第5話-3 孤独な優等生
授業が終わると緊張した教室の空気もほどけ、生徒たちはガヤガヤと騒がしく帰り支度を始めている。
アレクサンダーも教材をまとめ、帰る支度をしていた。級友たちとの関係は、この日も良好に築けた。
何気なくミハエルの方へ目をやると、一番乗りで教室を出ようとしているところである。
ミハエルはいつも、授業が終わるやいなや、さっさと教材をまとめて帰ってしまう。
ミハエルはいつも、制帽を目深にかぶる。
このギムナジウムは制服こそないが、帽子だけは指定のものを身につけなければならない。
学年ごとに紐の部分を色分けされ、外を出歩くときは私用でもかぶる必要がある。
いついかなる時も、ギムナジウム生としてふさわしい行動が求められるのだ。
アレクサンダーも制帽は編入時に買い直した。
アレクサンダーはミハエルとゆっくり話したいと思い、先に廊下へ出ていった彼を追いかけた。
校舎の正面玄関を出てちょうど追いつきそうになったところで、ミハエルがふいに空を見上げた。
しばらくの間、じっと空を見つめている。
アレクサンダーもつられて空を見上げる。
秋らしいやわらかい雲がたなびいていた。
ミハエルはそのうち前に向きなおり、足早に歩き出した。
校舎の門の外の、街路の方へ出て行った。
(空を見上げるのが好きなのか……?)
アレクサンダーにも空を見上げる癖がある。彼がもし自分と共通の癖を持つのならば……。
考えながら、アレクサンダーはミハエルの後ろを、声もかけないままついて行った。
街路を歩くミハエルは急ぎ足で、誰にも話しかけられないよう殺気立って見える。
声をかけても良かったが、なんとなく興味が湧いて、そのまま距離をあけて後ろを歩いてみることにした。
ミハエルは石畳の道をかなり速い足取りで進んでいった。
脇見もせず、前だけを向いて。
その様子はどこか、人目につかないように気をつけているようにも見える。
小さな教会のそばを通り、商店の立ち並ぶ通りを抜け、住宅の道をしばらく行くと、ある家の前でミハエルの歩みがゆっくりになった。
後ろからアレクサンダーも歩みを緩める。
(あそこがミハエルの家なのか?)
結局、尾行する形になってしまった。
そこには、四角く切り立った高い鉄格子の正門が見える。装飾のない、いかにも厳格な様相をなしている。
正門から見える垣根の植え込みは清掃され、枯葉ひとつ落ちていない。
実に手入れが行き届いている。
屋敷の屋根が、アレクサンダーのいる位置からも見えた。垣根の長さからもそれなりに広い敷地を持った屋敷であることが伺い知れる。
華やかさはないが、この一帯ではかなり大きい建物だ。裕福な家なのだろう。
しかし、ミハエルは正門の前を通り過ぎ、家の角まで行って小路に入っていった。
(ここがミハエルの家だというのは間違いか?)
たった今ミハエルが入っていった小路を、角からそっと覗きこむ。
ミハエルは小路を少し進むと立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回した。
アレクサンダーはサッと身を隠す。
ひと呼吸置いてもう一度そっと小路を覗きこむと、ミハエルは裏門らしきところを入っていった。
(やっぱり、ここがミハエルの家なんだな)
おそらく小路の裏門は、この屋敷の使用人のために設けられたものだ。
「でも、なぜ、わざわざ裏門から?」
アレクサンダーは思わず呟いていた。
この家に住む住人なのだから、正門から入ろうが裏門から入ろうが自由なのであるが、大抵は家主と使用人で立場をはっきりと区別するために、居住内でも区画を分けることが一般的である。
邸宅の正門を使うのは家主と来客、裏門を使うのは使用人と業者、と区別されることが多い。
しかも、ミハエルは正門の前を通り過ぎてわざわざ裏門から入っているのだ。
そうする理由とは、いったい何であろう。
ミハエルに対する疑問がまた一つ増えた。
(ミハエル・ダミッシュは謎めいている)
アレクサンダーは顎にあてて考える。
ギムナジウムでも全く自己開示しないミステリアスな人物。
俄然、興味を惹かれる。
ミハエルに声をかけるつもりが、家に辿り着いてしまったので、アレクサンダーも引き返して実家の屋敷に帰ることにした。
いったい、何をみて、何を思い、どのように生きてきたのか。
たった今も何を感じ、何を考えて過ごしているのか―――……。
アレクサンダーは、ミハエルのことをますます知りたくなった。




