表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人格論  作者: 第一
5/7

寄り添いの距離間について




人を大切に思うとき、

人は自然にその人を守ろうとする。


悲しい思いをしてほしくない。

苦しい経験をしないでほしい。

なるべく穏やかな道を歩いてほしい。


そう願うことは、

とても自然な感情だ。


しかし、その願いの中には

一つの静かな誘惑がある。


それは、

相手の代わりに人生を選びたくなる誘惑だ。


こちらの方が良い道だ。

その選択はやめた方がいい。

その痛みは避けるべきだ。


そう思うことは簡単である。


だがそれを実行するとき、

人は知らないうちに

相手の人生へ手を伸ばしてしまう。


人には、

自分で選ぶ権利がある。


遠回りする権利もあれば、

間違える権利もある。


そしてときには、

痛みを経験する権利もある。


人は痛みを通して、

自分の輪郭を知ることがあるからだ。


だから、

誰かを大切に思うときほど、

その距離は難しくなる。


守りたいと思う気持ちと、

相手の選択を尊重したい気持ち。


その二つは、

ときどき同じ場所でぶつかる。


もし人を完全に守ろうとすれば、

その人の人生の一部を

代わりに選ぶことになる。


だがそれは、

本当の意味で寄り添うこととは

少し違うように思える。


寄り添うということは、

誰かの人生を代わりに生きることではない。


その人の歩く道を変えることでもない。


ただ、

その道の隣に立つことだ。


手を引くわけでもなく、

押すわけでもなく、


ただ、

必要なときに手が届く距離にいる。


人はときどき、

その距離を誤解する。


何もしていないように見えるからだ。


しかし実際には、

その距離を保つことは

とても難しい。


人を大切に思うほど、

もっと何かをしてあげたいと

感じてしまうからだ。


それでもなお、

寄り添うということは

ときどき「何もしないこと」を選ぶ。


それは無関心ではない。


むしろ、

相手の人生を信じているからこそ

できる選択だ。


人は誰でも、

自分の道を歩いている。


その道を変えることはできない。


できるのは、

その隣に立つことだけだ。


そしてその距離の中に、

人と人の関係の

もっとも静かな優しさが

生まれるのだと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ