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銀色の雲の上  作者: 町屋りんご


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第12話-1 興味

アレクサンダーは自宅の羽毛布団の上で、仰向けになって寝転がっていた。


家族と夕餐を済ませ、自室でくつろいでいる。


細工の入った、四柱のどっしりとした寝台の上で、とりとめもなくミハエルのことを思い出していた。

思考がぼんやりと、“見舞い”でダミッシュ家に押しかけた日に移る。


(物の少ない、殺風景な小屋の中)


漆喰の剥げた汚点シミだらけの壁、軋む古い床。


ボロボロの家具、ぐちゃぐちゃの布団、テーブルの上に乱雑に積み上げられた書物。


初めてミハエルの小屋を訪ねたあの日、いつも乱れのひとつもない、きちんとした身なりのミハエルとは対比的なみずぼらしい部屋に、正直面食らってしまった。


たとえミハエルが教室で浮いていても、家に帰れば温かい居場所があるのだと思っていた。

それなのに小屋の中で灯りに照らし出される空間はあまりにも寒々しく侘しかった。


一方的に押しかけておいてこんなことを思うだなんて、ミハエルに対して失礼だというのは分かっている。

きっとミハエルは、アレクサンダーが初めて小屋に押し入った時に言葉を失ったことに気づいたことだろう。


しかしそれにしても、あの日使用人に呼びかけられて振り返ったミハエルの、ほんの一瞬だけゆるんだ顔をアレクサンダーは見逃さなかった。


木苺を口に入れてむぐむぐと口を動かしている、ミハエルの無防備な後ろ姿。


いつも教室では真面目で仕草や表情の一挙一動が大人びてみえるあのミハエルが、無心に木苺をほお張るあの瞬間の姿。

まるで幼い子どものようだった。 


アレクサンダーは、ふ、と頬をゆるめる。


(ミハエルもあんな表情かおをすることがあるのか)


美しい模様の入った壮麗な天井を見つめながらそんなことを思う。


ミハエルの、いつもならとき梳かされた緩やかなウェーブの髪が、あの時は毛先があちこちに向かって跳ねて広がっていた。

おそらく寝起きのまま、櫛など入れられていなかったのであろう。

ギムナジウムでは隙もないほど完璧に身なりが整えられたミハエルしか知らないアレクサンダーとしては、そんな彼を見てかなり意外な思いがした。


アレクサンダーにしてみれば、それこそミハエルはたとえ休日だって、もしくは体調を崩して寝台の上でうんうん唸っているときだっていつだって、きちんと髪を梳かしているような気がしていたのだ。

考えてみればそんなわけないのであるが、それだけミハエルは私生活がの見えない人物である。


今の学舎には制服がない。

生徒たちは大抵、シャツに吊りベルト、その季節で半ズボンや長ズボンを合わせることがほとんどだ。

寒くなってくると、これにベストや上着を合わせるのが定番である。

以前、籍を置いていたギムナジウムでは制服があったが、今はアレクサンダーも周りと同じように手持ちの服を組み合わせて通っている。


ミハエルは服装に厳正で、シャツにシワひとつなく、ボタンも一番上まできっちり留めている。それが、あの日は襟元どころか袖の釦までだらしくなくはずされた状態だった。


足元の靴紐も緩くほどけて踏んでいた。


慌てて外套の袖に腕を通そうとしていたミハエルの恥ずかしそうな顔を思い出した。

ミハエルの、初めて人間らしい姿を見た気かする。


ギムナジウムでのミハエルはあまりにも隙が無さすぎるのだ。


今朝、登校したミハエルは、いつものように完璧に身なりが整えられていた。


コートにはブラシがあてられて毛玉ひとつなく、上着もきちんと着こなしていた。

ボタンという釦はすべて留められ、シャツはアイロンが隅々までかけられていた。

靴もピカピカに研きこまれ、靴紐もピンと張った状態で結ばれていた。


もちろん、髪も丁寧にとき梳かされ、絹のようにやわらかな光沢をたたえていた。


それにしても、とアレクサンダーの思考がミハエルの小屋に戻る。


いつも優等生然として身ぎれいにしている完璧なミハエルと粗末な小屋暮らしとの落差はにわかに信じがたかった。


(もしかして、風邪をひいているあいだ誰にも世話されず、一人きりであの部屋で寝込んでいたのだろうか?)


一週間もギムナジウムを休んでいたといえば、かなり酷い風邪だったのではないだろうか。

見舞いに尋ねたあの日、ミハエルはやつれていた。


(ちゃんと誰か看病してもらえていたのだろうか?)


ミハエルの口ぶりではどうも一人だったのではないかという気がして仕方がない。


食事くらいは使用人が持ってきてくれただろう。しかし、医者は? 薬は?


食事が届けられたとして体がつらい中どうやって食べていたのだろうか。


誰か家族や使用人が口まで運んでくれていた?


それとも自分で寝台から這い起きて食べたのか?


喉が渇いたらどうしていた?


まさか、全部一人で自分の身の回りのことを世話していたということはないか?


それとも、治るまですべての動作をすべて諦めていたというのだろうか。


次から次へと疑問が湧きあがってくる。


(いいや、さすがにそんな放っておかれることはないだろう)


アレクサンダーは思考を打ち消すようにかぶりを振る。


そして、ミハエルの家族関係に対して根本的な疑問が沸きあがる。

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