横に来て貰ったら、きっと右手と左手がこんがらからない」

「なるほど、授業でも教室ぐるぐる歩き回る先生いるし、それだ」

「うん。だから鳴神くんが俺の隣に座るのはどうだろう」

「よし、やってみよう」

 それから俺たちは試行錯誤を重ねた。

 結果的に俺のアイディアは間違っていなかった。

 鳴神くんが俺の隣に座ってくれて、俺はやっと編み物の第一歩を踏み出せたのだから。

 ただ、段々と難易度が上がっていき、鳴神くんの教える熱も上がっていった結果。

「ハル……右手が違うかな」

「え、こう?」

「あと糸をすくうのが逆だね」

「あ、そうだった!」

 鳴神くんの手が俺の手に重なり、次第に手取り足取りになっていく。

 鳴神くんは俺の後ろに立つようになり、それでも伝わらなくて二人羽織状態になった。――そして、最後には。

 いいんだろうか。俺は全然良いんだけど。いいのかな?

「えーっと、なんか……ごめんな鳴神くん。俺、重くない?」

「全然。俺もこの方が気楽かも、一緒に作業進められるし、いいと思う」

「そうかな」

 俺は鳴神くんの膝の上に乗って教えてもらうことになった。

(だって、ずっと後ろに鳴神くん立たせて、教えてもらうの……悪いし)

 今は鳴神くんの手が俺の手に重ねられて一緒に動いている。

 俺は鳴神くんの指の動きを目で追っていた。

 大きな手だけど、指先は繊細に動いて、細かい作業を難なくこなしている。

(すげぇ、魔法みたい)

 一人でかぎ針を動かしていると全然上手くいかないのに、鳴神くんが一緒に手を動かしてくれるとスイスイ針が進んでいく。

 俺は魔法使いの操り人形になっていた。これが編み物の教え方として正しいのか分からないけど、右手左手どっちをどうやって動かせばいいのかを言葉で伝えるより分かりやすいのは確かだった。

(けど……これは、えーっと)

 すごくドキドキする。鳴神くんが話す度、耳元に鳴神くんの吐息が当たって落ち着かない。

「え、えっと」

「はい。もう一回、左手の人差し指に、糸を絡めて、ね」

「は、はい」

「もう少し緩めた方がいいね。指、痛くなるし、編み目が硬くなっちゃうから」

「う、うん」

「そう……上手。とっても綺麗になった」

 鳴神くんに褒められたのが嬉しくて、飼い犬みたいに大喜びで振り返った。――その瞬間。

「そうかな! 俺、才能あ……る?」

 振り返ったら鳴神くんの顔がドアップだった。その表情があまりに綺麗だったから、びっくりして心臓が止まるかと思った。

 鳴神くんの長いまつ毛がゆっくりと瞬きした。

「あ……」

 間近にある慈愛に満ちた甘い表情は、黙ったまま俺のことをじっと見つめている。もう少し近づいたら、お互いの唇が触れそうな位置だった。

「……なる、かみくん」

 俺の声は緊張で掠れていた。

 もう少しで唇がくっついてしまう。その、すんでのところで鳴神くんの口が開いた。

「才能あるよハル。この調子なら、すぐにクマも作れると思う」

 鳴神くんが口を開くまで頭の中が真っ白になっていた。鳴神くんが口を開いた瞬間、壊れた時計の針が突然ピョンと進んだみたいに思考がジャンプする。

「ぇ、ぁ、ほ……本、当に?」

 声が変に裏返ってしまった。

「うん。でも根を詰めると肩凝るし程々にね。疲れたら適度に体動かした方がいいと思う」

「そ、そだね! うん。運動大事だ。うん」

 多分俺の顔は真っ赤だ。慌てて正面を向いて再び編み物に向き直った。

 ――俺なんか変だ。

 あのままキスするかと思った。というか、俺はあのまま鳴神くんとキスをシてもいいと思っていた。

 鳴神くんとキスがしたかった。

 振り返って、見つめ合うまで全然そんなこと考えてなかったのに。

(てか何考えてんの俺、普通に考えてあかんやろ! 鳴神くんは真剣に俺に編み物教えてくれてたのに。ふきんしんすぎるし! 絶対、ダメ!)

 学校でいつも二人っきり。最初は田舎での学校生活に不安ばっかりだったのに、鳴神くんが俺に優しくしてくれて、相方としてクラスに温かく迎え入れてくれて。

 その上、一緒に部活まで作ってくれて。

 いつも教室に二人でいる、この当たり前のような関係が幸せと感じている。

 俺、調子良すぎ。一人で勝手に盛り上がって恋愛とかダメすぎるだろ。

(うん。気の迷い、これは絶対、気の迷い。忘れよう)

 鳴神くんは相方として俺のこと大事にしてくれているのに。ダメ過ぎる。

「ハル、ここ、間違ってるね。編み目がクロスしてる」

「あ、はひ……」

「疲れた? 休憩しようか?」

「だい、じょぶ。あと少し頑張る」

「うん」

 鳴神くんの顔が見えなくなっても、まだ心臓がドキドキしてうるさい。もしかしてこの心臓の音は、背中を通して鳴神くんにも伝わっているんじゃないだろうか。

 そんな感じで、上の空のまま操り人形状態での鳴神くんの編み物レッスンは一時間にも及んだ。

「で……できた!」

「お疲れ様。ハル」

 最初は編み目が硬くて、途中から慣れてきたせいで形はいびつになってしまった。けれど、両方の脇を鳴神くんが毛糸で閉じて袋状にすると、ちゃんとお守りの形になってくれた。

 鳴神くんは俺に教えながらも白い花を完成させていた。さすが過ぎる。最後に俺が作ったお守り袋に白い花をつけてくれた。

 作品が完成したので、鳴神くんの手は、そっと俺から離れていった。ちょっと寂しい。勝手に鳴神くんの指先を目で追っている。

(だ、だから、ダメだって、俺! 部活内恋愛は禁止だから!)

 俺は勢いをつけて鳴神くんの膝から立ち上がった。同じように鳴神くんも椅子から立ち上がって、毛糸がたくさん入っているかごを手に取った。

「今日出来上がったお守りどうする? うちでご祈祷してもらおうか?」

 そう言って鳴神くんはクスリと微笑んだ。

 鳴神くんの顔を見ても、今日までイケメンだな、かっこいいなってだけだったのに。今は頭の中が好きでいっぱいだ。俺の目が変になってしまったんだろうか。慌てて頭を振った。

「せ、せっかくだし、もっとレベルアップしてからお願いしたいかな。その方がご利益ありそうやし」

「そっか了解。それで、こちらがうちの神社で販売している、実際のお守り袋のラインナップです」

「おぉ、すげぇ」

 かごの中には、鳴神くんが作ったお守り袋がたくさん入っていた。カラフルなだけじゃなくて、模様が編み込まれていたりして芸が細かい。

「この赤い達磨のは、お正月に置いてるやつ」

「えー俺も頑張ったら、鳴神くんのお手伝いできるかな」

「もちろん。でもハルの目標はあみぐるみでしょ」

「うん、クマとネコ」

 目標は鳴神くんが作っていたのと同じあみぐるみだ。

 ただ今日編み物を体験して分かったのは、編み物は一朝一夕でできるものではないってことだ。

 今日は鳴神くんが手取り足取りで教えてくれたから無事に作品は完成したけど、あみぐるみへの道は長く厳しそうだった。

(ん……待てよ。もしかして、俺が編み方マスターしないと、この先もずっと鳴神くんのお膝の上なんじゃ) 

 どうしよう。心臓が持たない。

 この鳴神くんへの気持ちは恋なんだろうか。今日はたまたま、膝の上に乗ってくっついていたから勘違いとか?

 いずれにせよ、この先一年間、ずっと教室には俺と鳴神くんしかいないし、部活も二人っきりだ。

 だから、俺は鳴神くんに恋なんてしちゃダメだと思う。

 絶対ダメだ!

 俺は絶対に鳴神くんに恋をしない。

 そんな決意を込めて、初めて鳴神くんと作ったお守り袋の写真をSNSにアップした。

 ――本日の作品。お守り袋。春バージョン。



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