第14話 帰り道
「ミハエル、一緒に帰ろうぜ」
「嫌だ」
一日の授業が終わり、ミハエルは外套を羽織りながら、ぶっきらぼうに言い放った。
アレクサンダーの言う“一緒に帰る”とはつまり、一方的に小屋までついてくるということである。
そんなの、お断りである。
ミハエルはアレクサンダーと目を合わせないまま、教室の後ろの壁際でさっさと帰り支度をはじめた。
ノートを貸してくれたことは助かったが、これ以上つきまとわれるのは勘弁してほしい。
そう思ってみたところで、どうせアレクサンダーが強引についてくることは分かっている。
そして、それを力で押し返すことが敵わないことも。
だから余計に冷たく突き放しているのであるが、アレクサンダーには響いていない様子だ。
ミハエルの横で、機嫌良さそうに外套を着こんでいる。
ミハエルは、アレクサンダーを待たずに教室を出た。
(もしかして、毎日この調子で家まで押しかけてくるつもりか?)
アレクサンダーはというと、すかさず後ろをついて来ている。
げんなりしながら、ミハエルは校舎の外に出た。
空を見上げると、雪がちらついている。
灰色の雲が一面に覆いかぶさり、膜を張ったような空だ。
いよいよ、どんよりと薄暗くて鬱屈とした冬がやってきた。
ミハエルは、ギムナジウムの門を出ると黙って家の方角へと歩きはじめた。
帽子の陰から、ちらりとアレクサンダーの方を盗み見る。
押し黙っているミハエルをよそに、アレクサンダーはこの日あった出来事を嬉しそうに話している。
一緒に帰るのは嫌だと、はっきり伝えたはずなのに、である。
いったいどういう神経をしているのだろうか。
そんなことを思いながら街路の商店の辺りに差し掛かったところで、ミハエルは街行く人の視線が自分をすり抜けてアレクサンダーに向けられていることに気づいた。
(アレクサンダーは、目立つ)
そういえば、とミハエルは前日のことを思い出す。
街路の途中でアレクサンダーに悪態をつきながらも、道行く人々が皆、なんとなく彼に視線を送っていることに気がついていた。
老若男女、ただ者ではないものを見るかのような目でチラチラとアレクサンダーを見ていく。
思わず視界に入ってしまうといったかんじだ。
気のせいかと思ったが、彼らの視線の先を注意深く辿ってみると、やはりアレクサンダーに注がれているのに間違いなさそうだった。
アレクサンダーは、背丈が高い。
ミハエルも背丈はそれなりにある方だが、アレクサンダーは教室でも頭一つ分抜けていた。
いまや第八教室で、最も背の高い人物になった。
それに、長身であるだけでなく意外と筋肉質だ。
アレクサンダーは、彼の物怖じしない性格がそのまま表れたような、実に毅然とした歩き方をする。
それでいてどこか洗練された立ち姿は、さすが貴族と思わざるを得ない。
きっと、幼いころから立ち振る舞いを叩き込まれてきたのだろう。
彼の大物然とした相形は、その筋肉質でがっしりとした体躯や仕草だけではなく、顔立ちにもはっきりと表れていた。
ミハエルはもう一度、帽子の陰からこっそりアレクサンダーの方を盗み見た。
力強い光を放つ両眼、均整のとれた鼻、意志的な唇。
世間的にみれば、それなりに整った端正な顔立ちと言えるのかもしれない。
アレクサンダーはというと、道行く人たちからの視線に気づいているのか気づいていないのか、あまり気にしていない様子だ。
目立ちたくないミハエルにしてみれば、せっかく目立たぬよう顔を隠しているのに一緒に視線を向けられてしまい、迷惑な話である。
これだけ注目を浴びていながら話しかけられないのは、アレクサンダーが人を圧倒する強いオーラを放っているからだろう。
彼は仲間には気の良い男だが、立っているだけで覇気があるというのか、彼の人となりを知らなければ迂闊に近づいてはいけないような気迫がある。
男でさえアレクサンダーの目力の強さに圧倒されて怯む者もいるかもしれない。
こうして歩いている間にも、人々がことごとくアレクサンダーに視線を送りながらすれ違っていった。
アレクサンダーは平然としている。
なんににせよ、彼にとっては気にするまでもないことなのかもしれない。
それにしても、麗しきゲルステンビュッテル家の青き御曹司が、護衛もつけずに目立ちながら友人と街路を気安く歩くのは許されるものなのだろうか。
小屋から実家へ帰る道中は完全に一人のはずである。
それとも、皇帝でもない限り、その辺りはあまり厳しくないのだろうか。
平民のミハエルは、どうも、高貴な階級の人たちのしきたりや生活のことは分からない。
(ま、僕には関係ない)
わざわざミハエルが心配しなくても、アレクサンダーなら暴漢に飛びかかられたところでなんとかしてしまいそうである。
人に触れられたところで―――驚きはするだろうが―――、堂々と相手をたしなめ、上手く対処することだろう。
はなから、アレクサンダーには勝手に触れるなど許されない雰囲気がある。
(僕とは正反対だ)
ミハエルは制帽を深くかぶりなおした。
帽子をかぶりはじめて以来、見知らぬ人から不用意に触れられなくなった。
対策として成功しているのだと思う。
(容易に触れられてしまうのは結局、こちらの非力さを見抜かれているからだ)
ミハエルは、やるせない気持ちになる。
要は、舐められやすいということだ。
それにしても、とミハエルは思う。
(アレクサンダーの方から僕に関わろうとしなければ、おおよそ自分とは縁のないタイプだよな)
明るくて、いつも輪の中心にいるアレクサンダー。
それと比べ、教室の隅でひっそりと勉強や読書ばかりして過ごしている自分。
ミハエルがたまにギムナジウムで声をかけられるといえば、教師からの頼まれごとか、下級生の相手をする時くらいだ。
アレクサンダーはやたらとつきまとってくるが、泉で出会った過去がなければ、性格が真反対でおおよそ教室でも接点などなかったことであろう。
(それとも、ゲオルグとのことがなければ、もっと素直に仲良くなれたのだろうか)
人と垣根を作らないアレクサンダーであるからして、こちらにわだかまりさえなければ、するりと受け入れられたのかもしれない。
いいや、とミハエルは思う。
本質的に分かり合えるはずがない。
―――――だって、僕は……、
「おい、俺の話、聞いてんのか?」
隣で話していたアレクサンダーが、じゃれるようにミハエルの肩に腕をまわしてきた。
「や、やめて」
とっさにアレクサンダーの腕を振り払う。
アレクサンダーはきょとんとしている。
「あ、いや」
ミハエルはハッとして、気まずさを隠すように石畳の道の続きを歩いた。




