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銀色の雲の上  作者: 町屋りんご


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第27話-1 リフレイン

ミハエルは早々にランプの灯りを消して、布団にもぐりこんでいた。


真っ暗い檻の中で、ミハエルの耳元でゲオルグの声が頭の中で幾重にも反響する。


―――エミリアは、どこぞで野垂れ死んでいるかもな?


―――お前のせいだ


延々と同じ言葉が頭の中で繰り返される。


(エミリアは僕のせいで……)


自責の念が、どうしようもないほど次から次へと込み上げてくる。幼かったとはいえ、エミリアを守ることのできなかった自身のことが不甲斐なく、情けない。


(僕には、リリーを受け取る資格なんて、ない)


アレクサンダーから差し出されたリリーを烈しく叩き落としてしまった。

かつてエミリアと同じくらい、心の拠りどころにしていた人形を。やわらかで愛らしいリリーを見せつけられるたびに、喉から手が出るほど欲しかった。

抱きしめたかった。

リリーを取り戻すことは、エミリアを取り戻すのと同じことだ。


しかし、いざリリーを目の前にしてみると、あの出来事を突き付けられる思いになるのだった。

エミリアをあのような立場に追い詰めておいて、自分だけ心の安寧を味わうなど許されない。


真っ暗い布団の中で、ミハエルは布団の裾をギュッと握りしめる。


(エミリアは今頃、どうしているのだろう)


彼女が現在どこに居て、どのように過ごしているかミハエルは知る由もない。


生きているのかすら分からない。


さすがのゲオルグも人の生死に関わるようなあくどい方法を選ぶはずがない、と信じたいところであるが、果たして彼がどの程度の善良な心を持ち合わせているのか、ミハエルには測りかねるところがあった。


ゲオルグは既に、これまでもいろんな手段を使ってミハエルを追い詰めてきた。

悪魔のような人間が、まともにエミリアのことを取り計らってくれるものだろうか。

しかし一方でゲオルグは自らの立場を守るズル賢さも持ち合わせている。

自らに悪い噂が立たぬよう、周到にエミリアの処遇を選ぶはずだ。


そう言い聞かせてみるものの、ゲオルグの善悪の境界線がどこで引かれているか、ミハエルには計測し難いのであった。


―――エミリアは、どこぞで野垂れ死んでいるかもな?


ゲオルグの声が再び頭の中でこだまする。


(もし本当にゲオルグの言うとおりだったら……)


ミハエルは恐怖のあまり、思考を打ち切った。


頭の中は揺らめきながら自ずと夕刻の出来事に移ろっていく。


アレクサンダーがリリーを拾い上げる時、今まで見たこともないような悲しい表情をしていた。

いつもは自信に満ち溢れている彼が、さすがにミハエルのあまりの剣幕に驚いたのであろう、狼狽し、取り繕うように詫びていた。


ミハエルも、自身がヒステリックに取り乱してしまったことは分かっている。

けれども、アレクサンダーの詫びの言葉をすぐには冷静に受けとめることができなかった。


夕刻のことを思い返してみれば、アレクサンダーは単に持ち物を本人に返そうとしただけだったのだ。

なにもミハエルの大切なものをチラつかせて追い詰めてやろうだとか、自分の言うことを聞かせるために仕向けるだとか、そういった類のためではなかったはずだ。


せめて落ち着いて「それは人違いだ」と言えば済んだのだ。


それなのに人形を叩き落とされ、アレクサンダーも何が起きたか咄嗟には分からなかっただろう。


その一方でアレクサンダーを責めたい気持ちにもなる。

泉の少年は自分ではないと、リリーのことは知らないと、何度も示してきたではないか。

三たびも訊くとは、アレクサンダーもしつこい。でも……。

ミハエルの思考は揺蕩い、漂い、アレクサンダーへの後ろめたさと咎めたい気持ちの狭間を行きつ戻りつした。


ミハエルはしばらく同じ思考を反芻した後、仄暗い気持ちでため息をついた。

布団の奥底に潜りこみ、ぎゅっとくるまる。


いずれにせよ、前日のゲオルグとのやりとりに殺気立っていたのは間違いない。

アレクサンダーに対して半ば八つ当たりのようなことをしてしまったのだ。


謝るべきなのかもしれないが、ゲオルグとのことを伏せたとて泉の少年と自身を一致させたくないミハエルにしてみれば、いったい何を、どこから、どのように説明し詫びれば良いのか分からないのだった。

ミハエルは、それに、と思う。


(謝ったところで許してくれなかったら?)


突き放されることが怖くてたまらない。

気の良いアレクサンダーも、さすがに今回のことを不快に感じ呆れたことだろう。

これを機に離れていくに違いない。


ゲオルグに引き離されるまでもなかったと、ミハエルは自らを自嘲する。


(もし明日からアレクサンダーに冷たくされても、受け入れよう……)


自身が引き起こしたことなのだから仕方がない。


部屋の中はシンと静まりかえっている。


「銀色の雲の上を見てみろよ」


唐突に、幼い頃のアレクサンダーの力強い声が心の中心に蘇る。

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