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銀色の雲の上  作者: 町屋りんご


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第10話-1 強引な訪問者

(ああ、知られたくなかった)


アレクサンダーが小屋を去った後、ミハエルは薄い布団の上で絶望的な気持ちで突っ伏していた。

羞恥と屈辱感で頭がどうにかなりそうだ。

なぜ見舞いだとかいって急に訪ねて来る気になったのだろう。


(惨めなところを見られてしまった)


自分を訪ねて来る者など今まで一人もいなかったのに。

それに、“見舞い”なんてしてもらうのは初めてだったから、驚きと戸惑いで混乱してしまった。


なにもかもが粗末なこの小屋の中で、ぐるぐると恥ずかしさがこみ上げる。

吐き気さえする。


(彼は何かを察しただろうか)


本宅がすぐそこにあるにも関わらず、わざわざこんな場所で生活をしている理由を。


それにしても、なぜ家の場所を知っていたのだろうか。


(ゲオルグから訊き出したのか?)


ミハエルは、アレクサンダーがゲオルグと接触していたか、記憶をたどってみる。


よく分からない。


たまに二人が話しているのを見かけることもあるが、会話の内容までつぶさに聞き取れるわけではない。

ましてや教室の外でやりとりしていたとしたら、把握しきれるはずがない。


(あんな格好でいたところを見られてしまった……)


小屋だけではない、あんなにだらしない格好でいるところを見られてしまった。


十一月の上旬も過ぎる頃、明け方に寒さで目が覚めた。


就寝前に、いつもなら寝床を温めて眠りに就くが、その日は疲れきっていて、体も洗わず布団の上に倒れ込んだ。

いつのまにか暖炉の火も寝ているあいだに消えていた。

寒さで真夜中に目が覚めた時、すぐに暖炉に火をつけたが、すでに体は冷え切っていたらしい。

三日後、酷い風邪をひいてしまった。


アレクサンダーが訪ねてきた時、病み上がりでたまたま外の空気を吸いに出たところだった。

すぐに小屋の中に戻るつもりだったから、適当な格好で外に出ていたのだ。


小屋から出たところで、とうに時期の終わったはずの木苺が二、三粒きれいに実をつけていた。

腹が減っていたのもあり、食べられるかどうか試しに口にいれていたところだった。


季節外れの木苺は、まったくもって美味しくなかった。


木戸は、風邪でずっと小屋にこもりっきりだったので、淀んだ空気を入れ替えようと、わざと開け放していた。

顔も洗っていない状態である。


普段なら絶対に誰にも見せない姿だ。恥ずかしい。もはや屈辱的ですらある。


ミハエルはあまりのことに顔から火が出そうだった。布団に顔をうずめる。


アレクサンダーが小屋に入ったとき、咄嗟に言葉を失うのを、ミハエルは見逃さなかった。


彼は露骨にバカにしたりはしなかったが、内心蔑んでいたかもしれない。


(勝手に押しかけてきて、どういうつもりなんだ……)


こんな場所で生活していることなど、誰にも知られたくなかった。


アレクサンダーは他言しないことを約束してくれたが、果たしてどうだろう。


(明日、もしギムナジウムで広まっていたら?)


ミハエルは自分が教室の者たちから遠巻きにされていることを自覚している。


(もし皆に知れて、あからさまなからかいの対象になったとしたら?)


そこまででなくとも、うっすらとした嘲笑くらいは浴びせられるかもしれない。


(今までよりも、一層の好奇と悪意に満ちた目に晒されるのか)


真っ暗い気分になる。

ただでさえゲオルグとの関係でこんな状況に立たされているというのに。


ギムナジウムに行きたくない。


でも、勉強は遅れたくない。


それに、この薄暗い部屋にこもっていても仕方がない。


―――……行くしかない。


ミハエルは、はぁ、と深いため息をつくと、寝台からのろのろと重い体を引きはがした。


仕方なく、次の日の授業の準備に取りかかる。



無情にも朝はくる。


(眠れなかった……)


前日の夜は、休んだ期間に進んだであろう授業の範囲に目を通して過ごした。

いざ寝る段になると余計なことが頭の中をぐるぐると駆け巡り、なかなか寝付けなかった。


書机の引き出しから陶器の人形を取り出して握りしめてみたが、結局寝ついたのは明け方だった。

それも、目をつむったまま、なんとなくウトウトしただけだ。


深くは眠れていない。


(ギムナジウムに行きたくない)


ミハエルは重苦しい気分で出発する。


空は明けたばかりだというのに、暗い灰色の雲を重苦しくまとっている。


呼吸をするとひんやりとした冷気が気管に入ってくる。

空気の冷たさに、ケホッと思わず咳き込んだ。

ミハエルが学校を休んでいた一週間のうちに、外はますます寒さが増したようだ。


ミハエルはトボトボといつもの大通りを歩いてギムナジウムに向かう。


そうして、始業の鐘が鳴るぎりぎりの時間に到着した。


教室の扉を開けようとノブにかけた手に、緊張が走る。

怖さで体が震えそうになるのを抑えて、深呼吸をする。


ミハエルは、思い切って教室に一歩、足を踏み入れた。


恐る恐る教室を見回す。

教室内はガヤガヤと喧騒に包まれている。


いつもと変わらない風景だ。


扉の入り口で、もう一度さりげなく教室の中を見回す。

先生が来る前の、いつもの賑やかな空気である。

どの生徒も、思い思いに過ごしている。


(いつも通り……か?)


ミハエルは少しだけ拍子抜けする。

それと同時に、小さく安堵する。


アレクサンダーもすでに登校しているようだ。

教室の後ろで楽しげに級友たちと喋っている。


ミハエルは教室の後ろまで帽子と外套をかけに行く道中、なおも教室の気配を必死に読み取ろうとした。


少なくとも生徒たちの目に余計な好奇は含まれていないように思える。


―――アレクサンダーは、もしかして約束を守ってくれた?


教室の後ろに辿りつくと、帽子と外套を壁の鉤にかける。

乱れた髪を手櫛で整えて、さっさと席につこうとする。


「おはよう、ミハエル」


アレクサンダーが何事もなかったように声をかけてきた。


「……おはよう」


内心では怯む気持ちを隠しながら、落ち着きを装って挨拶を返す。


「体調が回復して良かったな」


「……ああ」


ミハエルは警戒しながら、返事をする。


教室の扉が開き、担任教師が教室に入ってきた。

同時に始業の鐘が鳴り始める。


ミハエルは急いで席に着いた。


担任教師が教壇から心配そうに尋ねる。


「やあ、今日は久しぶりに出席できたね、ミハエル。体調はもう大丈夫かい?」


ミハエルは行儀良く、はい、と返事をする。


「それは良かった。無理をしないように」


教師は満足そうに頷き、授業を始める。


ミハエルはまだ自分が机の上に何も並べていないことに気がつく。


慌てて鞄から教材を取り出した。

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